57. 走馬灯は命がけ
俺は自分の胸元を見下ろす。
ぽっかりと空いた穴に血の気が引いていった。
痛覚はすでになく視界はぼやけ、遠い小鳥のさえずりが頭に響く。
手足に力が入らず体が倒れる。地面にぶつかった。痛みは感じない。
視点が動いたことだけが分かった。
生臭い匂いがする。
俺の血だ。
すでに目は見えず音は聞こえず、ただただぼんやりと暗い闇と耳鳴りのような音が反響している中に俺はいた。
ああ、死んだんだな、と俺は感情の起伏さえなく思った。
ぼんやりと、日本にいる両親や妹は元気なのだろうか、と案じた。案じて、一気に色んな風景が頭に浮かんでは、消える。
子供の頃イタズラをして父に叱られた事、母が料理に失敗した時の困った表情、上級生に砂場を取られた時の妹の泣き顔、中学で得た親友の我がままに付き合わされた事、妹が俺をお兄ちゃんと呼ばなくなった日、苦手な数学のうろ覚えな公式、高校の時見舞いに行った悪友の笑顔――
――日常。
自らの生命が終わる事に、恐怖はない。
これも『リスタート』の持つ欠点の一つかな、と俺は自嘲した。
そして、復活する。
「いやー、危なかった危なかった!」
いつもいつも、死ぬ時に見る走馬灯やら何やらには気が滅入って仕方ない。
気持ちを切り替えるため、俺は目の前の光景を分析し始める。
俺は触手の直撃を喰らう事はなかった。
何をしたのかと言うとなんという事はなく、とあるチートを利用したのだ。
何を隠そう、ソーイチ君のレール○ンのコインである。以前の“祭り”で彼をひっくり返した際、密かに拝借しておいた。
これで刀の触手をガードし、同時にそのエネルギーをレール○ンに変換。
俺を胸元を貫いたレール○ンは、そのまま勢いを殺さずにルトを貫いた。
目の前にはえぐられた地面、その先に薙ぎ倒された木々。
ルトの姿は土煙りとおがくずが舞っていてよく見えない。
「さすがに、やり過ぎたか」
俺は頭を掻きながら思う。
俺の『リスタート』を使えばどれほど木っ端みじんに体を吹っ飛ばそうが復活出来るが、ルトは転生してしまったやも知れない。
俺がそう考えていると背後から拍手の音が聞こえた。
「お見事。仲間のために死地を踏破するその強い意志、しっかりと見届けました」
ルトかと思ってビックリしたが、声で違うとわかった。
振り返った先に、白髪の老婆がいた。青い目と高い鼻、日々の畑仕事のせいか浅黒い肌は、長い年月を生きた証か、しわだらけだ。
しかし、その声は凛として張りがあり、姿勢はしっかりして腰も曲がらず、杖もつかずに歩いてくる。
「私が魔女です」
魔女、と自らを表現した老婆は、ちらりと凍ったまま斜め四十五度に立てかけられたコリスを見て、
「彼女もそうですか?」
「ああ、前世では魔女と呼ばれて何千年も生きてたそうだ」
「まあ、魔女らしいですね」
魔女に魔女らしいと言うのも言われるのも、何だか不自然で、自然と俺の顔はほころんだ。
「おかしな言い方だ」
「そうでしょうか?」
老婆は首をかしげて口を開きかけたが、つぐんだ。老婆は俺の後ろの方を見て、もう一度俺を見た。
「こんなとこでもなんですし、家まで来てくださいな。治療もしなければいけませんしね」
その声にこたえるかのように、俺の背後でガチャリと金属がこすれるような音が聞こえた。
「そうだな、ボロボロにやられてしまったよ」
俺はおぞけを感じながらも、ゆっくりと振り返った。
そこには、ルトがいた。
しかしその胸元には穴が空き、左肩はほぼ消し飛んで腕がだらりと垂れている。
何より驚くべきは、その頭。
首から上がなく、首を自分の右腕に抱え込んでいた。
「貴様も中々――」
「うぁぁぁああああああああ!!」
俺はあまりの恐怖にもう一度、走馬灯を垣間見た。




