第60話 キーン、襲撃を受ける。
ダレン王国で、サルダナへの侵攻がとん挫したことの原因を探ったところ、当初は圧倒的な破壊力と防御力を兼ね備えたサルダナ軍の光り輝く騎兵隊の突撃が原因であるとの結論を得ていたが、では光の騎兵隊が何だったのかという疑問が残ったままだった。その後サルダナでは珍しく新たに永代貴族が生れたという情報がサルダナの王都セントラムに放っていた諜者からもたらされた。
さらにその諜者より追加情報がもたらされ、恐れていたとおり大賢者アービスの再来とも言うべき大魔術師がサルダナに現れたということが判明した。しかもその魔術師はあの大賢者の養子だという。
ただその魔術師はまだ成人前の子どものため、いろいろな意味で扱いやすいが、逆にいえば、さらに成長すれば大賢者を凌駕する危険がある。現にあの光の騎兵隊では、それまで不可能と言われていた他者への強化と生物への強化が行われていた。
ダレン軍内の魔術師に確認したところ、国内の魔術師では誰もそういった強化はできないと断言していた。それほどの魔術がたった一人の小僧によって100騎に及ぶ人馬にかけられたわけだ。
あの『サルダナの悪魔』アイヴィーがその魔術師に従っているというが、現在は分かれて住んでいるようなのでつけいるスキは十分にあるはずだ。
結論として、ダレン王国では第3王子の復仇と禍根を断つため、複数の暗殺者をサルダナの王都セントラムに放った。
こちらはサルダナの王都セントラム郊外にある軍学校の寮内。
週が開ければ期末試験が始まるので、キーンはトーマスに言われた寮での勉強というものをどういったふうに進めていけばいいか考えていた。いちおうノートだけは寮に持ち帰っているので、一つ取り出して中身を見たところ、内容については問題ない上、中身は全て覚えている。結局、何をどうしていいのか分からなくなってしまった。
期末試験のための勉強方法として教科書を読み返すことは有益かもしれないが、そもそもキーンは先生の話を熱心に聞き黒板の板書はノートに取っているものの、教科書の中身は見ているだけで読んではいないので読み返すのではなく初めて読むことになる。ましてキーンは、教室の後ろの自分のロッカー内に全ての教科書を入れっぱなしで、寮に持ち帰ったことなど一度もない。従って今も手元に教科書は一冊もない。
試験範囲が授業中の教師の話を外れて教科書から出題され、それが単純な暗記問題だった場合、キーンは何もできないことになるのだが、そこまで考えが至っていないため、結局その日も安心していつも通りぼんやりして過ごしてしまった。
毎日そんな感じで、試験勉強的なことは何もしないまま週末となり、アイヴィーの待つ自宅へ帰ろうと寮を出たキーン。
走る必要はないが、少し速めに歩こうと思ったキーンは強化1倍を自分にかけて、見た目は歩いているのだが駆け足程度の速さで軍学校の正門を出て自宅に向かっていた。
夕方で人通りの途絶えた道をしばらくそうして歩いていたら、不自然に自分の後をついてくる者がいることに気づいた。
振り返ることなく歩く速さを少し落としてみると、相手がキーンに近づいてくる。そのまま通り過ぎてくれればそれまでだが、用心するに越したことはないと思い、強化10倍をさらに自分にかけ、歩くのを止めその場に留まり後ろを振り向いた。
キーンに近寄って来ていたのは無表情の痩せた男で、右手を懐に入れて今にもキーンに跳びかかろうとしているところだった。
傍から見ると6色の光に包まれたキーンの体がさらに光り輝き、異様な状態になったため男が一瞬だけためらいを見せたようだ。しかしそのまま男は懐から抜き身のナイフを取り出しキーンに斬りつけてきた。
今現在10倍強化中のキーンからすると、男がゆっくりと懐からナイフを取り出し自分に向かってくる。キーンは特に何も考えることなく横に移動して男の初撃を躱した。
初撃を躱された襲撃者は2撃、3撃とナイフをキーンに向けて突き出すがことごとくキーンに躱される。
キーンは相手の攻撃を難なく躱しながら、どうやって反撃しようかと考えていた。直接的攻撃魔術では相手を即死させる可能性が高い。強化同様魔力を0.1とかに弱めた攻撃魔術を使えばよかったのだろうが、結局キーンはアタックミニオンを放った。
『アタックミニオン!』
