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オムカエさんが帰れない ~Carpe Diem~  作者: 帆足 じれ


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7/9

そうなのか……?

 小学校低学年くらいの夏。たぶんお盆で、母の実家へ行ったときの記憶だ。

 俺は家族と墓参りに来ていて、とても暑かった。墓石に水をかける大人を見ながら、自分にもかけてほしいと思っていた覚えがある。


 大人たちに(なら)って形だけのお参りを終え、さっさと帰ろうとしていたら、祖父に引き留められた。


「お地蔵様に手を合わせたか?」

 

 言われてようやく、墓石の横の地蔵に意識が向いた。墓参りには何度も来ているが、いつも慌ただしい空気の中、適当に済ませていたから見落としていた。


 そもそも、これは何のためにあるのだろう。なぜ、地蔵がある墓とない墓があるのだろう。


 純粋な疑問を投げかけると、祖父はそっと()()()()を教えてくれた。

 そして、俺の知らなかったもう一つの事実を明かした。


「お前には、生まれてこられなかったきょうだいがいたんだよ」


「そうなの?」


 驚く俺に祖父は続けた。


「ああ。まだとても小さいうちに、お母さんのおなかの中で死んじゃったんだ」


 そんな話、両親は一度も口にしたことがない。今なら親の気持ちもわかるけれど、ずっと“第一子”として育てられてきたこともあって、当時はかなりのショックを受けた。


「かわいそう……」


「そうだな。もし生きてたら今頃、高校生か。きっと、いいお兄ちゃんかお姉ちゃんになってたろうな」

 

 それを聞いた途端、俺は無性に悲しくなって、地蔵の前で泣いてしまった。


「よしよし、泣くな泣くな」


 祖父は俺の頭を撫でながら言った。


「お前はきょうだいの分までたくさん遊んで、勉強して、元気でいる……。それから、こうして手を合わせて、『一生懸命頑張るから、見守っていてください』って伝えてあげなさい。それが供養になるんだ」


 俺が目をこすりながらうなずくと、祖父は「おじいちゃんがお墓に入っても、お参りに来てくれな?」と縁起でもないことを言う。

 不安が押し寄せ、「そんなこと言わないで!」と泣きながら怒る俺を見て、祖父はカラカラと笑った。


「さ、行こう。次に会うのはお彼岸だな。少しは涼しくなってるといいんだが」

 

 そのとき俺を包んでいた、蝉の声、草いきれ、遠くの潮騒。

 (さん)(どう)を進む親族の足音、祖父の笑顔と大きな手。顔をつたう汗と鼻水、涙。

 

 さまざまなものが思い出され、最後に浮かんだ“陽炎に揺らぐお地蔵様の微笑”――それが目の前のオムカエさんと重なった。


 心臓の鼓動がうるさいくらいに速くなる。

 まさか。


「そうなのか……?」


 意図せず踏み出した右足の下で、床がギィと(きし)んだ。


「あなたは、俺の……っ」


 オムカエさんは答えない。ただ、黙って目を細め、呆然とする俺を見つめている。


 何か言わなければと焦れば焦るほど、俺の言葉は形を成さなくなっていく。


「そういえば――」


 すいとオムカエさんの視線が窓へと移る。


「――もうすぐお彼岸でしたな」


 彼の視線の先は、俺の実家がある方角だ。眼下に広がる街の明かりの先には黒々とした山々がそびえ、そのもっと向こうには両親の住む家が、そして祖父母の眠る墓がある。


 ざわりと胸がうずいた。


「ここで()いときたいんですがね」


 静まり返るキッチンに、オムカエさんの声が響く。

 つられてそちらに目をやると、オムカエさんの手には四角いチョコレートがあった。

 

「もし今、“道”を選べたら、どっちにします?」


 言いながら、彼が作業台の空きスペースにチョコレートを2つ置く。1つはきなこもち、もう1つはいちごゼリーだ。


「ジブンと一緒に()きますか? それとも、ゆるりと生きますか?」


 俺はじっと2つのチョコを見る。


 生きていてもしょうがない。

 何をしてもうまくいかず、毎日ただ息をしているだけ。俺の人生はずっとつまらないまま過ぎていくんだと思っていた。

 

 でも、今日の(めぐ)()いでわかったことがある。ちょっとしたことで意外とワクワクしたり、笑ったりできる“心の余白”がまだ俺にも残っていたんだ。

 それに――。


『お前はきょうだいの分までたくさん遊んで、勉強して、元気でいる……』


『おじいちゃんがお墓に入ったときも、お参りに来てくれな?』


 忘れていた道しるべを思い出せたことで、俺の気持ちは驚くほどクリアになった。

 何かが劇的に変わったわけじゃない。どうしたらいいかも相変わらずわからない。

 だけど、なんとなく過ごしていた日々の中に、楽しみを見つけに行くのも悪くないんだと気づいた。


きなこもち(そちら)は、譲ったものですから……」


 俺は()()()と同じように指先で目頭をぬぐいながら、いちごゼリー味のチョコを手に取った。

 

「こっちにしますかね」


「ですかー」


 オムカエさんがきなこもちのチョコをつまみ上げた次の瞬間、彼の端末が小さく震えた。

 通信が戻ったらしい。


「おや? システム、直ったみたいです」


「そうですか」


 このタイミングで、か……。

 皮肉な話だが、決まっていたことなら仕方ない。

 “猶予期間”のおかげで、人生最後の時間が充実したことだけでよしとせねばな。


「さて、と――」

 

 俺が小さく息を吐いたとき、オムカエさんはスマートフォンのようなものを眺めながら言った。

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