冬夜に落ちる雷
ベンチへ腰を下ろした麟征は、頬杖をつきながらイルミネーションを眺めていた。
白、青、金。
木々へ巻き付いた無数の光が、冬の街を優しく照らしている。
その隣で、葉山夏海は目を輝かせながら空を見上げていた。
「……綺麗ですねぇ」
「そうか」
「そうですよ。ほら、見てください、あれ」
葉山は嬉しそうに前を指差す。
「雪みたいです」
麟征はその方向を見る。
「……光ってる木にしか見えない」
「もうっ!」
葉山は思わず吹き出した。
「麟征さん、そういうところですよ!」
「何がだ」
「なんでそんな夢がないんですか……」
「必要なのか、それ」
麟征は真顔で返す。
葉山は肩を震わせながら笑った。
「必要です。クリスマスなんですから」
「くりすます」
麟征は聞き慣れない単語を確認するように呟く。
「人間は冬になると木を光らせる文化があるのか」
「ざっくりしすぎです……!」
葉山はくすくす笑いながらマフラーへ口元を埋める。
「もっとこう……好きな人と過ごしたりとか、楽しい思い出作ったりとか、そういう日なんです」
「なるほど」
麟征は淡々と頷いた。
「祭りみたいなものか」
「まぁ、近いですけど……ちょっと違います」
「難しいな」
「麟征さんが鈍すぎるんです」
「そうか」
麟征は特に気にした様子もなくイルミネーションを見上げた。
葉山はそんな横顔をちらりと見る。
守るためにそばにいてくれてることはわかってる。でも、最初は怖かった。
無表情で、静かで、何を考えているのか分からない人。
でも。
「……」
こうして隣にいると、不思議と落ち着く。
麟征はふと葉山を見る。
「夏海」
「は、はいっ」
「だんだん喋るようになったな」
「えっ」
「最初、もっと小動物みたいだった」
「しょ、小動物……」
葉山は少し頬を膨らませる。
「それ褒めてます?」
「事実を言った」
「うーん……」
葉山は困ったように笑った。
「でも、前より緊張しなくなったのは本当かもしれないです」
「慣れ…か」
「……はい」
葉山は小さく頷く。
「麟征さん、見かけによらず、優しくて、面白かったので」
「俺は最初から変わってない」
「そこなんですよねぇ……」
「?」
「天然です」
「てんねん」
麟征は少し考え込む。
「よく分からない」
「自覚ないんですね……」
葉山はまた吹き出した。
麟征はその笑顔を見て、少しだけ目を細める。
「夏海は……笑ってる方がいい」
「え」
「最初は暗かった」
「うっ……」
葉山は少しショックを受けた顔をしたあと、恥ずかしそうに笑う。
「……最近は、毎日が楽しいので」
「そうか」
「はい」
その時だった。
「あっ!」
葉山が急に立ち上がる。
「麟征さん! クリスマス限定たい焼きあります!」
「食いたいのか」
「はいっ」
「食べてこい」
「じゃあ麟征さんのぶんも買ってきます!ここで待っててください!」
葉山はぱたぱたと人混みの中へ走っていく。
麟征はその背中をぼんやり眺めていた。
周りではクリスマスのゆったりとした、幸せな時間が流れる。
だが。
「……?」
ふと、空気が変わる。冷たい。
麟征の目が静かに細まった。
次の瞬間。
「きゃあああああっ!!」
悲鳴が、夜の街へ響き渡った。悲鳴が響いた瞬間。
麟征の姿が消えた。空気が爆ぜる。
次の瞬間には、麟征は屋台通りへ到達していた。
周囲の人間は何が起きたか理解できていない。
ただ、突風だけが遅れて吹き荒れる。
「っ……ぁ……」
倒れている葉山。
その小さな身体で、幼い子供を抱き込むように庇っていた。
そして、その前には。瘴気を撒き散らす複数の朽神。
人混みの中で、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
麟征の瞳が静かに細まった。
「夏海に……何をした」
次の瞬間。
青白い雷が、麟征の周囲で弾けた。
地面が軋む。イルミネーションが激しく明滅した。
朽神達が一斉に麟征へ襲いかかる。だが。
麟征が、一歩踏み出した瞬間、鮮やかな緑の雷鳴が響き渡る。
朽神達の身体が同時に裂け、黒い灰となって崩れ落ちる。
遅れて衝撃波が通りを吹き抜けた。
人々が息を呑む。麟征はそのまま葉山の元へ膝をついた。
「夏海」
静かな声。だが、その声音には明らかな焦りが滲んでいた。
麟征は葉山を抱き起こす。
葉山は苦しそうに呼吸しながら、それでも小さく笑った。
「り、麟征さん……私は、大丈夫です、それより…」
「喋るな」
「でも……」
葉山は隣の子供を見る。
「怪我……ない……?」
子供は涙をぼろぼろ流しながら頷いた。
「だ、大丈夫……! でも、お姉ちゃんが……!」
葉山は安心したように目を細める。
「私は……大丈夫だよ……」
その瞬間だった。 ――ズルリ。
周囲の影が蠢く。黒い泥のようなものが地面から溢れ出し、さらに複数の朽神が現れた。
屋台通りを埋め尽くすほどの異形。逃げ遅れた人々が悲鳴を上げる。
麟征は葉山を抱き上げ、無言のまま立ち上がる。
「麟征、さん……」
「私のせいだ」
低く、静かな声。空気が変わり、ビリビリと大気が震える。
周囲の人間達が異変に気づき、顔を上げる。
「な、なんだ……?」
「雷……?」
麟征は朽神達を見据えたまま、静かに口を開く。
「――神典麒道・轟界」
地面に巨大な雷紋が走った。
稲妻が街中を駆け巡る。空間そのものが、雷へ侵食されていく。
天が裂け、無数の雷撃が一斉に落下する。
朽神達の身体が、触れた瞬間に崩壊していく。
まるで。そこだけが、“神の裁き”に支配されたかのように。
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