第58話 キーン・アービス永代男爵
キーンとアイヴィーは係の人に連れられて控室に戻っていった。
通常の叙爵式は、対象者が複数名たまったところで行われるそうだ。そのため爵位が授けられたものの式が数年遅れで行われる場合もあるという。キーンの場合対象者が一人だったにもかかわらず叙爵式が行われることは異例のことだ、と控室への帰り道で係の人に聞かされた。
控室に戻ると、そこにはまた別の人がいて、キーンたちに男爵位について具体的な説明を始めた。
「財務官のリストと申します。アービス殿がこのたび永代貴族になられたので、領地が王国より授けられました」
「永代貴族? 領地?」
「永代貴族は通常は『永代』をつけず貴族とただ言っています。貴族位の前になにも付けなければ永代貴族を差します。アービス殿の場合は『アービス男爵』ですな。アービス殿の義父上の場合は故『アービス名誉伯爵』となります。もちろん庶民は区別などしていませんが、正式名での敬称ではそのようなしきたりになっています。
永代貴族と名誉貴族との違いは、名誉貴族位の場合貴族位は当代限りですが、永代貴族は貴族位が当代限りでなく世襲されます。
また名誉貴族には年金が支払われますが、永代貴族の場合は年金の代わりに領地が与えられます。もちろん永代貴族の領地は世襲されます。領地での各種の税が年金代わりの永代貴族の収入になりますが、領地を経営していく必要があります。つまり領民より納められた税を使って領地を発展させ、領民の希望などにも応えなくてはなりません。
今回アービス男爵に与えられる領地は、バツーになります。税収規模からいって伯爵クラスの領地ですが、それだけ王国はアービス男爵に感謝しているということをご理解ください。
私の予想ですが、アービス男爵は亡くなられたアービス名誉伯爵のご子息でもあり、いずれ永代伯爵に陞爵されると思います。
現在、バツーは代官が治めていますので、税収などは新たに商業ギルド本部に開かれたアービス男爵のバツー口座に振り込まれ、バツーでの公的な支出などもそこから行われる形になります。現在バツーを治めている代官は信頼できる者ですので、ご安心ください。将来、アービス男爵が直接領地を治めるということもあるでしょうから、少しずつ領地経営について勉強されることをお勧めします。
こちらが男爵位の証書。こちらがバツーの領主である証書と領主印になります」
一度に説明されたのでキーンは多少混乱したが、そのうち領地を経営するという意識を持って勉強すればいいということだけ分かったので、良しとした。アイヴィーも話を聞いているので、さらに安心だ。アイヴィーの顔をチラッと見たら頷いたので大丈夫なのだろう。
「これも推測ですが、ここ100年永代貴族は王国では生まれていませんので、強国に囲まれたわが王国も外に向かって発展する時期が来たと陛下が判断されたのかもしれません。それもアービス男爵を軸にです。まあ、あくまで私の推測です。ですが、私個人だけでなく王宮内の多くの者がアービス男爵のこれからに期待しています」
ここでも期待されたキーンだが、まだ13歳。それでも少しだけやる気が出たようだ。
王宮から帰りの馬車に乗り、自宅に帰り着いたキーンとアイヴィー。ふつうなら受爵祝いで大勢の人が詰めかけてくることもあるだろうが、係累など一切持たず、特に知り合いが王都にいるわけでもないキーン邸は静かなものである。
居間でアイヴィーが淹れてくれたお茶を飲みゆっくりしていたら、玄関口に誰かきたようだ。
『ごめん下さい。商業ギルドの者です』
「少々お待ちください」
そう言ってアイヴィーが玄関の扉を開けると、大きな花束を持った商業ギルド本部のオースギルド長と、箱を抱えた秘書のブーリン女史が立っていた。
「どうぞ、居間の方に」
「「失礼します」」
来客を居間に通したところで、オースギルド長が、
「この度は、アービスさまが男爵、それも永代男爵を受爵され、まことにおめでとうございます。お祝いに、花とお祝いの品を持って参りました」
「ご丁寧にありがとうございます」「ありがとうございます」
「いえいえ、さすがは大賢者のご養子となられたキーンさま。噂ではすでに大賢者テンダロスさまを超えるほどの実力をお持ちだとか。私たち商業ギルドの者もみなが期待していましたが、こんなにもお早くご出世なさるとは。いやはや私たちの見る目が逆になかったようです。はははは」
テーブルに花束と箱を置いた二人は、座ってお茶を飲んで行ってくださいというアイヴィーの言葉を丁寧に断ってそのまま帰っていった。
「なんだか、商業ギルドの人たちはいい人たちだね」
「もちろん打算があっての行動なのでしょうが、悪い気はしませんし、私たちの味方だと宣言しているようなものですから、何かあればこちらからできることをしましょう」
「そうだね。味方は大切だものね」
「それでは、そろそろお昼にしましょうか?」
「その前にこの箱に入っている物を見てみようよ」
「そうですね」
キーンが木箱の蓋を取って中身を取り出すと、それはガラスケースに入った小型の機械式置時計だった。もちろん時計職人により一から手作業で作られたもので、出物が少なく非常に高価なものだということはキーンでさえ知っている。
「スゴイのもらっちゃったね」
「私自身は時計は不要ですから、キーンが寮に持っていきますか?」
「寮だと鐘が鳴るから必要ないよ。見た目もいいから、この居間に飾っておけばいいんじゃないかな」
「それではそうしましょう。お花はあとで大き目の花瓶に入れて玄関に置いておきます。着替えて食事にしましょう。キーンも着替えてらっしゃい」
「はーい」
着替え終わって、昼食を食べ終わったら、また玄関先に来客があった。
『ソーン侯爵家の使いの者です。この度アービスさまが男爵位を受爵なさったことをお祝いいたしまして、ソーン侯爵家よりお祝いの品を持参しました』
その人は玄関口にお祝いの品を置いてそのまま帰っていった。箱の上には立派な封筒に入ったカードが置かれており、開けてみると、かたどおりの祝意が書かれていた。カードの隅に『キーン、おめでとう。クリス』と走り書きされていた。
箱の中から現れたのは銀製のライオンの置物だった。どこかで見たライオンだと思ったら、ソーン侯爵家の門柱の上に飾ってあったライオンと同じだった。
「ソーン侯爵家については私の方から礼状とお返しを用意しますから大丈夫です。ソーン侯爵がどういった方かは存じませんが、キーンのことは自分の一派と認識しているようですね。まあ、悪いことではないでしょう」
「一派?」
「貴族はそれぞれ派閥を作って、官職などを派閥内で融通したり、空いた官職や利権などを他の派閥と取り合っているのです」
「ふーん。でも僕には関係ないよね」
「今のキーンにはあまり関係はありませんが将来どうなるか分かりません。私の方でその辺りは調べておきます」
「頼んだよ」
「はい」




