第38話:グウィン・アプ・ニーズ
いつもお読みいただきありがとうございます。
たいへん申し訳ありませんが
見直ししたい意欲が湧いてしまい
当作は今話で一旦休止させて頂きます。
完結する気ですのでどうかお待ちいただければ嬉しく思います。
ただ、今後続きから書くのか、一話から書き直すかは悩んでおります。
迫る20階建てのビルに相当する岩に対して、俺は質量軽減を使い質量をゼロにする。
直撃する0.1秒前、迫る巨岩が発生させた圧縮した風の壁が、質量のない俺を加速の時間なしで、風と同じ速度で外側へと弾きだし、安全圏へとデリバリーする。お風呂の中で髪の毛を摘もうとすると、指の水圧がかかって髪の毛が逃げて掴めないようなもので、早ければ早いほど掴めないのと同じ原理だ。
ちなみに俺がよく使っている、お得意の質量軽減や質量増減の質量操作とは、ヒッグス場を圧縮と解放して制御している。
ヒッグス場とは、宇宙の全空間に満ちている、目に見えない抵抗の海である。
質量が発生するのは、素粒子がこの海を移動する際に受ける抵抗が質量(重さ)として観測されるからだ。
これは2012年に観測、発表されている。
有名な質量保存の法則とは、このヒッグス場が一定であることを前提とした法則で、不変のものではない。
とは言え、俺を吹き飛ばした空気圧が尋常ではない。風で押し出された俺の速度は音の壁を破っている。
俺は、ヒッグス場に圧縮を行い粘性を一時的に増大させて、慣性を消去する。
慣性の正体は、物体が動こうとする、あるいは止まろうとする時に生じる抵抗力で、このヒッグス場との相互作用そのものだ。
吹き飛ばされた距離は、1キロに届きそうだ。それにしても、この空間も広すぎる…
まるで地獄にでも来てしまったかのようだ。
俺は、地上にフワリと足をつき、飛ばされた方を見る。
「これはこれは…」
ここまで離れて、俺が登った柱の正体が視界に収まって理解した。
なんと、上は霞むような高さの黒い巨人だった。
「まいったな…」
頭を掻きつつ、先ほどの事を思い出す。
先程の20階建てのビルに相当する巨岩は、掌だったみたいだ。
人間が、蚊を叩く動作を、600メートルの巨人が行えば、その速度は亜音速を超えるだろう。
600mの巨人の手のひらを体積から算出すると、その重さは約10万トン〜20万トン(大型空母2隻分以上)に相当する。
衝撃エネルギーは、軽く見積もっても10万トンの質量が時速1,000kmで衝突した場合のエネルギーは、10の13乗ジュールを超えてしまうだろう。
これはもう数キロトン級のTNT爆薬、あるいは小型の戦術核兵器が爆発した瞬間のエネルギーに匹敵するんじゃないかな。
巨大なものは動きが遅く見えるからといって、安心なんてできない。
奴がその巨大な腕を振り抜けば、この1キロという距離さえ、亜音速の拳がコンマ数秒で襲いかかる射程圏内に過ぎないからだ。
「トマス、生きてるかなー。生きててくれよー」
俺はステップを踏むと巨人に向かって駆ける。
600メートルもあると人間なんかホントに蚊のサイズになってしまう。
さて、どうにも場所が俺にとって不利だ。
《サンダー》、《ストーム》はこんな穴の中では使えない。《ヘルファイア》、《コキュートス》を使うにはデカすぎる。
だいたい、奴の蚊叩きが小型戦術核兵器の威力なら生半可な攻撃は通らない。
まさに“蚊の食う程にも思わぬ”というやつだな。
だが、戦って勝てない相手ではない。自信過剰な訳では無い…舐めているわけでもない。あいつは倒せる。
俺は、飛ばされた場所に戻ると、トマスの捜索を始める。
人など血の詰まった袋に過ぎない。あの高さから落ちれば……
死んでいたらどうしよう。また、時間を戻すのか?そんなことをすれば、歯止めが効かなくなる、では基準は何だ?
