04-02:ゴールドコーストの銭儲け
AB社の観光バスがゴールドコーストの南側の入口、トウィードヘッドに差し掛かったのは、二十八日の昼過ぎだった。乗客は座席を左回りに一日一つずつローテーションすることにしたため、その日のハインツとツギオは左側の前から六列目に座っていた。ハインツは道路標識模様の枕をして気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「ハインツは結局枕を見付けたのね」
コップに水を入れて戻ってきたゲルタがツギオに言った。
「今朝棚の上にありましたです。誰かの悪戯だったらしいですが、おかげで彼、昨夜はサンタマリアを百遍も唱えたのに、寝不足なった言ってます」
「彼、枕が違うと眠れないのね、見かけによらず神経質なのねえ」
ハインツが眩しそうに薄目を開けた。
「何か言ったかい」
「……なくなったのはその枕なのね」
つと手を伸ばしてゲルタはハインツから枕を取り上げ、矯めつ眇めつし始めた。
「あら、これもう縫い目がほつれてる。新しそうなのに」
「え、それは知らないぜ、どこどこ」
ハインツはゲルタから枕を受け取った。一か所だけミシンでなく不揃いな手縫いでとめてあった。
「こんなの気が付かなかったなあ。買う時に分かってたら、その分だけ値切ってやるんだったのに」
バスは途中カランビン野鳥園に寄って、パームビーチに向かった。キャンプ場に着く寸前、窓外に気になる情景を見たツギオは、バスを降りると、ビーチには行かないというハガサとカミーユと共に、先刻見た光景を確かめに向かった。
パシフィックハイウエイを往き来する車は、キャンプ場の南で一様にスピードを落とし、道路際の空き地に展開する見慣れぬ光景に視線を送っていた。そこには一台のパトロールカーが止まり、物見高い人垣に遠巻きにされているのだが、その人垣の中には二人の巡査のほかに大小三、四十頭の犬が、ちょっと長めのロープで一本の木の幹に繋がれていた。
犬たちは喧嘩を始めるやらいちゃつき始めるやら、大騒ぎしている。巡査はこれらの犬を一匹ずつ選び出そうとしているらしいのだが、ロープをほどこうとして木の根元に近づくと、中に気の強い犬がいて、猛然と吠えかかり、そうすると他の犬たちも一斉に吠えて巡査に噛みつこうとする。彼が慌てて逃げ出して来ると今度は周りを取り囲んでいる人たちが犬に代わって噛みつく、といった次第なのである。
そんなことを何度も繰り返した後に、巡査は作戦を変えてみることにした。彼らは何処から幾つかの肉片を持って来て犬たちに投げ与え、餌で気を逸らそうとしたのだ。しかし結果は似たようなものだった。一日中何も与えられていなかった犬たちは、その肉を貪り食らっていたが、巡査が近づくと、今度はそれを取られまいとして、前よりもっと激しく吠えたてるのだ。
とうとう巡査たちは諦め切った表情でパトカーの屋根に肘を掛けて汗を拭き始めた。と、群衆をかき分けて前に出たカミーユが彼らに微笑みかけた。
「こんにちは、お巡りさん、一等賞の犬は決まりましたか」
近くの人垣からどっと笑い声が上がった。
「ちっとも面白くないね、そんなジョーク」
巡査はもう怒る気力もなくなっていたのか、腹を立てている様子はなかった。
「野次馬ならお断りだよ」
「犬の品評会じゃないとすると、狂犬病の予防注射でしょ。だからあんな嫌がってるのね」と彼女が言う。
「あの分からず屋のけだものどもを、持ち主に返してやろうとしているだけなのに、馬鹿犬め、見境なく吠えつきやがるのさ」
「見境付いているのこと、考えられます」と今度はツギオ。
「何だって、もういっぺん言ってくれるかい。だいたい、あんた達は何者だね」
ハガサが後を引き取った。
