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【連載版】「愛さない」宣言されたので喜んで引きこもりお飾り妻ライフを遂行していたら、求めていない溺愛が始まった  作者: 雨宮羽那
第1章

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1・「愛さない」宣言されました!


「メリッサ。事前に言っておこう。俺は、お前を愛すつもりはない」


 結婚初夜。

 豪奢なレースの刺繍が施された天蓋付きのベッドに正座する私へ、夫となったばかりのクイン・ハルバート公爵は端的に言い放った。

 

「お前とて、俺と結婚したことは本意ではないだろう。妻としての身分は保証するが、俺はお前に妻としての振る舞いを求めない。お前も俺に、期待しないでくれ」


 なんの感情も宿していない濃い青の瞳が、真っすぐに私を見下ろす。

 研ぎ澄まされた鋭い目元と、冷たく凍えた白銀の髪。人間離れした美貌(びぼう)をもつ彼に見据えられれば、大多数の人間は恐れおののくだろう。


 ぽかんと口を開けたまま黙り込んだ私を見て、クイン様はわずかに眉をひそめた。

 きっと彼は、私が怖がり、傷つき、心を痛めているとでも思っているのではなかろうか。

 しかし、妻になったばかりの当の私はというと——。


 (えっ、本当にいいの!? 何それ最高のご褒美すぎる!)


 ——歓喜に打ち震えていた。


 愛し合わなくていい?

 妻として振る舞わなくてもいい?

 旦那様に気を使わなくてすらいい?


 これを喜ばずして何を喜べばいいというのだろう。

 神様ありがとう。万歳三唱。感謝感激雨あられ。

 何を隠そう私は、筋金入りの引きこもりなのである。

 

 私、メリッサは、地方にあるリーディシア子爵家の生まれだ。

 リーディシア家には、私を含めて子が三人。

 貴族学院を首席で卒業した、優秀な跡取りである兄。縁談話がひっきりなしに届く、美しい妹。

 そしてその間に挟まれた、取り立てて秀でたところのないごくごく普通の一般人である私だ。

 優秀な兄と妹を持ったせいで、彼らと比べられることは日常茶飯事だった。


『お前はなぜ、兄のように気の利いた会話ができないんだ』

『もっと容姿も磨きなさい。妹と並ぶと見劣りするわ』


 父や母から注がれるのは、失望と冷ややかな蔑みの視線。

 家族のだんらんに入ろうとすれば「雰囲気が壊れるから」と許されず、社交界に出れば『リーディシアの無能な次子』とささやかれる。

 何をしても否定され、存在するだけで責められる日々。

 傷つくのに疲れ果てた私が導き出した防衛手段は、部屋に引きこもることだった。

 

 不必要な外出は避け、部屋に閉じこもって気配を消す。誰の視界にも入らないように過ごす。

 自分の世界に閉じこもって読書や一人ボードゲームに没頭している間だけが、心を休められる安らぎの時間だった。

 

 そんな私がなぜ公爵家なんぞに嫁ぐことになったのかというと、ひとえにクイン様が『嫌われ公爵』だったからにほかならない。


 王の懐刀として有名な彼は、身内だろうと容赦なく汚職や反逆を暴いてきた、貴族界隈では敬遠されている男。

 誰も、痛くもない腹を探られたくはない。

 結果として誰も彼の妻に名乗りをあげず、国内外の貴族から縁談を断られ続けたらしい。

 そうして、一地方貴族の我が家にお鉢が回ってきたのである。


 うちは取り立てて貧しくはないが、特別に裕福なわけでもない。

 縁談を受ければ公爵家から多額の支援金がもらえると聞いた途端、両親は目の色を変えて飛びついた。


 最初は、見目麗しい妹が縁談話を受けることで話がまとまっていた。けれども彼女が「嫌われ公爵の妻なんて絶対嫌!」と泣き叫んで拒否したために、代わりとして当然のように「お前がいけ」と私が差し出されることになったのだ。

 私に拒否権? そんなものあるわけがない。


 急きょ結婚が決まった私は、絶望に打ちひしがれていた。

 18年間貴族令嬢として生きていたものの、私は男性と必要以上に交流したこともない。そんな私がいきなり結婚することになるなんて誰が思うだろう。

 おまけに相手は公爵家。貴族の誰からも遠巻きにされている容赦のない『嫌われ公爵』様だ。

 きっと、明けても暮れても『公爵夫人』としてふさわしい振る舞いと完璧なマナーを求められるに違いない。失敗すれば実家のときのように、「お前は本当に無能だな」と罵られる日々がやってくる。

 またあの息が詰まるような、誰もが私を否定する地獄が始まるのだと、ガッチガチに身構えていた。

 今夜だって、貴族の妻としての責務を果たさねばと、ベッドの上で膝を震わせながら旦那様が来るのを待っていたというのに。


 それなのに、私の前にやってきた旦那様は、今なんと言った?

