芽
「これ。最近の報告書だよ。付近の違法術士の動向も載せてある」
「ありがとう。あの新入り君が来てからは、本当に慌ただしくなっているわね……」
「無名の違法術士の事だね。もう騒ぎになってる。まあ、あれだけ暴れれば当然だけと……」
赤澄はあの無茶な暴れぶりをハッキリと脳裏に浮かべられる。それに対して夕沈蝶は薄い笑みを浮かべたままだ。
「器物損壊。脅迫。さらに違法術士との流血沙汰。まあこれだけ好き勝手暴れればすぐに嗅ぎつけられるわね。賞金を賭けたのは、潰された企業なんでしょうけど」
夕沈蝶の言葉を聞きながら、赤澄は情報とデータを照らし合わせる。目星となる勢力の変動が激しくなっている。企業が違法術士を雇っては手駒にしようとしているが、こちらの思惑はそう簡単には邪魔されない。
「悪徳企業がこの無名の術士をスカウトに動いてる話もあるけど、こちらが良いように利用してあげているわ。足取りも追えないようにしてあるから、監査対象の自由にさせておいて」
そうして、夕沈蝶は赤澄に連絡を終える。
「わかったよ」
「ふふ、そう簡単に大事な人材を渡してはならないからね……。気をつけて頂戴」
「………。」
含むような笑みをみては、ヤタノハ・クシビに少し同情する赤澄。夕沈蝶に目を付けられ、どんな企みを押し付けられるのか……。
「さて、そうなると……」
これからの問題に対して息を吐く赤澄。無視できない大きな事柄が待ち構えている。
「一番気になるのは英装術士兵団だね。これだけ騒げば、そろそろ気取られる筈だけど……」
「大丈夫よ。下手に刺激しないように用心はしてあるわ。そんなに目を付けられる可能性はあまりないと思うけど」
夕沈蝶は、またもや含むような口ぶりになる。
「殺しでもしない限りは、ね……」
意味深な雰囲気を出す夕沈蝶。その意味は、赤澄の子供にも伝わる。
「………。」
それに対して、赤澄の子供も表情が変わる。
この世界では一歩間違えば命を奪われる。それは相手にも同様だ。
「今のままだと、足元を掬われる気がしてならないよ」
「そうねえ……。選択の時は来そうだけど……」
二人には、そんな予感はしていた。あれだけ無茶な真似をすれば、命が危機に晒される。そんな危機的状況は、闇の世界では多く訪れる。相手はこちらの命を狙って来ているのだ。
その運命の瀬戸際に立った時、迷っていたままなら、きっと全てを失うだろう――。
そうならないように導くのも、自分達の役目だ。
その"時"に備えて……。
「新人の教育か……やれやれ大変だな……」
「あら、私は楽しみよ? これだけ面白い素材は他にないもの」
「君の場合は命を落としても利用しそうなのがね……。君には利益しか無い」
そう皮肉を込めて言い放つ赤澄。笑みを浮かべている夕沈蝶は平然としている。例え命を落としても、夕沈蝶には利用できる価値がある――。
「ふふ……花が咲くのが楽しみなのよ。私は……戦いは男の花って言うじゃない……」
「………。」
言葉が無い赤澄の子供。夕沈蝶としての一面が垣間見えている。
どんな花が咲くのか。どんな芽が出るのか──。
「そう言えば彼、昔は自分が魔術で下手な事で悩んでいたようだね」赤澄は話題を反らすように尋ねる。
「そうらしいわね。王都の警護術士隊に入る事も出来たのに、それをしないで普通の術士兵になる道を選んだみたい」
「どうしてなんだろうねえ……。王都の警護団に入れば、雑兵と呼ばれることもなかった筈なのに」
そうなれば、違法術士になることもなかったはずなのだ。
「まあ、理由があるんでしょう。彼なりの」
「雑兵どころか極悪の違法術士と呼ばれるようになる未来が待ち構えているのに……まるで絵に描いたような転落だよ……」
赤澄は息を吐くしかなかった。違法術士になるのは、魔術の使えない人間。それでいて力を求める者逹が、違法術士となる。だから雑兵は蔑称として呼ばれる。違法術士に近い存在としての名前。
術士兵と呼ばれるのは、正規の術士と認められた者達だけだ。
「やれやれ……よほど苦労をするのが好きみたいだね……」
ヤタノハ・クシビの戦いぶりを思い返す赤澄。あの戦い方と良い、自らの首を絞めるような生き方だ。
「ん?」
そこで連絡が入る。
『監視対象が移動しました。 すぐに対応をお願いします』
その文面と見ると、赤澄と夕沈蝶は移動を始めた。
「相変わらず、汚い空気ねぇ」
夕沈蝶は、到着するなり不機嫌な表情へと変わる。
「水が飲めるというだけでも贅沢なレベルだよ。ここは……」
「そうねえ。自然保護区の緑もあるし、生活していくには最低限だけど……あの統地精霊が居なかったら、この大地すら存在していないからねぇ」
流れてくる水は、遠方にある別区域の自然保護区からだ。綺麗とは言えないが、それでも精霊の力が行き届いており、瘴気や汚染濃度はかなり低い。
だが、この無法地帯ではその水も汚染されつつある。産業廃棄物を垂れ流す企業などがいれば、この地帯に住まう住民には大打撃だ。
それでも住民に拒否権は無かった。他に行く宛など何処にもない。
「汚染物を垂れ流す企業も最近は居なくなったね」
「以前に起きた企業工場への暴動は凄かったわねえ。英装術士も来ていたし……」
思い出すようにしみじみと話す夕沈蝶。
「………。」
大気や水が汚れて瘴気が濃くなれば、魍魎の発生は必然だ。
だからこそ、この区画は魍魎を掃討する術士が雇われなくてならないのだが……。
「イタチごっこだね。根元を絶たないと、魍魎の発生は収まらない」
「面倒事は絶えないわ」
呆れるように遠くの風景を眺める夕沈蝶。この荒廃した風貌はいつも変わらない。
「彼が来たわね。移動しましょう」
すぐに声を潜める。気配がする方へと急ぐ。
そこでは、ヤタノハ・クシビに対して、周りには違法術士達が集まっており、以前の残党も含まれていた。
「見事だね。戦闘を重ねるごとに、その剣筋が鋭くなってる」
寸分の違いもなく放たれるその軌道。
剣筋が光のように輝いている。
「まさに閃光だけど……。」
闇を切り裂くその光は、月のようにも思えた。火の花が散っている。
どんなに深い闇をも――その刃で切り裂く。
美しい輝きを放つ……だが……。
「その儚い光じゃ、闇は払えないよ」
夜を照らす月の光……。だけどそれでは闇は払えない。
人の生み出す闇は……とても深く大きい。
「彼、まだ躊躇してるわね」
「そうみたいだね」
呆れる二人。ヤタノハ・クシビはまだ同情を向けようとしているようだ。
「無茶苦茶だ……。」
相手を理解しようと、刃を振るう。
「言葉を持って、話し合わなくちゃ……和解り合う事なんて出来ないのに……」
愛を持って、語り合う事でしか、平和は築けない。
刃を持ったまま、手を取り合うなんて出来やしない。
「なんとも哀れだよ……。ヤタノハ・クシビ……」
牙と牙を向け合えば、後は戦うことだけだ。
それは獣でしかない。




