65・ロケットダイブ
目を閉じて横を向く、意識していないつもりの芝居が下手くそな真弓の左頬に唇を近付ける。
これ、さりげなく唇にキスしちゃっても気付かれないんじゃない?
ワンチャンイケそう、なんてマジで考えてしまう。
でもな…やっぱり初めてのキスはちゃんとさ…
そんな不意打ちみたいなのじゃなくて、今からキスをするって互いに分かってる状態でしたいよな…
それが俺のファーストキスになるんだし。
俺は真弓の顎先から左頬をスルッと撫でるように手を当て、指先で真弓の耳たぶに触れた。
その行動に深い意味など無く、自分としては真弓のほっぺに唇を運びやすく位置を定める意味で手を添えた程度のもののつもりだった。
「ッ…手の動かし方がいちいちエロい!
さっさと済ませろ!」
「エロいの?どこがどうエロかった?」
何がどうエロかったのか分からないけれど、目を閉じたままの真弓の頬骨の高い所と耳が赤く染まったのが分かった。
目を閉じているから尚更感覚が鋭くなって、触れられる事に敏感になっているのかも知れない。
俺にほっぺた撫でられただけで、こんな反応見せてくれるんだ…何だかゾクッとする。
「いっ、いいから早くやれ!」
この、可愛い可愛い真弓を今すぐ押し倒して、ギュッと正面から胸に抱きつきたい…。
俺は真弓が目を閉じてるのを良い事に、真弓の顔に自分の顔を思い切り近付けてまじまじと真弓の顔を見つめた。
真弓の閉じた瞼と、意外と長めの灰色混じりの金のまつ毛。
高い鼻筋や、頬から顎にかけて生えている境い目が曖昧なうぶ毛とヒゲ。
髪の生え際も緩くウェーブのかかる金髪も何もかも。
何度見ても毎回思わずには居られない。
真弓の全てが可愛くてキレイでカッコ良くて、とても愛おしい。
俺は真弓の頬と唇の間に、チュッと吸い付くように唇を押し付けた。
ビクッと一瞬だけ真弓の身体が強張ったのが分かった。
真弓に唇で触れた状態のこのまま、時間が止まったらいいのに━━
そう考えたりもしたけど、俺はそっと真弓から顔を離した。
だって時を止めるんなら、こんな程度じゃ絶対に物足りないじゃん。
「………………済んだか?」
真弓が恐る恐るといった雰囲気で、確認するようにゆっくりと片目だけ開けた。
「それ、俺に向けてウインクしてんの?
もっとキスしてもいいぜ!って事?」
「ち、違うわ!」
真弓の前にペタンと尻をついて座った俺が、キョトンとした表情で顔を傾けると真弓は焦ったように全力で否定し、眉間にシワを寄せてギュッと目をつむり、片手で口全体を覆い隠して苦悩するような顔をした。
「………ぅーん…」
「どうしたの?」
深く考え込むように小さな唸り声がする。
真弓の前に尻をついて座ったまま、ボク無知な子どもだよ的なあざとい顔で苦悩する真弓の顔を覗き込む。
「…いや…誕生日を迎えた途端に急に大人びたと言うか…大胆になったと言うか…なのに、今のお前は前と変わらない普段のお前で……」
そりゃ、真弓に警戒されないように子どもらしさを演じてるからだよね。
成長の過程でもあるから、ビンッてなっちゃったり真弓に欲情している事全てを隠す事は出来ないけど、それでも俺が真弓を欲しくて欲しくて、何かめちゃくちゃ色んな事シたいって考えてるって事は今は隠すよ。
警戒されて防御壁を作られたら困るもの。
「大人びて感じるのは多分、俺がスパロウ令嬢に嫉妬したからだよ。
あんな綺麗な大人が恋敵だと知って、いつもみたいなガキッぽい俺でいるのに何か抵抗あるから。」
真弓をどうにかしたいって本音を隠すためにスパロウ令嬢に嫉妬してる話を出して誤魔化したけど、いや、これも結局は本音じゃん。
真弓は否定しているけど、スパロウ令嬢は間違いなく俺の恋敵だ。
真弓は今、俺に対して「勘違いさせるような真似をして悪かった」みたいに思っているみたいだけれど、スパロウ令嬢が真弓を好きなのが本当だと知ったら真弓はどうするんだろうと怖くて仕方がない。
