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信じること

「おい、お前は、俺がアンジェリカ嬢と結婚、等と言うあり得ん妄想で、みっともなく泣きわめいていたのか?」


 う。あまつさえ、DV(肩たたき)までしてしまいました。


「……ほ、本当に違うの? だって、本人が……」


 あんまり旦那様が怖い顔をするので、驚きと共に涙が引っ込んだ俺は、答えながらアンジェリカを振り向く。

 アンジェリカの隣には父親、ジミー・ルメトール男爵がいて、何かを話している。


「ジミー! アンジェリカ嬢に確認をさせろ」

「クリフォード、いやー、申し訳ない。どうも、うちの娘が、可愛いお嫁さんを泣かせたみたいで。すまんな」


 旦那様が声をかけると、ジミーさんがアンジェリカの肩を組んで軽い調子で言いながら近づいてきた。

 軽っ。さっきもフランクだなーって思ったけど、めっちゃ軽い人だな。


「アンジェリカ嬢、俺の妻に、おかしなことを言わないでもらいたい」

「お、おかしなことなんて言ってません。結婚の約束をしていることを、お教えしただけですわ」

「は? おい、ジミー」

「うーん。アンジェリカ、嘘はいけないね」

「嘘なんてついてません! お父様もその場にいたではないですか! ほら、2年前にお会いしたとき、私が34回目のプロポーズをしたときに!」


 アンジェリカの主張に、ジミーさんは眉をしかめて、そっとアンジェリカの肩から腕を離して旦那様に顔を寄せた。


「……覚えてる?」

「……確か、面倒になって、その内な、と答えたような」


 小声でやり取りを交わしてアンジェリカには聞こえてないみたいだけど、旦那様は私のすぐ隣にいるのでえ聞こえた。

 と言うか、34回目のプロポーズって。しすぎでしょ。どんだけ旦那様のこと好きだったの。2年前って6歳か。そんで面倒だからって肯定する方向で相槌うたないでよ!

 実態聞いたらなーんだでも、どれだけ俺がびっくりして傷ついてショックだったと思ってるのさ!


「あー、と。アンジェリカ嬢、滞在中の度重なるプロポーズに辟易したとはいえ、いい加減なことを言って希望を持たせたことは、申し訳ない。だが私は君と婚姻するつもりはない」


 ジミーさんと目配せした旦那様は、一歩俺から離れてアンジェリカ嬢へ近寄ると、珍しく素直に申し訳なさそうな顔でそう言った。

 アンジェリカは、流れでうすうすわかっていただろうに、それでも涙目になって歯をくいしばった。


「こ、この際、シャーリー様の次でも構いません! 第二夫人にしてください!」

「そもそも、これはジミーが教えることなのだが、君は一人娘だ。跡取りの婿をもらわねばならない。それが君の貴族としての務めだ。今後、私以外の誰を思うとして、相手が貴族の嫡男であれば、その時点で許されない思いになる」

「そん、な……」

「クリフォード、そこまで言わなくても、普通に振ってくれればいいんだよ。親の仕事を奪うんじゃない」


 ついに泣き出すアンジェリカに、ジミーさんが苦情をいれると、旦那様はアンジェリカからまた一歩離れて俺の隣に来て眉を寄せた。


「ふん。だったら、人に迷惑をかけるまえにお前が教育しておくことだ」

「ああ、そうだね。今回はこれで失礼するよ。シャーリー夫人、失礼したね。次回は、じっくり話そう」


 そうして、ジミーさんとアンジェリカは帰って行った。


「……疲れた」


 とりあえず、涙で化粧とかもとれて変になったし、お風呂にはいることにした。









「シャーリー、そこに座れ」

「うわ、旦那様……なんでいるの?」


 お風呂に入ったとは言え、まだ普通に夕方より前だし、普通に仕事してると思ったのに。

 はあ、今旦那様と顔を会わせにくいんだよね。本当に、恥ずかしい。子供相手に号泣してしまうなんて。しかも人前で。ちゃんとしろって、勉強して、完璧だって自負してたのに。


「なんでじゃない。お前が、あんな態度だから、今日の予定を切り上げたんだろうが」

「う。そ、それは、申し訳ない、けど」

「別に、お前の無様さを蒸し返すつもりはない。落ち着け、おれはただ……少し、話そうかと思っただけだ」


 座れ、と再度指示されて、俺はそっと遠慮がちに旦那様の隣に座る。ぐいっと腰に手を回して引き寄せられた。

 ぐ、ぐ。ど、どきどきするなぁもう。悟られないよう、顔をそらす。


そんな俺に、旦那様は静かな声を出す。


「悪かったな。去年は普通だったから、てっきりもう俺のことは飽きたのだと思っていた。お前にあんなことを言うとわかっていれば、会わせたりしなかった」

「……」


 それは、確かに、そうかも知れない。少なくとも今、旦那様が俺のこと大好きって言うのは、疑ってない。将来はわからなくても、今は、大事にされてるし、思われてる。そう信じてる。


