59. 自己犠牲は命がけ
“アンダーワールド”が出来た当初、俗に言うアンデッドと呼ばれる魔物の種族がいた。
いわゆるゾンビやゴースト、スケルトンと言った奴らで、人間に近い体と強烈な生命力を持っていた。
ただ、現在これらは“アンダーワールド”には存在しないと言っていい。
なぜなら、絶滅したと言われているからだ
これらの魔物は非常に人間受けが悪かった。
倒しても倒してもなかなか死なず、各々が持っていた特殊能力もその不人気を後押しした。
ゾンビは動きは遅いが体を木っ端みじんにでもしない限り生き返り、ありえないような怪力を誇った。
おまけにこいつにかまれると人間もゾンビになるため、時折大量発生しては人間側を恐怖に陥れた。
ゴーストは物理攻撃が全く効かず、魔法でしか倒せない。
おまけに室内で戦うと地面や壁から突然現れては逃げていくため、発動に時間がかかる魔法では対処がしにくく、これもとても厄介な相手だった。
そしてスケルトンは高い防御力を誇り、頭部の骨を砕かないといくらでもこちらに襲いかかってくる。
力も強いが、ゾンビと違い武器を使いこなすうえ仲間と簡略な連携を取る事も出来た。
これら代表格三体を上げても分かるように、アンデッドは強敵であった。
そして何より、中途半端に人間の形を取っていたために、人間たちから疎まれることが多かった。
そしてある町がアンデッドのせいで壊滅した事を受け、これらの魔物を脅威と認識し、周辺の町ギルドが強大な討伐隊を組織、幾度もアンデッド達は討伐していくことになる。
その当初は数が増えやすいゾンビが最も駆逐が困難と思われていたが、どういうわけだかゾンビたちは、一か月程度放置すると体が腐り果てて自然消滅することが判明する。
人間側は防御を強化する事でゾンビの新生を防ぎ、間接的に駆除した。
残りのゴーストとスケルトンのほうがむしろ、地道な討伐を必要としたが、こちらは積極的に数が増えない事、神様が新しいアンデッドを生み出そうとしなかった事などにより、次第に数を減らしていった。
そんな情勢の中、一体のスケルトンはとある老婆と出会った。
スケルトンは魔物らしくその老婆を追い、老婆は必死に逃げた。しかし、老骨に鞭打つそれは長く続かず、すぐに追いつかれる。
スケルトンがまさに老婆を斬り殺そうとした瞬間、彼女は自分のチートを思わず使った。
自衛のための反射的行動か、死に際して最後に何かしようとした結果かは誰にもわからないが、彼女の持つ強力無比な治癒系のチートが、スケルトンに当たった。
するとどうだろう。
スケルトンはみるみるうちに人としての肉体を取り戻し、赤毛の少女になった。
どうやら、スケルトンは魔物としての設定に『戦場で死んでいった戦士が瘴気にあてられてよみがえった姿』みたいなものがあったらしく(しかも細部にまでこだわったのか、実際どこぞの世界の巨大な戦争で、ルトは戦死した過去を持っている)、治癒魔法を使った結果中途半端に死者蘇生してしまったらしい。
おそらく、魔物として転生させられたものの、肉体を取り戻したことで自我が戻ったのだと思われる。
しかし、それを邪魔する者があった。
瘴気(笑)である。
スケルトンであったルトは肉体を得て人間に戻ったものの、その体は瘴気にあてられて(というか、スケルトンに戻ろうとして)みるみる腐ってゆく。
肉体を失っても自我を保持出来るものの、このままでは魔物と間違えられて討伐されてしまうだろう。
魔女のチートで腐るたびに治せればよいのだが、それが出来ない理由もあった。
ルトは困り果てたのだが、それに対して意外な人物から打開策が提示される。
「珍しいケースだねこれー」
神様である。
この“アンダーワールド”では前世で大罪を犯した者や自ら異世界から渡ってきた者を除き、全員にチートを配布している。
ルトもイレギュラーではあるが、“故意”ではなく“他の世界から”、“この世界に来”た。
神様はそのため、ルトにもチートを渡さなければならない。神様がやってくるのが遅くなったのは、あまりに想定外な事態だったため、神様が詳細を把握するのが遅れたらしい。
「とまあ、そんな訳だから。なんでも言っちゃいなよー」
神様のその発言にルトはあるチートを選択する。
『幻覚を操る』という能力。
それは自らが魔物と間違えられる可能性を減らし、なおかつ他へ応用する余地を残したチートを考えた結果だった。
このチートでルトは、他者に自らを生前の姿に誤認させていた。
余談だが、このチートはMPをバカみたいに食うため常時発動すると他に使う余地はなかった。本来ならば質量まで誤認させられるのだが、少しでもMPを節約したい彼女は全身に金属の重りをつけて闘っていた程らしい。
実体が骨だけなため、体が軽すぎるのだ。この対応により、幻術なしでも重さの異常にはばれにくくなった。
ただ頭部にはさすがに重りをつけなかったらしく、俺は持った時に違和感を感じたのだ。
また、ルトがおバカなのは、比喩ではなく物理的に頭がカラッポだからとする説もあるが、その辺はもうどうでもいい。
動いているだけで不思議な生物の思考回路なんて、理解も推察も及ばないので『神の奇跡(笑)』で十分だ。