━━悪いが、こうなっちまったから、ランとはもう会えないわ━━
と、ピッタリくっついて「俺たち付き合う事になりました」報告されるんじゃないかと………
そんな不安を頭によぎらせたせいか、いかにもあざとく子どもらしい表情を作っていたはずの俺の表情が、一瞬スン…と真顔になってしまった。
「ラン前も言ったが、こう見えて俺は一途だからな。
お前が俺の恋人で居る限りは他の誰かに目移りなんかしたりしねぇよ。」
あからさまな程に不安そうな顔をしているように見えたのだろう、真弓は俺の頭をワシャワシャと撫で回し、そのまま俺の頭を真弓の胸の方にグイッと寄せた。
数秒だけ真弓の胸に顔を押し付けさせられた俺は、ダイレクトに耳に入る真弓の鼓動を聞いて━━
頬の下でシャツ越しにツンと尖る小さな粒の存在に気付き━━
カァッと身体が熱くなり、一瞬でバクバクバクと心臓がけたたましい程に激しく鳴り出して、真弓が欲しくて堪らなくなって…そんな気持ちに無理矢理ブレーキをかけたら、くらっと目眩がしそうになった。
「お前、アイツの事を気にし過ぎだ。
俺はランとの毎日が楽しいし、それを今やめたくはない………ん?」
真弓はすぐに俺の身体を離して俺の表情を見た。
俺は風呂でのぼせたみたいに真っ赤な顔になっており、熱を帯びた頭を不安定にグラングランさせた。
「お、おい、大丈夫か?ラン。」
「だぁい…大丈夫ぅ…大丈夫ぅ…」
大丈夫じゃないかも知れない。
興奮し過ぎたのかも。
真弓を好きっ、愛してるって純粋な俺の気持ちは前と変わらない。
なんだけど、具体的に何をどうしたいかも全然分からないのに、真弓に何かいっぱい色々とめちゃくちゃな事をしたいって、やらしい気持ちが前より強くなっている気がする。
コレが大人に近づくって事なのかな…。
オトナやべー。
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のぼせて熱に浮かされたみたいな状態になったランは、あの後そのまま強引に布団に寝かせた。
布団に入ってからもしばらくはハイな状態で「ふへへ」とか気味の悪い笑い方をしていたが、俺が添い寝して布団の上からバシバシと強めにランの身体を叩いていたら、やがて睡ってしまったようだ。
それにしてもアイツ…毎回、高熱が出るとハイになるよな。
「やれやれ…」
俺は眠ったランから離れて寝室を出ると、あくびをしながら台所に行き、蛇口を捻ってコップになみなみと水を注いだ。
乾いた口の中と喉を潤すように、俺はコップいっぱいのぬるい水をゴクッゴクッと音を立て一気に飲み干した。
空になったコップを流しに置き、シンクの縁を掴んだ俺は腰を落として、その場にしゃがみ込んだ。
「あー…マジか…」
この歳になって、自分の感情がコントロール出来ない事に驚いた。
俺は…どちらかと言えば感情の起伏が少ない方で、怒りや悲しみといった負の感情も、喜びも、そう大きく感情を動かす事は無いし、それを表に出す事だってそうは無い。
ランに対しても━━
いつも通りに接し、いつも通りの俺でいたつもりだった。
だが、こんな事あるか?
親子ほど歳の離れた小学生の言動が原因で、こんなにも感情に波風立てられるなんてよ。
しかもその時の俺の考え方が、完全に受け入れる側目線なんだよ…。
「アイツ…唇のすげー近くにキスしやがって…」
流しの前でしゃがみ込んだまま、両手で顔面を覆って大きな溜め息を吐く。
あの時ほんの一瞬、本当に一瞬だけ
このままキスされても、ま、いっかなんて思ってしまった。
昨日勘違いをさせた申し訳無さや、誕生日プレゼントだからなんて言い訳を頭の隅に置きながら、コイツになら奪われてもいいと…一瞬そう思った。
「奪われるって何だよ…処女かよ…。」
ランの指先が頬を撫で耳に触れ、唇が頬の下の方に当てられた時、心臓がドンッと跳ねた。
何だったら、さっきのが今までの人生で一番ドキドキしたキスだった。
これは本当に俺自身の素の感情なのか?
