7・一人の朝食が恋しいです!
(どうしてこうなったのか……)
爽やかな朝の光が差し込む屋敷の食堂で、私はぷるぷると震えながらフォークを握りしめていた。
白いクロスが敷かれた大きなテーブルの上には、この屋敷に来てから私のお気に入りとなったふかふかのパンに、コーンスープ。ドレッシングのかかったサラダ、くし型に切られたオレンジまである。
実家では私が決してお目にかかれなかった、最高の朝食だ。
数日前までならばこの幸せをありがたく享受し、クイン様への感謝を抱きながら食べていたことだろう。
(ああ、一人で食べていた数日前までが恋しい……)
私はもそもそとサラダを口へ運びながら、こっそりと視線をあげた。
私の向かいの席に座るクイン様は、穏やかな表情でティーカップを傾けている。
窓から差し込む朝日に照らされた、クイン様のホワイトシルバーの髪がやけにまぶしい。
「やはり一人きりで食べる朝食よりも、お前と共に食べる方がうまい気がするな」
(多分気のせいです、クイン様)
衝撃的かつ悪夢のような朝から数日が経った。
自室で一人食べていた至福の朝食タイムは露と消え失せた。あの日から私は毎日完璧に身だしなみを整えられ、クイン様と朝食をとることを余儀なくされていた。
クイン様から押し付けられ——否、完全なる善意によって贈りつけられた大量のドレスやら装飾品は「もったいなくて使えません!」と主張してどうにか部屋の隅に押しやったものの、共に朝食を食べることだけはどうにも回避できなかったのだ。
(相変わらずご飯はおいしいし、ふかふかのベッドだし、雨漏りもしない。実家にいた頃に比べたら、ずっと恵まれた快適環境ではあるんだけど……)
私は、あくまでお飾りの妻になるのだと思っていたのだ。
存在感を消して、お互い接触せず、愛も何もない。
クイン様がそう望むのなら、私にとってもありがたい。だから私は邪魔にならないように、自室に大人しく引きこもろうとしていた。
(お飾りの妻として放置されて、気楽にまったり引きこもる……完璧な計画だったはずなのに……!)
途中まではうまくいっていたはずだったのだ。
それなのに、なぜか突然身の丈に合わない愛を向けられて、放置どころか向こうから干渉してくるようになってしまった。
どうにもこうにも納得がいかない。
「メリッサ、ため息をついてどうした。何か悩みごとか?」
知らず知らずのうちに、私はため息をこぼしていたらしい。
クイン様が心配そうに声をかけてきて、私は慌てて首を横に振った。
「い、いいえ、何でもありません! ただあまりにも朝食がおいしくて、幸せに浸っていただけです!」
「そうか……お前も俺と同じようにおいしく……幸せを感じてくれているのか。それは嬉しいな」
クイン様は言葉通り嬉しそうに頬を染めて、噛み締めるように言う。
「ノエラから、お前は食べることが好きらしいと聞いた。お前のために腕のいい料理人を増やしてみた甲斐があったというものだ」
「まぁ……」
(私のために何してんのこの人!?)
クイン様の発言に動揺しすぎて、危うくフォークを取り落としてしまうところだった。
私はどうにか微笑みを浮かべて曖昧な相槌を返したが、我ながら顔が引きつっているような気がしなくもない。
「さて、そろそろ時間か」
やがて紅茶を飲み終えたらしいクイン様は、そう言って立ち上がった。
「あ、お見送りいたします」
どうやら出勤の頃合いらしい。
あまり進んでいなかった食事を中断して、クイン様を見送るために私も立ち上がる。
「ここでいい。お前はゆっくり食べてくれ」
ついて行こうとした私に、クイン様は静かに手で制した。
「何かほしいものや困ったことがあれば、遠慮なく屋敷の者に言いつけるといい」
「はい、ありがとうございます。行ってらっしゃいませ」
(やっと一人になれる!!)
早く一人きりでご飯を食べて、部屋に引きこもりたい。その一心でクイン様へと微笑みを向けたその時だった。
「……メリッサ」
低く心地のよい声とともに、クイン様が私の方へと手を伸ばしてきた。
「え」
大きな手が私の頬をかすめたと思ったら、耳元の髪を一筋すくい上げ、私の耳の後ろへとかけ直して離れていく。
「控えめなのは美徳だが、無理はしないように」
「……っ」
私を見つめるクイン様の視線があまりにも真剣なものだから、思わず息をのんでしまった。
今まで真っすぐに男の人に見つめられる経験などなかったためか、困惑してうまく言葉が出てこない。
「ではまた」
クイン様はそう言うと、足早に食堂を去っていった。
「はー……」
残された私は一人、つめていた息を吐き出す。
非常に緊張感のある朝食時間だった……。まったくもって心休まらない。
一人食事を再開しながら、私はぼんやりと考える。
(クイン様は……私に対して何か思い違いをしているんじゃないかしら)
クイン様は、身内にも容赦しないことで有名な『嫌われ公爵』だ。
そんな彼に親切にしてもらえるだけでなく、好意まで向けられているのは大変ありがたいことなのだろう。
けれども、私は兄や妹に比べて出来損ないのただの一般人だ。
もし私に過度な期待しているのならば、やめていただきたい。
変に期待されて勝手に落胆されるのが、一番こたえるのだから。
(……さて、とにかく朝食時間は終わったわ! クイン様もお仕事に向かわれたわけだし、ここからは私だけの時間!)




