101⚫️命の水
バルハインは新たな老人患者の体を抱え、治療テントの奥へ運んだ。
皮膚は乾ききり、唇はひび割れ、呼吸は浅い。
このままでは、数刻ももたない。
「水を・・・。」
ガルドンが言いかけた瞬間、バルハインは首を振った。
「水だけでは細胞が吸えん。塩と蜂蜜はあるか。正しい比率で混ぜれば、細胞膜の流れが戻る。」
カナタがすぐに動き、鍋に水を張って火にかける。
村人たちは、衣服や寝具を煮沸していた鍋の横に、
新たな鍋を並べて湯を沸かし始めた。
湯が温まると、バルハインは塩と蜂蜜を慎重に量り、
湯に溶かして老人の唇に少しずつ流し込んだ。
「・・・飲めるか。」
一滴、また一滴。
老人の喉が、かすかに動き
ゴクリ、と飲み込んだ。
それは、命が戻る音だった。
カナタが問う。
「これは?」
「毒が細胞の水分輸送を狂わせている。この比率なら、逆に流れを整えられる。’経口補水液’と公国では呼ぶ。」
バルハインは次の患者へ移動した。
若い男、少女、妊婦・・・。
症状は同じ。高熱、脱水、脱力、皮膚の黒ずみ。
すでに村人たちは、脱がせた衣服や寝具を次々と鍋に入れ、
煮沸消毒を続けている。
「その布を使え。」
バルハインは煮沸していた布を指さした。
「この寄生虫は熱に弱い。布を煮れば完全に死ぬ。絞って患部に当てろ。繊維が毒素の微粒子を吸着する。」
少女の腕の黒いまだらを見て、バルハインは別の指示を出した。
「乾かすな。湿った清潔布で覆えば、毒の侵入を防げる。」
患者の一人が痙攣を起こし、村人が悲鳴を上げた。
「横に向けろ!」
バルハインが叫ぶ。
「寄生虫そのものは体内で生きられん。問題は、その死骸から滲み出る毒だ。回復してくれば、尿として排出される。」
痙攣が収まると、老人の胸がゆっくり上下し始めた。
「体が毒を押し出し始めた証拠だ。」バルハインは静かに言った。
大鍋を見張り、薪を運び、布を洗い、
村全体が’救う側’へと変わっていく。