ランに感化され、引っ張られているだけなんじゃないのか?
ランに向けた俺の気持ちの全てが、本当に俺自身の素直な気持ちなんだとしたら………
「ランが俺から離れたいと言う日が来たら…
俺は初めて本当の失恋をするのかも知れないな。」
・
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「ん…もぉ朝ぁ?今何時…」
部屋の中が明るくなり左側を向いて寝ていた俺はうっすらと目を開けると、寝ぼけまなこのままで枕元に置いた自分のスマホを手にした。
スマホの時計を見ると5時半、布団から出るにはまだ早い時間だ。
昨夜、真弓の胸に顔を押し付けたせいで全身がカァッと熱くなった俺は、酔っ払ったみたいになってヘロヘロになってしまい、心配した真弓によって強制的に寝させられたのだが…早寝過ぎて早起きしてしまった。
「真弓が添い寝してくれて嬉しかったからいいんだけどね。
つか、馬鹿力でバシバシ叩き過ぎだって。めちゃ痛かったし。」
文句のような言い方をするけど文句ではない。
真弓がああゆー大袈裟な行動をする時は、だいたい真弓が自分の感情を隠したい時だ。
真弓も、頬にキスされたり胸に抱き着かせたり、俺にされた事も自分が俺にした事も、処理仕切れなくて内心色々とテンパっていたんだろうな。
平常を演じてるつもりで、全く隠しきれてないどころか、むしろバレバレになってしまっている所が物凄く…好き過ぎる。
「真弓って、自分では分かってないけど、すぐ顔や態度に出るんだよな…ソコがまた最高なんだって。」
ククッと笑って右側に寝返りを打った俺は、心臓が止まりそうになった。
真弓が…俺の横で寝ている。
しかもこちら側を向いた状態で。
いや、いやいや!一緒に寝てるワケだし横で寝てるの普通じゃん!?
だって布団ひとつしかないんだもん!
一昨日の朝は、俺が起きたら真弓は先に起きちゃっていて、朝ごはんを作っていた。
昨日も先に起きていて…それに昨日の朝はぎくしゃくしていたから、朝は真弓の顔をまともに見れなかった。
今朝は真弓より早く起きたから真弓の寝顔を見れたんだ……
朝日の中で見る真弓の寝顔…なんッ…て…
なんてキレイなんだっ…!!
うわ、うわ、長めのまつ毛も、色が薄くて細いうぶ毛も無精ひげもなんか光が透過して半透明みたいになってキラキラで…で、そんなキラキラなトコにある真弓の唇がぁあ!
ハラリと下りた髪の毛が真弓の唇に掛かって…
ハァ…エッチぃ…………
俺は真弓を起こさないようにとドキドキしながら唇に掛かる真弓の髪をそっと摘んで、耳の裏に掛けるように移動させた。
「…ン…んー……」
真弓が小さく唸るような声を出し、起こしたのかと俺の心臓がバクン!と跳ね上がる。
真弓は眠ったままだった。
小さく唸りながら全身にグゥッと力を入れて身体を縮めるようにしてからクタァと脱力して身体を伸ばす。
そして再びイビキ混じりの寝息を立て始めた。
「……寝ている猫みたい……」
ああもう…可愛い…真弓が可愛い…
もう、馬鹿じゃないの?って位に真弓が可愛いしか頭に浮かばない。
もう絶対、絶対に誰にも渡さない。
もう一生、俺だけの真弓でいてもらう。
キスだって、もう俺以外の誰かとするの許さない。
真弓に触れていいのは俺だけなんだから!
真弓とのキスだって、抱き締め合うのだって、もう俺とだけ!
その先のコトだって俺だけが真弓と!
その先って…?分からない…分からないけど…
なんかきっと、すごくエッチなコト。
「ッッッ…!!!トイレ!!!」
早朝から生理現象プラスアルファで、立派にロケット発射寸前になってしまった俺は、慌ててトイレに駆け込んだ。