ヘンリー6世は死ぬ運命ではなかった。それは後でアルガンテから聞いたので解っただけだ。
死ぬはずだったとか、そうじゃないとか俺にはわからない。
もし、バシリアが、もし、ティートンが、ティーテン、ペトロナ、ジャンネット、アルガンテ…俺の基準は利己的だ。楓華、瑠璃、一輝、みんな助けてしまうだろう。ちょっと落ちるがトマスもギリ同様だ。
俺は上を見上げる。
巨人は、小さすぎて俺が見えないせいか、攻撃する素振りがない。
たまに歩いては、地面を激しく振動させている。
俺は、勢いをつけてまた、先程のように巨人に登る。たまに動くので登りづらいが。まあ、問題ない。
肩に辿り着くと、先程のように手を突き出しトマスを摘まんではいなかった。
俺は耳へと跳躍した。
「巨人よ。聞こえますか?」
(うお!)
巨人が耳に指を突っ込んできた。
「ちょちょ!やめろ!」
『人か?貴様何をしている』
大音響の声が間近でする。
「すまない。邪魔をするつもりはない」
『お前は俺を見て、逃げも、攻撃もしないのか?』
「お前からは、悪意や、害意を感じないからな。それより俺は友を探している…」
『お前は、俺が誰だか解って言っているのか?』
「知らん。迷惑な自然災害だろ?」
『…お前の顔が見てみたい、そこからでてこい、なによりこそばゆい』
「そりゃそうか。いいだろう」
俺はそう言うと耳から出て、巨人の指先に乗る。巨人は目の前に指を動かすと。目を細めまじまじと俺を見る。
黒い肌に白い目が輝くように光を発している。
『貴様は天使か?いや、あの規律正しい主に盲目の使いどもとは違うな。
ただ意味無く戦うでなく、友を捨てぬ心を持ったものか…』
口も開けず、声が頭に響く。
しゃべれば俺を吹き飛ばすと、気を使っているのかも知れない。
「別に考えて動いているわけではない。
自らの心に忠実なだけだ」
長い間が俺と巨人の間にたゆたう。
巨人の口の端が笑った気もするが、この距離だと顔の全容はわからない。
巨人は握った右手を、俺の前に近づけ、ゆっくりと開く。
「トマス!」
「て、天使さん?」
巨人の掌の中心で、トマスは震えながらも生きていた。
その姿を見た瞬間、胸の奥の緊張が溶けてゆく。
トマスの下に飛ぶ。縮尺の異なる存在の上にいると、なんか感覚がおかしくなりそうだ。
トマスが俺に抱きつきそうになるが、俺は間に足を入れて拒否する。
「酷いです」
俺は巨人に向き直ると、ゆっくり頭を下げた。
『何の真似だ?』
「助けてくれたのだろ?」
『引っかかってただけだ』
「そうか、それでもありがたい」
『それより、すまなかったな』
「ん、なにがだ?」
『俺は、敏感肌の痒がりでな、お前が這ってたから痒くて叩いてしまった』
「敏感肌ねえ…」
そう俺が言い切る前に、突如霧が湧き上がり、そう思う間もなく霧が晴れていた。
見回すと丘の上で、目の前には真新しい石造りの特徴的な塔のある教会が立っていた。
「聖ミカエル教会ですね」
「あれ、これ残骸になってなかったか?」
「いえ、1275年に地震で倒壊後、1320年代から再建が開始されて、1360年頃には今の形になってますよ」
「敏感肌の巨人が踏んだ後かと思ったんだがな」
「あの巨人は、たぶんですが冥界の王グウィン・アプ・ニーズだと思います」
「あんなにでかい存在なのか?」
「サイズが語られた資料は無いですが、普通の人サイズだと思います。ですが妖精王とも言われていますので、サイズくらいどうとでもなるのかも知れませんね」
「お前を助けるために、あのサイズになったのかもな…」
「…それより、あれは現実だったのでしょうか?」
「…いや…夢だろ」
俺は天を突くようにそびえる、聖ミカエル教会を見てそう言った。
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