それは置いておくとして、この事がどこからか“戦刃”の耳に入り、ロティのように宗教的理由で勧誘されたのは予想の埒外だった。
そして断れば己がスケルトンであった事をばらすと脅された二人は苦肉の策として、彼の本気がどの程度か見たいと言い、先述の魔剣奉納を約束させた。
“戦刃”はこの、あからさまな時間稼ぎにつき合う必要はなかったが、老婆が彼の宗教家としてのプライドを巧みに刺激しつつ交渉し、約束を取りつけた。
そして俺が“戦刃”を倒したことでこの件は丸く収まった。
ただ“戦刃”のつかんでいた情報は多少他にも流れていたようで、それが老婆の魔法を使えばスケルトンすら蘇る、と言った眉唾な噂として流れていたのだろう。
また、俺が戦っている時にルトの重心や反応のズレを感じた事なども、彼女がスケルトンだと考えれば納得できる。
身体構造がある程度違い、その重さは重りによる偽物のものだったのだから。
そして一番気になっていた俺が死亡している状態を感知できる理由だが、どうやら彼女、生命エネルギーのようなものを感じられるらしい。
アンデッドとしての性質なのか、半死半生の状態でいる事が理由なのか、それともその両方か。
詳細は定かではないが、彼女はそのために俺がどこにいるが概ねわかったらしい。
「それにしても、信じられない経緯だな。信じるしかないんだが」
嘘を言って得がない、以上にルトにとっては不利益な情報なのだ。信ぴょう性は高いだろう。
件の転生トラックの持っていた『魔物に魂は存在するのか』という問いにも微妙に嫌な方向で結論が出てしまったが、とにかく面白すぎる経緯だった。
「それで、どうしてそこまで話してくれたんだ?」
「ここまで見られたら、と言うのもあるんですけどね」
老婆は苦笑しながらもここでの事は他言無用と釘を刺し、
「ルト以外と話す機会が少ないので。それならこちら側に抱きこんでしまえと思いまして」
「それに、自分の命をかけて他者を癒そうとする者に、悪人などいないだろう?」
そう言うと、二人は暖かい笑みを浮かべたのだろう。
だろう、というのは、片方が骸骨姿のままだからだが。
「さて、話がひと段落したところで、コリスさんでしたか。治して差し上げましょう」
「ああ、頼む」
老婆はそう言うと、コリスを部屋の隅にあったベッドに寝かせた。
そして、その額に手を当てる。すると、老婆の手から淡い光がにじみ出て、それがだんだんとコリスの全身に広がっていく。
「あんた……!!」
その時、俺は気がついてしまった。
老婆の左手には、指が四本しかなかった。
「これが、代償なのです」
老婆が言ったことの意味を俺は理解しかねたが、すぐに変化が現れる。
コリスを覆っていた氷が解け、全身の傷が癒えていく。彼女の表情も苦しげなそれから、安らかに寝息を立てているかのようになっていった。
そして、その変化と同時に、老婆の左手の薬指が、徐々になくなっていく。
「終わりました。あとは目を覚ますのを待つだけですよ」
指が半ばほどまでなくなったところで、老婆は治療を終わらせた。
そして左手をそそくさとポケットに突っ込む。
「私の力は私の体の一部を代償に使います」
その一言で、俺は老婆が治療を断り続けている理由を察した。
「だから私は治さない。安易に治してくれと言う人を治さないのです。ルトとの手合わせは、貴方のように覚悟がある人を選別するためにあります」
そして、本来はそうだったんですが、と老婆は困ったように苦笑してルトを見た。
「私は出来れば彼女に治療をしてほしくない。だから、私が勝てないようなどうしようもない相手――最悪暴力で無理やり言う事を聞かせられる人だけに、治療を許可している。
そして、治療を許可する事によって恩を感じさせた上で、ここの抱える事情を黙っているように釘を刺すのだ」
つまりは、二人の意見を両立させられる方法を考えた結果、永訣の庭が出来上がったと言う訳か。
なんともまあ、本当に誰も救われない場所だと微苦笑してしまう。
というか、あの『誰も救えない、救われない場所』という形容は、こういった事実を知っている過去に治療を受けた者たちが、皮肉をこめて言ったものではなかろうか。
「私は私のために生きているつもりなのです。例え放っておかれても、誰かれ構わず治して差し上げる気はさらさらありません」
老婆はそう言ってルトに苦笑する。ただ、その苦笑は自らを心配してくれる者に向けられたせいか、嬉しそうでもあった。
俺もつられてついつい笑ってしまった。
ルトは俺と老婆がどうして笑っているのかが分からないようだったが、楽しいのならいいかと納得したようで特に問いただしたりはしなかった。
しばし和やかな空気が流れた後、俺たちのささやかな笑声はベッドの上で寝ているコリスが軽くうめいた事で止まった。
そしてゆっくりと体を起こし、目をこする。軽く伸びをした後で、まだ寝ぼけたようにぼんやりとしている水色の瞳で、俺の方を見た。
「さて、と」
俺の小さなつぶやきに籠る万感を感じ取ったのか、老婆はルトを引き連れて静かに部屋を出て行った。