『妻としての身分は保証するが、俺はお前に妻としての振る舞いを求めない』?


 (つまり、私は体裁のためのお飾りの妻ってこと? 何をやっても怒られないし、無理に笑わなくてもいい。これってもしかして、旦那様公認の三食昼寝付き引きこもりライフを決行できる!? 最高!!)


 私の胸の内から湧き上がるのは、悲しみではなく言い表せないほどの歓喜である。


 (神よ、素晴らしき運命の采配(さいはい)に感謝いたします)


 私の見た目はまさに平凡そのもの。肩下の長さのハニーブロンドはふわふわしすぎて何度くしでといてもからまるし、ラベンダーの瞳はまん丸なせいでヤマネのようだと嘲笑された。

 対してクイン様は、同じ人間とは思えないほどの美青年だ。そんな彼に私と同じ空気を吸わせるなど逆に申し訳なくなってくる。

 

 (クイン様だって私と結婚なんて不本意なんだろうから、不快な妻と過ごすよりお一人の方がずっと気が楽なはずだわ! これはきっと、私たちがうまくやっていくための素敵な提案なのね!)

 

 さっきまで沈んでいた私の心は、まるで羽が生えたように軽かった。今にも天へと羽ばたいてしまいそう。

 しかし、ここで喜びをあらわにしすぎてクイン様の機嫌を損ねては元も子もない。

 私は必死で口元を引き締めると、かつてないほど神聖でしとやかな微笑みを浮かべた。

 

「かしこまりました、旦那様。すべてあなたのご意向のままに」


「……は?」

 

 クイン様が間抜けな声を漏らした。

 驚きのせいか、濃い青の瞳がわずかに丸くなっている。

 先ほどの私に代わり、今度はクイン様がぽかんとしているようだった。


「泣かない、のか……? 怒るなり、実家に訴えるなりしてもいいんだぞ……?」


「滅相もない! 妻として、クイン様からの言いつけを粉骨砕身、この命に代えても完璧に遂行してみせます!」


「い、いや、命に代えるほどの任務では……」


 なぜかクイン様は狼狽えているようだ。

 が、こちらとしては知ったことではない。

 せっかく手に入れた大義名分。失うわけにはいかないのだから。

 これは貞淑(ていしゅく)なる彼の妻として、守らねばならない最重要事項である。


「いいえ! たった今この瞬間から、わたくしめのことは空気と思ってくださいませ! 気配を消すのは得意なんです! どうぞ、心置きなく無視してください!」


 私はベッドから飛び降りると、クイン様の手を両手でぎゅうと握りしめた。

 きらきらとしたリスペクトの眼差しで、頭一つ分は背の高い彼を見上げる。

 この人は、なんて話のわかる心の広い旦那様なのだろう。

 たった一夜にして、入ったばかりの人生の墓場から私を解放してくれたのだ。感謝のあまり、彼を拝み倒したい気分である。


「あ、ああ……。お前が受け入れてくれるのなら、助かる……?」


 そう言うクイン様の頬が、耳にかけてほんのりと赤いのは気のせいだろうか。

 世間的には『嫌われ公爵』で敬遠されているクイン様だが、顔の造りは大層美しい。美形の困り顔は目の保養である。

 けれど、私は空気なのだ。空気がこれ以上の自己主張をするわけにはいかない。早々に退散しなくてはなるまい。


「では、私は客室を使わせていただきますね! おやすみなさいませ、旦那様! よい夢を!」


 私は満面の笑みで一礼すると、軽い足取りで寝室を後にした。

 こうして、私の完璧な『引きこもりお飾り妻計画』が幕を開けたのである。

 クイン様の視界に入らないこと。それこそが、私にできる最大限の心配(こころくば)り。恩返しなのだ。

 

 そう。この時の私は、本気で信じて疑っていなかったのである。



 

今日は6話まで更新します´`*

2話以降は夕方から夜にかけて投稿予定です。



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よろしくお願いしますm(_ _)m

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