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泣き虫男は俺様アイドル  作者: 陽芽子
3/24

辞める事になりまして





















◇◆翌日◆◇




「起きろ。」




…目を開くと、見知らぬ部屋に男と二人……




「うをぉぉおお!!!!」




私はとうとう……


一夜の過ちを犯してしまったのか?!?!




動き始めたばかりの少ない脳ミソで考えていると、額を小突かれた。




「…アンタ、劇団にでも入れば??

朝から凄い声量。」




私に話し掛けている相手に焦点を合わせると……




「おっ沖田さん…。」




そうだった…。


私は一日とは言え、人気アイドルの家にお泊まりしたのだ。




「……やっぱ、アンタがマネージャーじゃ不安。

毎朝こんなんじゃ、俺の身が保たねぇし。

マネージャーとアイドルの立場、逆転してるし。」




「はぁ……そうですね。」




朝からそんな嫌味言わなくても……


だから、静岡に帰るって言ってるじゃん。




「用意したら、リビング来て。

朝飯できてる。」




え……??


沖田さんが作ったの??





私が問い掛けるが先に、沖田さんは部屋を出て行った。




用意って言ってもなぁ…


ケータイと、レシートしか入ってない財布と……


服なんて、用意してないし…。


てか、私…


レシートしか入ってない財布で、昨日買い物に行こうとしてたんだ……。


やっぱり…


沖田さんが言うように、私は馬鹿なのかもしれない…。




着替える事もないまま、私は沖田さんに続くようにして部屋を出た。




「沖田さん、私……何も持って来てなくて…。

……歯ブラシとかありますか??」




「…つくづく手のかかるヤツだな。」




「…ホント……最後までご迷惑おかけしてすみません。」




沖田さんは“チッ”と舌を打った後、歯ブラシのある場所を教えてくれた。




洗面所に行って、歯ブラシを済ませた後、水だけで洗顔をして、タオルで顔を拭く。


タオルから、微かに沖田さんの匂いがした。




昨日、体と体を密着させた事を思い出して赤面する。




顔を冷やそうとして、もう一度洗顔。


再びタオルで水滴を拭う。


すると、また沖田さんの匂いに顔が火照る。





洗顔→拭う→赤面→洗顔→拭う→赤面→……




そんな無限ループを繰り返していると……




「そんなに洗ったって、美人になれるワケねぇだろ。」




待ちかねたのか、沖田さんが洗面所に顔を出した。




「あ゛っ!!!!

すみませんっ!!!!」




何やってんだ私…。




「アンタ、洗顔一回で、こんなにタオル濡らすの??」




沖田さんは、まるで汚い物のように、私が使っていたタオルを、親指と人差し指でつまんだ。




「いや……そういうワケではないんですけど……

今日は、気合い入れなくちゃと思って…。」




「…アンタの行動、マジ理解しがてぇな。

マネージャー辞めんのに、何の気合いがいるんだよ。」




冷たい目で、溜め息混じりに言われると、やっぱり萎縮してしまう。




「もうホントに……

何から何までスミマセン。」




あぁ……


穴があったら入りたい。




私はここに来てから……通算何回謝ったんだろう…。





トボトボと洗面所を出て、リビングのテーブルに座ると、沖田さんが朝食を出してくれた。




「どうぞ。」




コーンスープに目玉焼き、サラダ、トーストが並んでいる。




「わぁ~…沖田さんって、料理できるんですね。

…このキャベツの切り方とか、超繊細じゃないですか。」




感動の眼差しで沖田さんに言うものの、私の褒め言葉は空を切る。




「別に。普通だし。

目玉焼き以外、全部他人任せ。

スープはインスタントだし、パンはトースターが焼いてくれるから。

サラダはコンビニで買った物。」




そう……ですか。


ご丁寧にお答え頂いて、ありがとうございます。




「私は、コンビニの工場のキャベツ千切り機械に感動したワケですね……。」




「そういう事。

アンタも早く食えば??」




できれば……


私の感動を返して頂けませんかね…。




「いただきます。」




手を合わせて、朝食を口に運んだ。




「どう??」




どうって聞かれても……


インスタントだし…。


何て答えよう…。





「あ……おいしいですよ。」




考えたものの、普通に答えてしまった。




「あっそ。アンタの舌って、安上がりだな。」




いい加減、キレてもいいですか??




