60. 理路整然と命がけ
俺は、何を言えばいいのだろうか。
俺を攻撃した事を、そしてアウルのところで暴走した事を怒ればいいのか。
ただ前者についてはもう怒ったところでどうにもならないだろうと思ってしまっている節があるし、後者についてもコリスの気持ちが全く理解できない訳でもない上、初対面の俺にすらアウルのやばさは伝わってきたぐらいだし、事情を詳しく知らない俺が何を言ったところでコリスの心まで言葉は響かないだろうと諦めてしまう節がなくもなく、もうそろそろ何言ってんだろうと言われそうだが――
――あー、つまり、なんだ。
「……」
「……」
お互いの間に流れる沈黙は、きっと俺が打ち破らないといけないんだろうなと思うんだ。
思うんだよ。だって、こんな空気を生み出したのは他でもない俺で、
「……」
今、コリスを抱きしめているんだから。
抱きしめた当初こそ体をこわばらせたコリスだったが、どうやら相当動揺してしまったらしく、しばらく口を開く事さえできなかった。
俺自身はまあ、何となく今のコリスの顔を見ても、俺の顔を見られても気まずい気がして、そのせいで割りと強めに抱きしめるハメになっているんだが、大丈夫だろうか。
「生きてるか?」
「死んでいるように見えるのか?」
「死んでいるように見えてた。さっきまで」
「そうか」
そう言うと少しだけ、コリスの体にこもっていた力が抜けた気がした。そして、少しだけあきれたような、嬉しげでもある苦笑が、嫌味ったらしく俺の耳に届いた。
「今お前が何を考えているか当ててやろうか?」
「……ああ」
「理屈をこねくり回して、けれども色々複雑すぎて思考停止した揚句、どういう訳で今こんな行為に及んでいるのかを分析しようとしている」
大体俺の心境を言い表せられて、俺は少し驚嘆する。
同時、それはもつれて玉になった糸のどこがもつれたのかと言う指摘であって、どうしてもつれているのかという理解には程遠い事にも気づいた。
「コリスだってそうだろうが」
「……うるさい」
紅葉の中を枯葉が舞い落ちるように、少しだけ声に不機嫌さが増した。
そんな状況でもまだ、声を荒立てず、互いの言葉には親しみにの延長ですらある、砕けた言葉が口をつく。
お互いがお互い、よく分からない精神構造をしている。
「少なくとも俺は、お前が俺を殺した事を怒ってなんかない」
「私だって、助けに来てもらえて嬉しくなかったわけではない」
「アウルのところで召喚魔法陣のおとりになろうとしたのはちょっと頭に来たが」
「あの魔法陣は私を補足していた。なら、私の最高速で逃げ切れるか試すべきだろう」
「それでも俺ぐらいつれてけバカ」
「瞬間自殺移動で追って来いバカ」
お互いにあまりにあんまりに言い合って、少しだけ楽になった気がする。
「アウルは許されない事をした」
そして唐突にコリスは言った。
「初めはあんなのでも善人だった。世界のために魔法を極め、特定の国には属さずひたすら世界を良くしようとまわっていたものだ。だが、その世界もアウルの魔法も、どうやったってアウルに報いてはくれなかった。
悪政を強い暴虐にふるまい、税で贅を尽くす。そんな貴族王公たちの下で、多くの民草が虐げられていた。それはもはや、優秀であろうと天才であろうと、個人で解決できる規模を超えて余りあった。
それでもアウルは必死で魔法を収めたが、やがて古今東西の知識をさらった挙句、外法に手を出した。
不老不死、召喚術、死者蘇生、輪廻への干渉、人造神の生成など挙げればきりがないが、それでも奴の目指すものは得られなかったんだ。
それで、アウルは絶望した。世界に絶望し魔法に絶望し、人々に絶望し自分に絶望した。そして、奴は狂ってしまったんだよ。
