1.あの子が、病院で、死ぬお話
◇◆◇ 山本 香夏子 ◇◆◇
みーん みん みん みーん
窓を閉めていても、セミがうるさい。
今日は、登校日。
部活や生徒会関連の仕事が無い子は、ホームルームだけで、終了のはずだった。
喜美子先生が、教壇に立って口を開いた。
「去年まで、みなさんと・・・」
その声を聴きながら、私は、唇をそっと押さえた。
指先が、唇の硬く厚ばったへこみを撫でる。
不思議と、涙は、出てこなかった。
耳の奥では、あの日の線香花火のパチパチという音が響く。
みんなが、ざわざわする声と、セミの鳴き声と重なって、うるさかった。
△ △ △
「ふたりの海が見たい。」
アスファルトが赤く染まった南町商店街の端っこで、由佳がそう言ったのは、去年の夏のこと。
「もう、時間遅いよ。」
なんて言いながら、ふたりとも帰るつもりはなく、海岸通りに向かうバスに乗り込んだ。
夕日が、由佳の頬を照らして、なんかキレイだった。
海岸通りのコンビニには、いっぱい花火が並んでいて、商魂たくましい。
ライターは、1個220円。
バケツは、売ってなかった。
仕方ないので、1枚5円のビニール袋を2枚もらって、海水を入れておくことにした。
「あっ、これダメだわ。地面に置いたら、水、スグこぼれちゃう。誰?ビニール袋に水を入れようなんて言い出したのっ。」
「私の記憶が、正しいなら、由佳だったはず!!!」
2人で、大笑いした。
夜の海に、線香花火の光が、良く映えた。
星空が、ちょっとキレイだった。
パチパチという線香花火の音が、耳に残った。
花火に照らされた由佳の横顔が、すご~くキレイだった。
ぬれたビニール袋に、花火の燃えカスを詰め込んだけれども、もうまっ暗で、砂浜の上に散らかった燃えカスを、全て詰め込めたかどうかは、分からない。
最終バスに遅れそうになりながら、砂だらけの手で、コンビニのゴミ箱に、それを突っ込んだ。
バスに飛び込んだ時、ふたりとも、ゼーハーと、息を切らしていた。
最後尾に隠れるように並んで座る。
「コンビニのトイレで、手を洗いたかったなぁ・・・」
「いや、無理だって。バス、乗れなくなっちゃう。」
バッグから、ウエットティッシュを取り出して、シュシュッと2枚引き抜く。
「ほいっ。」
2枚を、そのまま由佳に渡して、もう一回、自分の分を取り出すと、手から砂を払い落とすように拭き取る。
バスの床が汚れる?
そんなの、わたしの知ったことじゃない。
「香夏子のバッグって、なんでも入ってるよねー。」
同じように、手を拭きながら、由佳が、私のバッグを覗き込んだ。
「入れっぱなしだっただけだって・・・」
「うそうそっ。ぜーったい、嘘。ウエットティッシュって、入れっぱなしで放置したら、乾いて使えなくなるもん。」
そんなことを言っている間も、バスは、どんどん南町商店街へ近づいていく。
「停留所、止まらないねぇ。」
「そりゃ、最終だからでしょ。人が居ないもん。」
「あのさぁ、香夏子って、男の子とキスもしたことないって言ってたよね?」
「えっ?なに?突然っ。」
そう答えた瞬間、唇に柔らかい感触を感じた。
「はーい。香夏子のファーストキスぅ~♪」
「ちょっ、これ、ノーカウントっ。わたし、めっちゃイケメンと、ロマンティックなファーストキスをするんだからっ。」
「えーっ、私のどこが不満なのっ。」
「全部っ!」
「あっ、香夏子は、そんなこと言うんだ。だったらいいよっ。」
もう一度、唇に柔らかな感触を感じる。
そして・・・
「痛っ・・・」
唇に、痛み・・・
そして、口に、血の味が広がった。
「ちょっと、嚙むなんて、ひどいって!」
「ん?でも、これでもう忘れないよね?イケメンとキスしても・・・あっこれ、はいっ♪ホント、何でも入ってる。ドラえもんみたい。」
由佳は、そう言いながら、勝手にわたしのバッグをガサゴソと探ると、中からポケットティッシュと絆創膏を差し出してきた。
取り出したティッシュで、ぎゅーっと押さえても、なかなか血が止まらない。
というか、かなり痛いっ!