「おいしいって言ったのは、沖田さんへの感謝の気持ちですから。」




でもまぁここは……


一晩泊めてもらった恩義という事で…。




「……アンタ、食べるの遅い。」




私のお皿の上に残る朝食を見て、沖田さんは冷静に言った。




「すみせん。あと5分で食べますから。」




うぅ……


また謝っちゃったよ…。




「…5分も待てねぇ。

先にマンション下りて、車の中で待ってるから。」




沖田さんはそう言って、リビングを出て行き……


ものの数分もしないうちに、玄関が“バタン”と閉まる音がした。




だがしかし…


沖田さんは最後まで、私に容赦なく毒舌だったなぁ……。




お皿の上に残った目玉焼きをかき込みながら、一人思うのだった。










玄関を出た時。


ふと、ある事に気付いた。




そういえば……


鍵、どうするんだろう…。




もう一度玄関のドアを開け、入って見回すと、シューズボックスの上に、黒い革製のキーケースがあった。




あ…


たぶんコレだ。




キーケースを手にして、それらしき鍵を見つけると、差し込んで回す。




“ガチャリ…”




そんな音を立てて、沖田さんの家の玄関は施錠された。




一日だけだったけど…


ありがとうございました。




心の中で感謝しながら、玄関を見上げる。




すると……




「………??」




玄関のすぐ左隣の、表札に目が釘付けになった。




ん……??


ここって、沖田さんの家だよね??




だが、その場で立ち止まって考える暇もない。




沖田さんが待っていると思い、私はエレベーターを待たずに、階段で下へ降りた。










「すみません!!

お待たせしました!!」




ハイ。


また謝ったぁー。




何回繰り返せば気が済むんだ私……。





車の前に立って謝っていると、苛立った様子の沖田さんが、私に言葉をぶつける。




「遅い。とっとと乗れ。」




「はい!!すみません!!」




私多分……


一生分謝ってる気がするんですけど……




“バタンッ……”




私が乗り込み、扉を閉めたのを合図に、車は静かに走り出した。




「あの、これ…ご自宅の鍵です。」




おずおずと黒革のキーケースを差し出すと、沖田さんは私の顔を見ずに受け取った。




「あぁ。どの鍵か分かった??」




「はい。

コレかなぁと思った鍵が、一発で当たりました。」




「あっそ。

合い鍵作んなよ。」




自分から聞いときながら、素っ気ない上に、人を泥棒扱いか!!!!


まったく…


この人は、ひねくれ者の真骨頂だ。




「沖田さん。

ちょっとばかし質問してもいいですか??」




私は、玄関を出てから気になっていた事を沖田さんに切り出した。




「何だよ。マネージャー辞めたら、マスコミ気取りか??」





一々…一々……。


どうして沖田さんは、人を遠ざけるような言い方をするんだろう…。




「…マスコミ気取りじゃありません。

元マネージャーとして、聞きたいんです。」




否定しながら沖田さんを見ると、窓の方に顔を向けたまま、私に言う。




「どうぞ。答えれる範囲なら。」




田中(タナカ) 五郎(ゴロウ)

って、誰ですか??」




“どうぞ”と沖田さんが言ったので、沖田さんのマンションの玄関に掲げられていた表札について、遠慮なく聞いてみた。




そう。


あの表札には“田中 五郎”と表記してあったのだ。




「みっ…見たのか?!」




沖田さんは、“バッ”という音と共に、車の窓から私に視線を移した。


その目は、若干見開いている。




「見たっていうか……

目に入ったっていうか…」




次第に血走って行く沖田さんの目を見ていると、なぜだか私の口は言いよどんでいた。




「ノーコメントだっ!!!!」





声を荒げている沖田さんを見た私は、それ以上聞いてはいけないと確信した。




「すみませ……

…何も知らなくて……」




私が怯えたように言うと、沖田さんの口から、小さな声が漏れている。




「……だ…」




「何か言いました??」




車窓から聞こえる僅かな喧騒にも、掻き消されるくらいの声だったので、私は咄嗟に聞き返した。




「………本名だ。」




間を置きつつも、沖田さんらしかぬ蚊の鳴くような声に、私は暫し、唖然としてしまう。




「本名…ですか。」




田中 五郎が本名なんだ。


沖田 流星って、芸名だったのか。


それにしても…


書類の見本みたいな名前だなぁ。




そう思っていると、沖田さんが寂しげに口を開く。




「笑わねぇの……??」




「笑わないですよ。」




どこを見ているのか分からない彼の横顔を見ながら、優しく言った私。




「へぇ。アンタ、変わってる。」




「変わってません!!」





沖田さんの為を思って、ご両親が考えてつけてくれた名前じゃない。


何が可笑しいの??




「みんな……俺の本名を聞いたら笑うから。

だからアンタは変わってる。」




どうして……


そんなに悲しい目をするの……??


聞いちゃいけない……??


