崩れた聖夜
窓の外が、白く光った。
それは花火のようにも見えた。
だが、次の瞬間――空気が震えた。
家全体が小さく揺れ、グラスの氷がカランと音を立てる。
「……っ」
最初に反応したのは、こはくだった。
笑っていた表情が消える。
白い耳がぴくりと震え、九尾がゆっくりと逆立った。
その異変に、智也も息を呑む。
「こはく……?」
朱焔がソファから立ち上がる。
その瞳から、先ほどまでの陽気さが消えていた。
「……なんやねん。これ」
凪も窓の外を見上げる。
夜空の東西南北。
四方向に、巨大な光の柱が立ち上がっていた。
黒く濁った、禍々しい光。
空を裂くように伸びたそれは、まるで世界そのものを繋ぎ止める杭のようだった。
澪白が静かに立ち上がる。
「……始まった」
低い声だった。
その声に、部屋の空気が凍る。
直後。
――ドンッ!!
遠くから、爆発音のような轟音が響いた。
続いて悲鳴。
窓の外。住宅街の向こう側で、黒い影が蠢いていた。
「朽神……!」
こはくが唇を噛む。
智也の心臓が大きく脈打った。
テレビが突然ノイズを発し、画面が切り替わる。
『速報です……! 現在、各地で正体不明の怪物が出現――』
アナウンサーの声が震えていた。
『住民への被害が確認されており――現在、警察、自衛隊が――』
映像が乱れる。黒い化け物。燃える街。逃げ惑う人々。
『特に被害が大きいのは、中央区音楽ホール周辺――』
その瞬間。
朱焔の表情が変わった。
「……音楽ホール?」
澪白が朱焔を見る。
「朱焔、迎える?」
朱焔はニッと笑った。
だが、その笑みにいつもの軽さはない。
「任しとき!」
「朱焔…くれぐれも気を付けて…」
「おう!」
次の瞬間、朱焔の身体から紅蓮の炎が噴き上がる。
窓が熱で震えた。
「朱焔さん――!」
「ここは頼んだで!」
そう叫ぶと同時に、朱焔は窓を蹴破るように外へ飛び出した。
そこには、すでに複数の朽神が住宅街へ降り立っていた。
朱焔は空中で身体を捻る。
「悪いけど――」
炎が脚へ集束する。
「遊んでる暇ないねん」
「神典朱炎……焔華」
次の瞬間。
朱焔の蹴りが、朽神の群れを一直線に吹き飛ばした。
爆炎が夜空を染める。
「――朱焔様のお通りや!!」
炎を纏ったまま、朱焔は一直線に複数の朽神を吹き飛ばし、夜空へ飛翔する。
音楽ホールの方角へ。
その背中を見送りながら、智也は拳を握り締めた。
街のあちこちで悲鳴が響いている。
こはくが振り返る。
「智也、行くぞ!」
「ああ……!」
凪も屋根へ飛び乗る。
「こんなにもたくさん…凪はこっちに行くのだ!」
澪白は静かに振り返った。
「叔母様…私から離れないでください」
叔母さんは不安そうな顔をしながらも、無理やり笑みを作る。
「う、うん……みんな、大丈夫…よね…」
「はい、智也とこはくも成長してます…何かあれば、私もいきますので…」
その直後。
遠くの空が、再び赤黒く染まった。
イルミネーションに包まれた街は、まるで別世界だった。
白い雪。
金色の光。
通りを埋める人々の笑い声。
「うわ、見ろよ沙月! あれめっちゃ綺麗じゃね!?」
村上が子どものように目を輝かせながら前を指差す。
巨大なクリスマスツリー。
無数のライトが夜空の星のように瞬いていた。
泉は思わず笑う。
「もう、はしゃぎすぎ」
「だってテンション上がるだろ!?」
「まあ…そうだけど…」
呆れながらも、泉の表情は柔らかかった。
村上は両手を頭の後ろで組みながら歩く。
「しっかし、まさか沙月と二人でイルミ来るとはなぁ〜」
「なに、嫌なの?」
「いや!嫌じゃない…むしろ、誘ってくれてうれしかったよ」
「ふーん…そっか…」
泉は顔を赤くしながら睨みつけた。
――その瞬間。
空が光った。
「……え?」
四方向へ伸びる黒い光。
次の瞬間、地面が揺れた。
悲鳴。爆音。
イルミネーションの光が一瞬だけ明滅する。
「な、なんだ……?」
人々がざわめく。
その直後だった。
――グシャッ。
目の前を歩いていた男が、吹き飛んだ。
「……え」
泉の視界が止まる。
黒い化け物。歪な腕。裂けた口。
「ギィィィィァァァ……」
「に、逃げろ!!」
「きゃあぁぁぁ!!」
周囲の人間が悲鳴を上げる。
一瞬で地獄になった。
「なんかやばい、とりあえず逃げるぞ!!沙月!」
村上が泉の腕を掴む。
だが、泉は動けなかった。
目の前で、人が食われている。
血。悲鳴。壊れたクリスマスソング。
「沙月!!」
強く引っ張られる。
泉の身体がようやく動いた。
二人は人混みをかき分けながら走る。
後ろから咆哮。
朽神が追ってきていた。
「っ、くそ……!」
村上は近くの看板を蹴り倒す。
ガシャンッ!!
朽神の進路を塞ぐ。
「こっちだ!!」
泉の手を引き、路地へ飛び込む。
だが。壁を突き破るように、別の朽神が現れた。
「っ!!」
村上が泉を突き飛ばす。
鋭い爪が、村上の腕を裂いた。
「ぁ……ッ!!」
「翔!!」
血が飛び散る。
村上は歯を食いしばりながら、近くのゴミ箱を掴み、朽神へ叩きつけた。
「邪魔だぁぁ!!」
そのまま泉の前へ立つ。
だが次の瞬間、別の朽神に吹き飛ばされた。
「がっ……!」
地面を転がる。
「翔ッ!!」
泉が駆け寄る。
だが。周囲から、ぞろぞろと朽神が現れ始めた。
「幸せそう……」
「憎い……」
「壊したい……」
ぼそぼそと、呪いみたいな声が響く。
泉の身体が震える。
朽神たちが、ゆっくりと二人へ近づいてくる。
村上が血を流しながら叫んだ。
「……沙月、逃げろ」
「え……」
「いいから行け!!」
「そんなの……!」
泉の瞳に涙が浮かぶ。
「そんなのできないよ……!!」
朽神が腕を振り上げる。
その瞬間。
泉の指先が、ポケットの中の何かに触れた。
「……これ」
小さな鈴。
以前、澪白から渡されたものだった。
『もしもの時は鳴らして』
あの言葉が脳裏をよぎる。
泉は震える手で鈴を握った。
そして――鳴らす。
リン――。
澄んだ音が、夜に響いた。
一方その頃。
ビルの屋根を駆けていた凪の耳がぴくりと動く。
「ん?」
次の瞬間、凪の表情が変わった。
「今の鈴……!」
白虎の尾が大きく揺れる。
「今行くのだ!!」
爆発みたいに屋根を蹴る。
一瞬で夜空へ。
その頃。
朽神の腕が、泉と村上へ振り下ろされようとしていた。
――ドゴォォォンッ!!!
次の瞬間、朽神の身体が弾け飛ぶ。
白い衝撃が夜を裂いた。
「……え?」
泉が目を見開く。
煙の向こう。
そこには、小柄な少女が立っていた。
凪がニッと笑う。
「凪ちゃん登場なのだ!!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
都合上、長期にわたり投稿できませんでしたが、落ち着きましたので再開していきます。
神縁を、これからも見ていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