ケラケラと笑う由佳に、腹が立った。
無理やりティッシュで押さえつけて、血が一瞬止まったスキに、絆創膏を貼ったけれども、そこから血がどんどんとにじみ出るので、バスに乗っている間だけでなく、歩いて家に帰るまで、ティッシュで、口の周りを押さえ続けなければならなかった。
それでも、夏中、ふたりで遊び回った。
流石にもう、キスは、されなかった。
まぁ、されそうになっても、逃げたけれども。
あれは、かなり痛かったし、まだちょっと唇がへこんで、固くなっているから・・・
そして、夏休みが、終わった。
2学期が始まって5日目、由佳は、学校に来なくなった。
入院が、喜美子先生から伝えられたのは、その3日後。
スマホは通じず、何度、由佳の家を訪ねても、病院は、教えてもらえなかった。
◆◇◆ 藤原 由佳 ◆◇◆
「ねぇ、温度下げてっ。」
9月に入っても、外は、まだ暑いので、病室のエアコンは、ガンガンと効かされていて、ちょっと寒いくらい。
個室だから、温度は下げられるけれども、リモコンの置いてある場所まで歩くのが、面倒。
仕方がないので、薄っぺらな白い布団を肩までかぶろうとした時に、ちょうど良く病室にママが、入ってきた。
ママは、エアコンの温度を1度2度と下げながら言った。
「さっき、休学にしてきたわ。」
「もぉ・・・退学でよかったのに!お金がもったいない。私学は、休学中でも在学するだけで、お金がかかるんだから。まだ若いけど、ママにだって、老後があるんだからね。ちゃんと節約しないとダメだよっ。私が居なくなっても!」
ママは、軽く目をぬぐいながら言った。
「お金がかかるって言っても、大した金額じゃないわ。学費自体は、無料だから。由佳は、そんな心配しなくていい。それより、本当によかったの?山本さんも、中田さんも、西本さんたちも、何回も来てくれたわよ。みんな、すごく心配してた。」
「大丈夫。私がお別れするためのお話は、ひとりひとりと1学期の間いっぱいしてきたし・・・それにね、一番大切な子には、夏休みに、すごい魔法をかけてきたから、大丈夫っ。」
「魔法?」
「うん。そう・・・私のことを絶対に忘れない魔法。恋人ができても、私のことをずっと想っちゃう魔法かなっ?うーん・・・ぜーったいに、結婚できなくなる魔法かもしれない。私が、居なくなった後も、ずーっとずーっと続く魔法だね。」
「何それ?そんなもの一番大切な子にかけちゃダメでしょ。ホントにもう・・・」
ママは、私の言うことを、本気にしようとしなかった。
でも、絶対にあの魔法は、効果がある。
私が居なくなっても、世界の歯車は、ぐるぐると回り続ける。
でも、香夏子は、私のことを、ずっと忘れないし、恋人ができても、あれを忘れられるわけがない。
そう考えていたら、なんだか疲れて眠くなった。
ママと、いっぱい話をしたせいかもしれない。
ベッドの上で、髪の毛をまとめようとしたら、ごそっといっぱい抜け落ちた。
ゴミ箱に、ぽいっとそれを投げ捨てると、私は横になって、そっと目を閉じた。
なんだか耳の奥で、あの時の線香花火のパチパチという音が聞こえた気がした。
それがうれしくて、よく聞こうと耳をすましたけれども、すみっこの椅子に座っているママの、すすり泣いているような声に邪魔された。
なんだかイライラしながら、私は、そのまま夢の中へと旅立ってしまった。
次の日からは、もう、線香花火の音が、耳の奥で聞こえることは、なくなった。
そこから、数ヶ月経つと、ふとももに貼り付けるフェンタニルのテープ剤の大きさが、少し大きくなった。
それを貼っていても痛いので、ナースコールを押そうとして、頭に手の甲が触れた。
髪の毛は、すでに1本も残っていない。
あの時、もう一回くらい、香夏子に魔法をかけておいても良かったかな?
なぁんて思いながら、私は、手を伸ばしてナースコールを押した。
◇◆◇ 山本 香夏子 ◇◆◇
「去年まで、みなさんと一緒に過ごしていた・・・藤原由佳さんが、昨日朝、亡くなられたと、御家族よりご連絡がありました。」
その声を聴きながら、私は、唇をそっと押さえ、指先で、硬く厚ばったへこみを撫でた。
「お通夜は、本日の18時から。告別式は、明日の13時からとなるそうです。どちらも場所は、南町祭礼会館の西館になります。参列される人は、御家族のご迷惑にならないよう、必ず制服を着て受付で名前をお伝えしてください。お香典などは、ご遠慮されるとのことです。用意しないでください。」
突然の知らせに、みんな、ざわざわと小声で喋り始める。
泣いている子もいる。
けれども、私に話しかけてくる子は、居なかった。
由佳は、友達がいっぱい居たけれども、わたしは、由佳だけだったから・・・
差し込む太陽の光が、わたしの左頬や、硬くなっている唇をじりじりと焼いた。
不思議と涙は出なかった。
いつの間にか、耳の奥・・・線香花火のパチパチという音は、しなくなっていた。
窓の外、セミは、ミンミンと鳴き続けていた。




