第37話:グラストンベリー
「グラストンベリー(Glastonbury Tor)。
ここは、様々な伝説、伝承がある場所です。
丘の下にアナウン(冥界)へ続く洞窟があって。そこにはケルト冥界の王グウィン・アプ・ニーズが座していて、再生の大釜を持つとされる伝承。
妖精界へと繋がる入口のある特異点としても語られていますし、
グラストンベリーとアヴァロンが同一視されることもあって。アーサー王と結びつく伝説の地でもあります。
1191年にはアーサー王と王妃グィネヴィアの墓を発見したという話もあって、アーサーが眠る地とも…
また、グラストンベリーはキリスト教最古の地とされていて、
ジョセフ・オブ・アリマテアが聖杯をグラストンベリーに持ち込み隠したとも言われています。」
「なんだろう、神話と伝説と宗教が混然としている気がする」
トマスの説明に対して俺はそんな感想を持った。
「ペトロナさんお願いします」
「はあ、アナウンの件はちょっと省きます…」
ん?なんで?神話で良いんじゃないの?
「妖精界へ繋がる特異点は…まあ、確かにあります」
「まあ、いろんなところにありそうだものね…」
「グラストンベリーとアヴァロンが同一視というのは…ティートンさん」
「違うわ、人間が霧を見て勝手にそう思っているだけよ」
ペトロナさんが頷く、当人に話させるのが一番だもんね。
「アーサー王は、アヴァロンにいます。
1191年にアーサー王と王妃グィネヴィアの墓を発見という件ですが、グラストンベリー修道院からでた話です。
1184年にグラストンベリー修道院が大火で焼失したため、再建資金を集めるための謳い文句でした。
キリスト教最古の地というのは、ジャンネットさん」
「私はそのような話を聞いたことがありません。
キリストの教えはローマの教会から伝わりました。
イングランドの伝承については、私は知りません。」
「つまり、イングランドが12〜14世紀に主張し始めた起源説です」
起源説という言葉、日本人には解りやすい言葉だ…
「ジョセフ・オブ・アリマテアが聖杯をもってブリテン島に来た話は、以前バシリアから聞いたな」
「はい、ただ聖杯がこの地に隠されたかどうかまでは知りません」
「大山鳴動して鼠一匹みたいな話だな」
こんな話をしているのは、グラストンベリーに着いたということだ。
妖精の家が襲撃され、安全な場所が無くなってしまったので、いよいよ俺の尻に火が点いた。
「で、どこを探せばいいんだ?」
「グラストンベリーは霧です、霧を追い求めて下さい!」
「…………」
トマスの言葉に、俺を含めみんなが黙る。
「トマス。周りを見ろ」
トマスは胸を張って言ったが、周囲はすでに霧で真っ白だった。
「グラストンベリーは湿地帯に囲まれていて、霧が発生しやすい場所です。
その自然現象がアヴァロンと結びついたくらいですから」
「…も、もっと深い霧を探しましょう」
「そ、そうですね…妖精の国に迷い込むとか霧が入口になりやすいです……たぶん」
ペトロナさんが、トマスを擁護しようとしたが、途中で考え込んでしまったのか、目が左右上下に動いている。
「わかった、ペトロナさん探します。きっとありますよ、うん」
「すみません」
「霧は九姉妹のテリトリーになりやすい。黒犬の件もある、みんなは妖精の家で待機しててくれ。案内に一人だけついてきてくれ」
***
霧で逸れないように手を繋いで進む。霧はどんどん濃密になりプリンリモン(Plynlimon)の時を思い出す。あのときはティートンが遭難しかかってヒヤヒヤしたものだ。
その時の経験から、空気の層を作って濡れないようにしている。
「ずいぶん歩いた気がするが…代わり映えしないな」
「そうですね…今日は横抱きして頂けないのですか?」
そう、今日はお姫様抱っこしていない。
「楽しみにしていたんですよ」
「すまない。許してくれ…ってか、なんでお前なんだよ!」
だって、トマスなんだもん。
「何やらみなさんでジャンケンしてたんで、合間からチョキ出したら勝ってました」
みんなにジャンケンを教えるんじゃなかった…
「いやーみなさん、まるで世界が終わったかのような顔してましたよ。悪いことしたかな」
「そうだな…妖精の家の中が目に浮かぶよ」
つと会話が途切れるとトマスが話しかけてきた。
「天使さんはなんで、そんなにお美しいのに乱暴な男言葉を使われるのですか?」
俺はトマスの顔を伺った。単に不思議だから聞いた。そんな感じだった。
「俺の姿は罪による罰らしい…」
「呪いのたぐいですか?
では、元の姿は?」
「…っつ」
思い出そうとすると、頭に痛みが走る。名前と同じ…霞がかかったように思い出せない。
「思い出せない…
名前と一緒だ」
「名前もなのですか?」
「…そうだ」
「天使さんに呪いとか、余程強い呪いなのですね」
俺は何も返せなかった…
「それより、お前は俺たちに付き合ってていいのか?いっぱしの騎士になりたいんじゃないのか?」
「今は武者修行と考えています」
(あるのかイングランドに武者修行?)
