ラバーダック・デバッグ
「――きなこもち、か」
オムカエさんの指の間にあるチョコを見ながら、ふとつぶやいていた。
「ん?」
彼がこちらに視線を向ける。
「何か、いい思い出でもあるんですか?」
「ええ、まあ……。子どもの頃にね、祖父母の家でよく食べたんです。お菓子じゃなくて、餅に砂糖入りのきなこをまぶしたものなんですが」
「おや。聞かせてもらえますかな?」
オムカエさんが興味を持ったようだし、まだ時間もありそうなので、俺は思い出話を始めた。
遠方に住んでいた母方の祖父母はとても優しく、夏休みや正月に帰省すると明るい笑顔で迎えてくれるので、俺は大好きだった。手作りの郷土料理――特につきたての餅――がおいしくて、それも楽しみにしていた。
だが俺が好きだったあたたかな空気は、何の前触れもなく消え去った。
あの年の正月も、きなこもちをたくさん食べ、お年玉をもらって幸せな時間を過ごした。祖父は俺たちが帰る直前まで元気にしていて「また来いよ!」と笑っていたのに、翌朝、目を覚まさなかった。
俺たち以上に大きなショックを受けた祖母は体を壊し、半年後、祖父の後を追うように逝ってしまった。
それから数年間は、遺影になった2人を見ても現実感がなさすぎて、なんだか悪い夢を見続けているかのようだった。
「――たぶん俺、大切な誰かを喪うのが、死ぬより怖いんだと思います」
いつの間にか、自分語りが始まる。
「そんなことになるなら、初めから知り合わないほうがマシだと思ってるくらいで」
「ほほう」
「ここ数年は実家にも帰ってません。顔を合わせるたびに親が年取っていくから、なんかつらくて……。親不孝の自覚あるんですけどね」
「なるほど」
オムカエさんは訳知り顔でうなずく。
「わかりますか」
「ま、一応」
「……ほんとに、そう思ってますか?」
我ながら、嫌な問いかけをした。
これじゃ、“人外である彼には人の気持ちなどわからないだろう”と決めつけているみたいだ。
「すみません……。なんか、失礼なこと言って」
申し訳なくなり謝罪したら、オムカエさんはひらひらと手を振った。
「いえいえ、自分もノリで同調してすいませんでした」
ノリだったのか……。
相変わらず、読めないヒトだな。
脱力した俺は、この機に質問を投げてみる。
「そういえば、あなたにご家族は?」
神話の神々にも系図があるくらいなので、死神に家族がいないとは限らない。
「家族ですかー」
オムカエさんはゆっくりと首をかしげながら言う。
「いるにはいるんですがねぇ、ちょっと一般的じゃないというかなんというか……。ま、お察しください」
複雑なご家庭なんだろうか。
死神である時点で、すでに俺の知る“一般的”からはかけ離れているはずだし気にしなくてもよいと思うが、彼にしては煮え切らない反応が気になる。
あまり深入りするのもどうかと思い、俺はそのまま流してしまった。
ちらっと隣に目をやる。
そこそこ重い話をしていたはずが、オムカエさんの表情は変わらない。まばたきしない目も棒読みの話し方も、バカ話のときと同じトーンで完璧にキープされている。
輪郭はあいまいなのに、悲しいほど揺らがない。
まるで、写真か絵のようだ。
ここでふと“ある場面”がよみがえった――。




