帰宅しまして
───車に揺られる事数時間。
「ただいまぁー!!」
静岡のおばあちゃんの家に、元気に帰宅。
「お帰り。おや??
…玲子が莉子を預かるんじゃなかったのかい??」
一日で帰って来た私を見て、おばあちゃんが、送ってくれた玲子ちゃんに言った。
「事情が変わったのよ。
てなワケで、莉子ちゃんをよろしくね、母さん。」
そう言った玲子ちゃんに、おばあちゃんは溜め息を吐く。
「都合のいい子だねぇ…まったく…。」
「まぁまぁ、おばあちゃん。
私も貴重な体験ができたし、良かったよ。」
おばあちゃんをなだめながら、私は靴を脱いで言った。
「じゃ、莉子ちゃん。
また会う日まで♪」
「はぁ~い!!」
明るく返事をして、再び東京へ戻る玲子ちゃんを見送る。
モヤモヤとした気持ちを振り払うように手を振った。
これでいいんだ。
私は、沖田さんに迷惑をかけるだけの存在だもん。
そう思う事で自分の気持ちに納得させた。
◇◆数日後◆◇
何をする訳でもない日々が続いていた。
ゴロゴロするのにも飽きて、憂鬱すら感じる。
縁側でお茶を飲みながら、太陽の光に目を細めた。
こうしてマッタリしていると、沖田さんとのドタバタな一日が、遠い過去の事のような気さえしてくる。
頭をいつまでも切り替えられない自分。
振り切れない自分。
ただでさえ憂鬱に感じる日々が、余計に不快感を与えていた。
学校のみんなは、今頃春休みなのかなぁ…
たわいのない事を思っても、その次には、やっぱり沖田さんの事を考えてしまう。
沖田さんには……
春休みも夏休みも冬休みも…
お正月すらないんだろうな……。
ボォーッと庭に咲き誇る花たちを見ていると……
“ドタドタドタドタッ”
言い知れない足音のような物音が聞こえた。
“ドタドタドタドタッ”
…おばあちゃん、帰って来たのかな??
“ドタドタドタドタッ”
いや……
おばあちゃんはこんなに足が早くないよね……
だっ……誰っ??
「莉子ちゃぁーんっ!!!!」
私の不安は、この声の主で掻き消される。
「玲子ちゃん?!?!」
そんなに広い家でもないのに、なぜか息を切らしている玲子ちゃん。
「大変なのよ!!!!
これは大事よっ!!
前代未聞だわっ!!!!」
私は取り乱している玲子ちゃんの背中に手を当てて、取りあえず座るように促す。
「どうしたの??」
玲子ちゃんに向かって、小首を傾げると、ノートパソコンが差し出された。
「…莉子ちゃんに、見て欲しいものがあるの。」
急に真剣になった玲子ちゃんの顔つきに、固唾を飲んだ私。
「……見て欲しいものって…??」
「…そのパソコンの中の動画を見てちょうだい。」
玲子ちゃんに言われるがまま、パソコンを開いて、カーソルを“動画再生ボタン”に合わせた。
そのまま、右クリックでボタンを押す。
「……っ!!!!」
流れた動画に、私は我が目を疑った。
「ここに映ってるのは、流星と莉子ちゃんよね??」
確認するように玲子ちゃんに言われ、そうである事を、私は頷いて玲子ちゃんに伝える。
「……うん。」
動画には、私と沖田さんがもみ合うシーンが映っている。
『助けてぇーーー!!!!
人サライぃぃいい!!!!』
『おっ…待てって!!!!』
『誰かぁーーー!!!!
ケーサツぅ~~~!!!!』
『黙れっ!!!!』
間違いない…。
顔が露わになった沖田さんが、私を連れ去るシーンまでもが、鮮明に映し出されていた。
「やっぱりね……。」
暗い息を吐いた玲子ちゃんが、ポツリと言った。
「やっぱりって……
…沖田さんから聞いたんじゃ……??」
戸惑いながら言って、パソコンから目を離すと、肩を下げた玲子ちゃんと出くわす。
「……当の流星は、何も言わないのよ。」
何も言わないって……
「……なんで…??」
呆然としながら玲子ちゃんの言葉を待つ。
「多分だけど……」
よっぽどの事なのか、玲子ちゃんは言葉を濁した。
「……多分??」
名付けようのない思いが、私の心拍数を上げる。
「莉子ちゃんを庇ってるかもしれない。」
「へっ??」
思いもしなっかた玲子ちゃんの答えに、拍子抜けした私。
「おそらく、莉子ちゃんを巻き込みたくないと思ってるんじゃないかしら…。」
そんな……
どうして…??
自問自答している間にも、玲子ちゃんの言葉は続く。
「…この動画がネットに流出して、流星のブログは炎上するし……
事務所に電話は殺到するわで……
問題になってるの。」
そんな事になってただなんて……
今の今まで知らなかった……。
「……沖田さんは??
今は…どうしてるの??」
何事もありませんように……
そう祈りながら、玲子ちゃんを真っ直ぐに見て問い掛けた。
「2日後の記者会見まで、自宅謹慎。」
頭を抱えながら言った玲子ちゃん声は、悲愴気味で痛々しい。
「何か不安な事でもあるの??」
何の気なしに言うと、玲子ちゃんは“カッ”と目を見開いた。
「不安大有りよ!!!!」
迫力満点の玲子ちゃん声に、私の肩はビクリと揺れる。
「え……何が不安なの??」
私の問い掛けに、玲子ちゃんはマシンガンのごとく喋り出す。
「…やっとこさ、一年前の恋愛騒動が落ち着いたってのに、また新たな恋人疑惑が挙げられてるのよ??