「ないですよイングランドに武者修行」
「うぉ?」
「お前も人の心が読めるのか…」
「いえ、ティートン様がこのタイミングで言えと…驚くからって」
「あいつ!」
「騎士は階級制度の中で修行しますからね。実戦経験はフランスとの戦争です。
私は、この武者修行で見聞きしたものを晩年にでも本に纏められたらいいなって思ってます」
「ずいぶん、先の長い話だな。生き残れよ」
「はい、どんな道を進んでも書き上げて見せます」
「ああ、俺も生きてたら読ませてもらうよ」
そんな話をしていると、より濃密な霧となりトマスの顔さえ見えない。
「トマス、気をつけろよ…」
心配して声を掛けるが、返事は返ってこない。繋いだ手もいつの間にか空を掴んでいた。
「トマス!」
(………)
いくらなんでも様子がおかしいことに気づくと、霧が少し晴れたようで、霧の向こうに島のような影が浮かび上がっているのに気づいた。
「目印になるなら奴も向かうだろう…」
と、島に向かって進むことにする。
「トマース!どこだー」
人海戦術も考えたが、妖精の家に入れなかった。
今が、夢や異世界の可能性もある。覚醒しているし、意識も途切れていない。それでも引きずり込まれた…
「そう考えるべきか…
また、吹き飛ばすか?」
いや、近くにトマスがいる場合を考えるとそうもいかない。
島に見えたのは丘だった。丘の上まで登ったが何もない。いや、何者かが石造りの建築物を踏み潰したような残骸はあった。崩れて間もない、白く輝く石造りの……教会の残骸だ。
「巨大な何かでもいるのか?」
登った丘の反対側へ進むと、大きな影があり影から声が聞こえる。風のせいだとは思うが亡者が助けを呼ぶような不気味な声。
「…君子危うきに近寄らず」
俺は、影から離れることにする。
(嫌だよ一人で暗い所なんて)
だが、どうやら影は俺を見逃してはくれないようだ。追いかけるように広がり、有無を言わせず暗闇の底に落とされてしまった。
これは、俺を待っていた、若しくは俺を呼んだという事だろう。
「いいぜ、相手になるさ」
どの位落ちただろうか。俺は暗闇に《ヴォイド・エコー》虚空の反響の魔法を全周囲に放つ。
風の魔法の派生で、人間には聞こえないほど高速で空気を細かく振動させ、それを全周囲に飛ばし。自身には皮膚感覚を研ぎ澄ませた空気の膜を張って、物体で反射して戻ってきた微かな振動を肌で感じとる。
いわゆる、風魔法で代用したミリ波レーダーだ。
まあ、この夢だか、現実だかわからない状況で有効かどうかは解らないが…
そう思ったら……下にゴツゴツとした岩場のような、硬く鋭い反射を感じた。それも、かなりの速度で迫っている。
俺は、自身の質量を軽減し下に向かって風魔法を放ち衝撃を緩和する。
周りを見渡すが暗くて良くは見えないが、ヴォイド・エコーのお陰で地形はわかる……
「《ライト》」
普通に明るくすれば済む話だった。
光に照らされた世界は、切り立った岩と、黒い地面…地面というか岩だな。そこにマグマの流れのような灼熱のひび割れが走っている。
熱と冷気が同時に漂う、死と再生の境界のような空間だった。
広さは相当なものだ。壁まで魔法の光が届いていない。
中央に巨大な二本の柱がみえる。
上を見上げると、遥か彼方にぼんやりした光が微かに見える。どうやらあそこから落とされたらしい。
「困ったな…」
夢か現実かも分からないのがなにより怖い。バシリアでもいれば頬を引っ張って確かめるんだが…
これは、一つ目の波。試しなのだろうか?
「天使さーん、天使さーん」
(ん)
遥か上、落下した中腹位から声が微かに聞こえる。
「助けて下さい―」
「トマス?」
途中で何かに引っかかって助かったようだ。良かった。
しかし、あいつ目が良いな…ああ、魔法の光のせいか。
「今助けて…」(やるぞ)と思ったが、中腹まで結構な高さだ。
うーん、スカイツリー位?とすると武蔵の語呂合わせ634メートルはありそうだな…
飛ばなくても、跳んでなんとかなるとは思うが…
降りるときはお姫様抱っこかい?
非常事態だ、仕方ない。
質量軽減、筋力増大、足元の摩擦係数を上げ、足元に空気を圧縮。
膝を曲げて、思いっきりジャンプ。足元の空気も解放。ロケットのような勢いで上昇する。途中で二本の柱を交互に足場にしてジャンプ。二本の柱は途中で一本になっていたが、大柱の途切れるあたりで、半分の太さの柱が上からつり下がっていたので、それを利用する。
なんとかトマスが引っ掛かっている高さまで登ると、横に橋のように伸びた先にトマスがいた。
「大丈夫か?」
「天使さん!危ない!」
「え!」
俺が橋を渡ってトマスに近づくと、頭上から20階建てのビルに相当する岩が降ってきた。
ヤバイ逃げ道がない!
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