でも、聞きたい。


沖田さんと直接話せるのは、今日で最後だから……




「どうして……目を伏せているんですか…??」




「え…??」




私のぎこちない質問に、沖田さんは私を直視した。




「悲しそうに見えます。

名前の事で、何か嫌な事があったんですか??」




聞いてはいけない事を、私は聞いているのかもしれない。


沖田さんの踏み込んではいけない領域に踏み込んでいるのかもしれない……




それでも……




「そうだよ。」




知りたい。


私に少しでも知る権利があるなら……


話して欲しい。




「何があったんですか??」




意を決して、彼を真っ直ぐに見て言った。





「別に。小学校の時から笑われてるから……

ウンザリしてるだけ。」




話したくなさそうにして、沖田さんは会話を流した。




「…そうですか。」




無難な相槌を打って、窓に視線を変えた私。


左から右へ…どんどんと流れていく景色。




やがて、その流れも止まり、事務所の前に着いた。




沖田さんが何も言わずに車を出ようとしたので、私はそれを慌てて止める。




「あ!!待って下さい!!」




「なに??」




振り返った沖田さんは、怪訝に私を見た。




「私がドアを開けますから。」




そう言って、車を降りると、反対側のドアに回って開ける。




「…そんな事したって、アンタはクビだから。」




車から降りた沖田さんは、開口一番にお得意の嫌味を放った。




「分かってますよ。

私だって“元マネージャー”の自覚くらい持ってますから。」




もうお別れだっていうのに……


だいぶ言い返せるようになってきたなぁ。




そんな事を思いながら、先を急ぐ彼を追った。





「どうしたのよ2人して。」




社長室に入った私たちを交互に見ながら、玲子ちゃんが目を瞬かせた。




そんな玲子ちゃんを見据えて、沖田さんは単刀直入に話す。




「…俺、コイツとは仕事できねぇから。」




沖田さんは、親指で私を指し示した。




「どういう事??

何があったって言うの??

今までコロコロマネージャーは代わってるけど…

最短記録じゃないの。」




あ……やっぱり??


…さすがに一日で辞めるマネージャーさんはいないんだ……。




「玲子ちゃん、あのね…」




私から、これまでに至った経緯を話した。


玲子ちゃんは頷きながら聞いているものの、納得のいかない様子で肩を落とす。




「…そうだったの。」




話し終えると、溜め息混じりに玲子ちゃんが消沈の声を漏らした。




「そういう事だから。

…つか俺、マネージャーいらねぇわ。

…どいつもこいつも使えねぇし。

特にコイツなんて超ド級に使えねぇ。」





沖田さんの言葉のナイフが、次々と私の胸に深く刺さる。




「私も…自分がマネージャーに向いてないって思ったから…

沖田さんのマネージャーは、降ります。」




視線をユラユラとさまよわせながら言うと、玲子ちゃんが重たそうに口を開く。




「……そう。

流星とは同い年だから、上手くやっていけると思ったんだけど……」




それを聞いた沖田さんは、驚いたように肩を揺らした。




「マジかよ……。

アンタ、俺と同い年??」




言葉は静かだが、沖田さんは珍獣を見るような視線を私に送っている。




「えっと…ハイ。

XX年生まれです。」




戸惑いながら答えると、沖田さんはボソッと呟く。




「中坊かと思ってた。」




沖田さん…


聞こえてますよ。


年下に見られてたのは、薄々感じてましたけどっ!!!!




「私って、そんなに幼いですか??」




傷付いた胸を押さえながら、沖田さんに問いかけた。




「…精神年齢、幼稚園児以下。」




凄い…


全部漢字で言った!!!!





……って、どこに感動してるんだ私!!




「……幼稚園児以下で、すみません。」




謝るのもどうかと思ったが、それしか言葉が出てこなかった私。




「残念だけど、仕方ないわね。

…莉子ちゃん、静岡まで送るわ。」




デスクから車の鍵を出しながら、玲子ちゃんが言った。




「はい。沖田さん、一日だけでしたけど、お世話になりました。」




ペコッと頭を下げると、気のない返事が返ってくる。




「あぁ。」




「あの…最後にもう一つ……聞いてもいいですか??」




顔を上げて、遠慮気味に言ってみると、沖田さんは黙ったまま頷いてくれた。




「昨日の夜の騒ぎの時、沖田さんはどうしてあそこに居たんですか??」




「そんな質問してアンタに何のメリットがあんの??」




冷たく問い返され、私の胸がまた痛みを生じる。




「メリットはあります。

沖田さんが私を心配して来てくれたんだとしたら、私は沖田さんにお礼を言わなくちゃいけませんから。」





私の言葉を聞いて、沖田さんが僅かに目を見開いたものの、すぐに冷静な顔になり……




「自惚れんな。

散歩してただけだ。」




……と、あしらうように言い放った。




「そうですか。

ありがとうございました。」




彼の態度を見て、心配してくれていた事を察した私は、再び頭を下げた。




「別に礼言われるような事してねぇよ。」




照れ隠しなのか、ソッポを向いて言った沖田さん。




「質問に答えてくれて、ありがとうございました!!」




沖田さんのひねくれ加減に少し強い口調で言って、私は玲子ちゃんと一緒に社長室を出る。




扉の隙間から見える沖田さんの背中を見ながら……




“パタン……”




静かに扉を閉めた。




「さ、行きましょ。」




玲子ちゃんに軽く背中を押され、駐車場まで歩く。




その道のりは呆気ない程短く、私を乗せた車は発進する。




私の…


切なくて悲しい気持ちを残して……。





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