「私たち、AB社の団体旅行でメルボルンから来たところなのですが、これは一体何の騒ぎかと見に来たのです……いえね、此処にいる人たち、犬の飼い主なんでしょ。だったら彼らに自分の犬を捕まえて貰えばいいじゃないかってこと。あの犬たちがあなたの仰るようにとんだ馬鹿犬だったとしても、まさか飼い主に噛みつきゃしないでしょ」
「おばあさんの言う通りさ、さっきからそう言ってるんだけど、彼は聞いてくれないんだ」と、近くにいる子供連れの中年男。
「そいつは出来ない相談だよ。この犬どもは詐欺事件の証拠物件なんだ。飼い主に返すにしても警察が責任を持って飼い主を確認して返さにゃならん」
「一匹一匹別にして大人しくさせること、一番です。私、出来ると思いますです」
ツギオが申し出た。大男の巡査は疑わしそうにこの小柄な東洋人を見下ろしたものの、実のところ途方に暮れていたため「どうやるつもりか知らないが、手荒なことはいけないよ」と釘を刺した上で、彼に試させることにした。
ツギオはハガサとカミーユに小声で何か話していたが、やがて長さ一メートル程の棒切れを持って犬に近づいて行った。
彼は、一、二歩犬に近づき「ギャオー」「ガオー」と大声で喚きながら、ゴリラかチンパンジーのような仕草で棒を振り回した。最初犬たちはあっけにとられてそれを見ていたが、やがて猛烈に吠えかかった。すると彼は大きく右回りの弧を描きつつ犬のぐるりをゆっくりひと回りした。犬はそれにつれて木の回りを一回りした。こうして彼は六、七周したところでカミーユと交替した。彼女は棒の先に先ほどの巡査が使い残した肉片を突き刺し、それを気の強そうな犬の鼻先に突きつけて誘いながらツギオと同じように木の回りをぐるぐる回った。
その頃には周囲の人々にもようやく彼らの意図が明らかになって来た。というのも、犬は木に繋がれたままその幹の回りをぐるぐる回ったものだから、ロープが幹に巻きついてだんだん短くなっていたのだ。
最後はハガサの番で、彼女が三度回ったところで、犬は完全に動けなくなってしまった。ツギオと巡査の一人が手分けして犬を一匹ずつほどき、残ったもう一人の巡査は、何か書類を作りながらそれを飼い主に渡していった。しかしこれがまた大仕事だった。何しろ、三十頭余りの犬はぐるぐる巻きの団子状にかたまっており、犬の足や首とロープが絡まりあい、まるで目の粗いフェルトのようになっていたのだ。全部の犬を飼い主に返し終わるのにたっぷり一時間はかかってしまった。
「おかげで助かったよ、何かお礼しなきゃいかんね」
ようやくあらかたの仕事が片付いた時、巡査の一人が言った。
「それじゃ、何があったのか教えてくれますね」とハガサ。
「呆れたね、あんたたちは。それを知りたいばっかりに手伝ったのかい」
「そうですとも、他に何かあります? これだけ手伝ったんだから、教えてくれたっていいでしょ」
巡査は三人を通りの反対側のミルクバー(軽食堂)に案内した。そこで彼は、三人にコーヒーを奢りながら、昨日から今朝にかけて起こった二人組の詐欺事件についてかいつまんで話した。
「面白い話ね。でもどうしてばれちゃったのかしら」
「それが、一件五百ドルの罰金なんだけど、そいつらちょっと渋い顔されると、どんどんおまけしちゃうんだ。ひどいのは一頭五十ドルなんてのがある。あんまりまけっぷりがいいもんだから、変だと思った被害者の通報で発覚したのさ。もっとも我々が来た時には、奴らは逃げた後だったけど」
巡査は残りのコーヒーを一気に飲みほして席を立ちかけた。
「最後にもう一問だけ、いったい犯人はいくら儲けたのかしら」
「平均二百五十ドルくらいで、犬の数は三十九頭だったよ」
ハガサはハンドバッグから計算機を取り出して操作していたが、やがて羨ましげな声を立てた。
「まあま、何てことでしょ、九千七百五十ドルも!」