そうしてある日言ったんだ。私が世界を作り変えよう。そのためならば、神にでもなろう、とな」
それは、なんて悲壮なんだろうと俺は聞きながら思った。
どれだけやっても人間には限界がある。努力とか才能とかでどうにか出来ない事なんていくらでもあるのだ。
山瀬恭一は人間で、人間はいつか死ぬ。だから、山瀬恭一もいつか死ぬ。
こういった大前提は、何をしたって揺るがない。世界はそう言う風に出来ているのだから。
アウルが動かそうとした事はそれだけ揺るぎ難く、同時にそれゆえに彼は必死だったのかもしれない。
「だから、私はアウルを殺さなければならない。アレは……」
コリスはどう言い表そうかと悩むように口をつぐんだ。
そしてクセなのか手で自分の顎に触れようとして、途中で誤って俺の服の中に手を突っ込みかけて、今までになく体が強張ったりしていた。
俺も別に変な意図はないんだと理解しているので、気づかなかったフリをしつつコリスが探している言葉を考えてみる。
惨い、酷い、甘い……どれもアウルの一面をなぞっているだけに思え、
愚直、無垢、真摯……どれもがやはりアウルの異常性を指摘できず、
真面目、几帳面、不完全……どれもどこかが少しだけ、違うのだと分かった。
数秒か一秒に満たない長くのばされた時間が流れ、俺は一言だけ言った。
「……悲しい?」
俺の言葉はどうも的確ようで、コリスが息をのむのが分かった。
「きっと認めないんだろう。自分が間違えたなんて今さらさ」
それを認めさせる事は出来ない。しかし誰かが止めなければ、きっと不完全ながら不老不死な彼はいつまでも、人の身で得られはしない理想を、子供が月を見上げるように追いかけて行ってしまうのだろう。
いつか巨人のように大きくなったその手が、月を握りつぶしてしまう事にさえ気づかずに。
「そうだな。だが、今の私でも、アウルは倒せない」
コリスは素直にそれを認めた。
それは遠まわしにアウルを殺す事を今は諦めると言っているようで、同時に“知悉の特赦”の事に触れようとしているようで。
俺は覚悟を決めた。
「それでな、」
俺はほんの少しだけ声を落として、なんでもないように続けた。
「俺は“知悉の特赦”をどうしても自分の家族の事を知るために使いたい。父が母が、妹が友達が、最後までバカみたいに平和に暮らしてたって知りたいんだ。知って安心したいんだ。俺は」
びくり、とコリスが分かりやすく震えたのが分かった。
表情には出ないから今まで知らなかったが、案外コリスは内面が行動に出やすいタイプなのかもしれないな、と俺はコリスの新しい一面を知れて嬉しく思う。
「もしもだが、もしも。
コリスがこんな小さな事を気にするようなバカと一緒にいてもいいって思えるんなら。また、俺を殺せる方法を思いつくまで、一緒にいてくれないか?」
それは遠い過去。
コリスが俺を殺せという“戦刃”の依頼を暇つぶし程度に受けた後の事。
負けず嫌いなコリスが、“戦刃”を倒した後に、コンビを組もうと俺に言った――いわば宣戦布告だった。
「…………」
コリスはいつの間にか、俺の胸元から顔を離して、俺を見上げていた。水色の瞳はどこまでも深く見え、どうしてか氷のような冷たさを感じない。
「仕方ないな。好きにしろ」
それは以前に俺がコリスに返した投げやりな答えで。
俺は本当に安心して嬉しくて、無意識にコリスの頭をなでていた。
されるがままに金髪をわしゃわしゃされているコリスは、時折小さく抗議の声とも取れる声をあげていた。
恋愛っぽいパートが書けない作者がお送りしました。
難しい。
恋愛小説を読まないのも原因だけど、二人とも現実志向過ぎて扱いに困りました。
納得がいかないけれど、これ以上どうにもならなそうなので、投下。