「だが、俺が浮気者とは、言い過ぎだろう。あんな少女に、俺が本気で何かを言うと思ったのか?」

「だって……それは、旦那様、俺が子供の時から、目をつけてたわけだし」

「馬鹿か。お前だからだ」

「っ……ご、ごめん」


 胸が熱くなって、声が震えた。でも、嬉しいけど、それでも、アンジェリカの言葉が頭から離れない。第二夫人でもいいからって、そんなに思ってるなんて。旦那様は、確かに格好いいし、今後もそういう人が現れないとも限らない。

 そうなったら、子供じゃなかったら、俺以外の人もお嫁さんにしないとは限らないじゃないか。


「でも、実際、旦那様、貴族だし、第二夫人とか、あり得るでしょ? それ、考えたら……俺、その、旦那様が、俺のこと一番だって思ってくれたとして、それは嬉しいけど、でも、それだけじゃ、嫌だ。俺は、旦那様のただ一人がいい」


 最初は無理矢理だったし、早く次のお嫁さんもらえばいいのにって思ってた。でも今は、嫌だ。旦那様はもう俺の好きな人だから、俺だけを見てほしい。


「……そう、嫉妬するな。安く見られるぞ」

「っ、するよ! 嫉妬するよっ、だって、俺は!」

「暴れるな。俺を信じろ」

「信じられないよ!」


 思わず怒鳴ってしまってから、はっとした。これ、俺も同じだ。

 俺も、旦那様が嫉妬してきてるのは、心狭い旦那様が俺を信頼してなくて、愛が足りないからだって、思ってた。


 だと言うのに、俺は自分を棚にあげて、今度は旦那様が悪いと手をあげたんだ。何てことをしてしまったんだろう。自己中にもほどがある。

 自分ことしか考えてない。こんなので、本当に愛してると言えるのか。俺こそ、自分を愛しているだけで、全然旦那様を愛していないじゃないか。


「ご、ごめんなさい。俺、こんなこと、言う資格、ないよね」

「何を言っている。俺こそ、悪かったな。軽々しく、信じろと言ったのは、軽率だった」


 旦那様は俺をぎゅっと抱き寄せて、俺を膝にのせてまわし、額がくっつきそうな至近距離で見つめあい、神妙な顔でそう言った。

 ぐっと、胸の奥が持ち上げられるような、圧迫される気持ちになって、言葉が出ない。旦那様の瞳を見つめ返すと、熱い、熱い感情をそのまま射出されるみたいに強い感情を感じて、目がそらせなくなる。


「俺を信じろと言うなら、まず、俺が信じられるよう、振る舞うことから行うべきだったな」

「……」

「シャーリー、俺は、お前しかいない。お前しか見ていないし、見えないんだ。俺にとって、愛する対象そのものが、お前という存在しかない。お前だけだ。お前だけが、俺の全てだ。言葉の全てを陳腐としか言えないくらい、表現できないほど、思っている」

「だ、旦那様……私は……」

「何も言わなくていい。俺は、お前にそれを理解できるだけ示すべきだった。これが、俺にできる精一杯だ。どうだ? 少しは、伝わっているか?」


 旦那様は俺を見つめたまま、瞳の奥にまるで子供みたいに不安を揺らして、そうまっすぐに言った。俺を強く抱きしめたまま掴まれた二の腕は、痛いくらいで、強く気持ちが伝わってくる。旦那様が信じてくれって言う、そう言う思いが伝わってくる。

 あの恥ずかしがり屋の旦那様が、こんなに真剣に、照れもせずにまっすぐに、体も言葉も熱も直接伝えてきて、それで何とも思わないほど、感じないほど、俺は旦那様に無関心じゃない。


「つ、伝わって、ます」


 そう、応える。それ以外に、回答はない。旦那様のことが好きだ。だから、ずっと信じたいと思っているんだ。それを受け止めないほど、俺は、性根が腐ってない。


 私の答えに、旦那様はにっと口の端をあげる。


「そうか。なら、少しは信じろ。他の人間を娶る気はない」

「うん……私、旦那様のこと、信じるよ」


 そう言う旦那様に、私は、そっと頷いて目を閉じた。

 言葉は大事だ。だけど今は、言葉よりもっと、直接的なもので、旦那様の強い言葉に熱くなった体を、もっと温めて忘れられないくらい刻んでほしいと思った。


 旦那様は普段は鈍いけど、こんな時に限って、ちゃんと察して、そっと私に口づけて、手をかけた。


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