…莉子ちゃんがマネージャーならまだしも、今は元マネージャーで、一般の女子高生なんだもの!!
説明の付けようがないわ。
あぁ…もうどうしたら…
今は、記者会見が上手くいく事を祈るしかないわ!!
でも、流星の人気が下がってしまったら…
アタシたち社員は食いっぱぐれて……」
…めちゃくちゃパニック起こしてますけど。
この人が社長で大丈夫なのかな、あの会社。
「大丈夫だよ。」
玲子ちゃんをなだめるように言ったものの、私の一言が玲子ちゃんの逆鱗に触れる。
「簡単に言わないで!!!!」
眉を寄せて言った玲子ちゃんを見て、私は芸能界という世界を甘く見ていた事が分かった。
「ごめん……なさい。」
「あ……言い過ぎたわ…
アタシこそ、ごめんね。」
気まずそうに、顔を下に向けた私に気付いた玲子ちゃんが、申し訳なさそうに言った。
「そんなんだから私……
沖田さんにクビにされたんだよね。」
自嘲気味に笑って言うと、玲子ちゃんは“そんな事はない”とでも言うように首を横に振る。
「莉子ちゃんが、マネージャーとして戻ってきてくれたら、何とか言い訳ができるんだけど……
流星は、それを拒否してるの。」
そうだよねぇ。
てか、私……
嫌われる以上に拒否られてるんだ…。
「仕方ないよ。
沖田さんにとって私は、使えないヤツなんだし。」
そう言った後、一口分のお茶を口に含んだ。
「流星は、莉子ちゃんを気に入ってるのよ。」
「…ぅぶっ……!!」
口に含んでいたお茶が、喉に到達する前に勢い良く出てしまった。
それもこれも、玲子ちゃんが変な事を言うからだ。
「わ゛ぁーーー!!!!
アタシのパソコンがっ!!」
私が吹き出したお茶が、玲子ちゃんのパソコンにかかっている。
「ごごごめんなさいっ!!」
動揺しながら謝った私に、玲子ちゃんがニヤリと不適に笑う。
「…パソコンの修理代、どうしようかしら。」
「……え??」
火事で家を失って、一文無しの私は、言わずもがな背筋が強張った。
「…新しいのに買い替えるのもいいけど、どの道お金はかかるわよねぇ。」
遠回しに、何か言いたそうにして、玲子ちゃんは私を見る。
「言いたい事があるなら、ハッキリ言ってもらえませんか!!」
一向に話が進まない雰囲気に苛立った私は、玲子ちゃんに向かって強く言った。
「なら、言わせてもらうわ。
今すぐパソコンの修理代、20万円用意して。」
「ぅえぇっ?!?!」
20万円もあったら……新しいパソコン買えるでしょうに!!
「できる??できない??
どっち??」
えっと……
今年もらったお年玉と…
…お小遣いの中から貯金してるお金と……
宙を見上げながら指折り数えても、到底20万円という金額には辿り着かない。
「ごめんなさい。
できません。
家でゴロゴロしてないで、バイトします。」
「その言葉を待ってましたぁ~~♪♪♪」
玲子ちゃんは嬉しそうに言うと、テーブルから身を乗り出して私の手を握った。
「…玲子ちゃん??」
玲子ちゃんのテンションの高さが嫌な予感を増幅させる。
「さぁさぁ、アルバイトしましょ♪♪♪
莉ぃ~子ちゃん♪」
玲子ちゃんに、強引に手を引かれた私は、一番最初に事務所に連れられた事を思い出す。
もしかして……
「待って!!待って待って待って!!!!」
引かれるのとは反対方向に体重をかけて言った。
「え…??20万円、用意できるの??」
動きを止めた玲子ちゃんは、首を傾げて私を見ている。
「アルバイトって……
もしかして…」
「マネージャー♪」
やっぱりっ!!!!
私が言葉を途切れさせたのと同時に、玲子ちゃんはニコリと笑って言った。
「そんな事言ったって!!
沖田さんは拒否してるんでしょ!!」
玲子ちゃんの手を振り解いて言うと、全く動じない様子で、玲子ちゃんは私に微笑む。
「気にしなぁ~い♪
気にしない♪♪♪」
気にするよっ!!!!
呑気だなぁもぉー!!!!
「ちょっ……ダメだってばっ!!!!」
玲子ちゃんに背中を押され、車の中に押し込まれる。
“バタンッ……”
逃げる暇もなく、玲子ちゃんが運転席に乗り込むと、車は砂ぼこりを上げて走り出した。
…また東京に行くハメになるなんて……
2回も拒否られたら、私…今度こそ立ち直れないよ……
車中、一人落ち込む私を察した玲子ちゃんが、軽い口調で言葉を放つ。
「いくら流星が強情でもね、事務所の命令には従ってもらうつもりよ。」
ハンドルを握る玲子ちゃんの横顔を見る。
「事務所の命令??」
「そう。事務所命令で、莉子ちゃんを流星のマネージャーにするの。」
そんな……
沖田さんの気持ちも聞かないで…
玲子ちゃんの強引さは、鉄をも砕く勢いだ。
「……すごいね…玲子ちゃんは……。」
「…流星は……このまま終わらせない。
トップの上を行ってもらうつもりよ。」
色んな意味で関心していると、いつになく真剣な表情の玲子ちゃんが目に映る。
沖田さんの為に……
必死なんだなぁ……
車に揺られながら、私はそんな事しか考えられなかった…。