いきなり襲撃者の前に現れたうっすら赤色の球体が電撃を放った。その一撃を受けた襲撃者は、その場で手にしたナイフをとり落としたものの何とか耐えたが、キーンへの襲撃は諦め逃走に移った。
例え訓練した者が走ろうと空中を移動するミニオンのスピードにはかなわないので、男は数メートル後ろに移動したところで、ミニオンからの電撃を2発ほど受けその場に倒れて動かなくなった。
キーンはアタックミニオンをすぐに消し、代わりに黄色の球体、ガードミニオンを倒れた男の上に浮かべておいた。
ガードミニオンはその位置に近づくものがあれば最初威嚇の電撃を放ち、さらに接近するものがあれば初めて攻撃を開始する。移動能力を持つアタックミニオンと異なり移動能力を持たない分寿命が長く攻撃力、防御力どちらも高い。しかも今回キーンが作ったガードミニオンは通常の10倍の魔力を込めているので浮かんでいるだけなら1カ月は存在し続ける。
先ほどのアタックミニオンの電撃で襲撃してきた男が死んでしまった可能性もあるが、キーンはその男をガードミニオンに任せ、男を捕縛してもらうため、軍学校に向けて駆け戻っていった。
軍学校の正門横には警備員の詰所がある。中を覗くと3人ほど警備員がいた。少し先で男に襲われ、一応無力化して道に寝かせている、と彼らに話をしたところ、すぐにその中の40代くらいと20代くらいの二人の警備員がキーンと連れだって現場に急いでくれた。
現場に戻ってみると、キーンが先ほど倒した男の他にもう一人の男が先ほどの男の近くで倒れていた。必要以上にガードミニオンに近づいたようだ。風体がよく似た男だったので最初の男の仲間の可能性が高い。
キーンはガードミニオンを消し、警備員の二人と倒れた男たちに近づいていった。
最初の男は仰向けに倒れて口元から泡を吹いており、死んではいないようだ。もう一人の方はうつぶせになって倒れており、顔が見えない。警備員の一人がその男をひっくり返したところ、同じように口元から泡を吹きだして白目をむいていた。
二人の警備員は、気絶している二人を捕縛用の縄で縛り上げたうえ、近衛の兵士が常駐している街の詰所に応援を求めて若い方の警備員が駆けて行った。
15分ほど待っていたら、先ほど走っていった警備員を先頭に10名ほどの兵士が駆けてきた。
そのころには、気絶していた二人も目覚めていたので、兵士たちに引っ立てられて連れていかれた。その際凶器のナイフも兵士の手によって回収されている。状況を説明してほしいので、詰所まで一緒にくるよう言われたキーンは兵士たちについていった。
襲撃犯たちを連れた兵士たちは王都の各所に設けられている近衛の詰所の一つに入っていったので、キーンもその中に入っていった。キーンは別室に通され、今の時間の責任者に状況などを聞かれたので答えていった。
名前を聞かれたキーンは、名まえと身分を答えておいた。その際大げさになりそうなので男爵であるとは言わなかった。
「名前は、キーン・アービス。軍学校3号生徒」
「キーン・アービス? あっ! キーン・アービス男爵殿でしたか。いやー、お若いのにご苦労さまです」
キーンのことを知っていたらしい責任者がキーンの名前を聞いて急に丁寧な対応になった。キーンは先日男爵になったばかりだが、100年ほど新たには現れなかった永代貴族でもあり、王都内では有名人なのかもしれない。
「襲撃者に襲われたところを返り討ちにした。人を呼ぶため見張りとして作ったガードミニオンなる魔術生物?がアービス殿が不在時に襲撃者の仲間と思しき男を倒した。分かりました。あとは二人を尋問して裏をとっていきますから、アービス殿はこのままお帰り下さい。襲撃者について何か分かりましたら近衛から連絡いたします」
「それなら、アイヴィーという者がおりますから、僕の自宅の方に知らせてください」
「はっ! アイヴィー殿ですね。一度お会いしたかったので、わたくしの方からいずれお伺いします。ご住所の方はこちらで調べますので結構です」
簡単に詰所から解放された。
キーン自身はこれまで何者かに襲われることなど考えていなかったのだが、それなりに有名になっているし、ダレンなどから見れば目の仇のようなものなので、今後もこういったことが起こりえると気を引き締めた。一度は強化を解いていたキーンだが、襲撃があれだけで終わったと考える理由もないので、日も落ちて暗くなりかなり目立つが、強化10倍をかけて自宅に戻っていった。




