第64話・3 南への道(3)
カスミに最大の試練が襲い掛かります。
帝都ミンスターの周りを取り囲んでいる丘陵地帯は、ベルンから飛んできたときに目標にした標高600mを最高峰にする丘の連なりで、ミンスター丘陵地帯と呼ばれています。
ベルン市からは南南西方向の丘陵の切れる方へ飛びましたが、ミンスター丘陵地帯はそこから東へと続き大アントナ山脈にぶつかる手前で終わっています。
西へは大きく方向をかえながら帝都の南150ワーク(220km)まで連なっています。
帝国軍が通り過ぎ、1刻半(3時間)して、私達も家(神域の部屋)を出ます。
再び軽車両を組み立てて、ゴーレムで引いて出発します。
その日は日没までに20kmぐらい進む事が出来て、丘陵に作られた畑が終わり、やや急な下り坂になっている果樹園の中で宿泊することにしました。
夕食後3人でお風呂に入った後、私の部屋でお話します。
「カスミはヴァン国へ着いたら、どうするの?」カスミちゃんがだいぶ先の事を聞いてきます。
「そうね、1月中にロマーネ山脈を越えて、2月にビチェンパスト王国から船出出来たとして、ヴァン国へ着くのは4月か5月頃かも、船旅はどのくらいかかるか分からないです」考えながら答えていく。
「ヴァン国に着く頃は春の始めか中ごろになるでしょう、王家が首都シルアルビェッカに集まるのは夏だけですからそこで話し合う事になるでしょうね」
「何を話し合う必要があるの?」とかすみちゃん。
「今回の件も話す必要がありますし、わたしの身の振り方が主な話の内容になるかしら」
「身の振り方って、どっかへ振られちゃうの?」カスミちゃん私はサイコロの駒みたいに何処かへ振られたりしませんよ。
「そんなことありませんよ、私は自分の事は自分で決めますから」
「ただ、説得する必要のある方々がいるのです」
義母様とか、お爺様とかがね。
「あはは、そんな先のこと今考えたって仕方が無いさね」と姉ねに笑われてしまった。
「さあ寝るよ、明日も朝から移動するんだからね、疲れを残さないように早めに寝るんだよ」
「はい、寝ましょう」と私。
「は~い」とカスミちゃん。
朝食にライ麦パンが出ましたが、そういえばヴァン国のパンと言えばライ麦パン一択でしたね。
ヴァン国は小麦がほとんど栽培できなくてライ麦が栽培されています。
帝国では北の地方でも2年地味を肥やして小麦を栽培する方法が確立されていますが、ヴァン国ではその方法でも栽培がほぼできません、一部の南側の地方で作られているらしいですが私は知らないです。
近年はそのライ麦でさえ寒冷化のため栽培が出来なくなっている地域があるそうなので、帝国からの穀物の輸入が重要になってきています。
短い夏の時期に収穫できる品種が出来れば良いのですが。
カスミ姉ねが悪い顔をしてこちらを見ています、何故かヴァン国の麦の品種はカスミ姉ねに任せれば安心できそうです。
寝ましょう、カスミちゃんはもう寝ていますね、可愛い寝顔です。
朝は昼1時(午前6時)に起きます。
今朝はライ麦パンがでました、昨日考えていたのが伝わったのかしら。
ほかにオートミールが出ました、中に干しブドウやラズベリー、牛乳、チーズ、蜂蜜などが入った燕麦の粒を残したオートミールに作ってありました。
アイとナミに感謝です、美味しいご飯をありがとう。
今日も昨日と同じ軽車両を使って旅の再開です。
軽車両を組み立てたアイとナミを家(神域の部屋)へ送って、軽車両に乗り込みます。
果樹園から出て更に下ります、しばらく走ると平坦な場所に出ました。
どうも村人から見られているようです、今の所なんらかの動きはありませんが、帝国軍へ連絡が行けば行く手を遮って来るでしょうから、ここらで一度飛空で振り払う必要があります。
今朝出た場所から20kmは来たと思います。
家からアイとナミを呼んで軽車両は撤収です。
冬は日が短くて直ぐに時間が過ぎてしまいます。
ついでにお昼にします。
お昼の後でタンポポコーヒーが出ました、ナミはびっくり箱ですね。
さてしばらくぶりの飛空です、一気に上空へ上がります。
100mまで上がって飛空服を展開し、さらに上昇します。
今日は地上の監視を振り切る為もありますが、雲を抜ける為に60分以上掛けて、2000mまで上がります。
耐寒服も着ていますし、上空は雲が500mぐらいから厚く垂れこめていますので、地上から私が見えなくなって都合が良いでしょう。
そんな都合の良い事だけではありませんでした。
雲の中は大変でした、風は乱気流が吹いて、翼は凍り付く有様で、飛空服は収納して飛空の力だけで上昇しました。
1500mを越えるころ雲が消えて、上空に青空が見えてきて一気に視界が開けました。
再び飛空服を展開すると風を利用して上空へと舞い上がります。
2000mの上空では風が西から東へと吹いていて、飛んでいると東へ東へと流されます、それを西へ飛んで、打ち消しながら南下していきます。
今日は昼からだけでも南へ50kmは飛んだころ下へ降りる事にして、徐々に下降していった時です。
再び雲の中に入った私を先ほどとは比べ物にならないほど強い乱流が襲い掛かってきました。
揉みくちゃにされて飛空の翼が折れてしまいました。
風に翻弄されてコントロールを失い墜落するように降りたところは、氷河が残した巨岩の上でした。
巨岩に叩きつけられるように墜落した私は、そこで意識を失ったようです。
気が付いたのは何時ものベットでは無くて、玄関の前の間にある診療用のベットでした。
カスミ姉ねが何かの魔道具の調整をしている時に気が付いて、姉ねに声を掛けようと口を開きましたが、上手く声が出ません、カスミ姉ねがそれに気が付いて。
「カスミ、気が付いたかい、何処か痛い所は無いかい?」
と心配そうに顔を覗いて来ます。
痛いと言えば体のあちこちが痛いのですが、幸いにも手や足は動かせました。
口をもぐもぐさせていると、カスミ姉ねが察してくれてお暖かい水を飲ませてくれました。
細長い水差しを口の上でちょんちょんとつつく様にして水を私の口の上に垂らしてくれます。
水分でやっと口が開けられるようになったので、口をもぐもぐさせて注いでくれた水分で口に潤いを取り戻します。
やっと声が出ます「姉ね、どうなったの?」と聞くと。
カスミ姉ねが「墜落したのは覚えている?」と聞いて来ます。
頷いて「うん」と答えます。
「あなたはね、大きな石の上に落ちたの、覚えている?」と言います。
墜落したのは分かっていましたが、何処に墜落したのかは朧気で良く覚えていません。
頭を振って答えようとしましたら、首が痛くて思わず手を首にやり「痛!」と叫んでいました。
姉ねが急いで回復魔術を行使してくれます。
「貴方はね、聖域の結界があったから打ち身や捻挫程度で済んだのよ、そうでなければ骨折か酷ければ死んでいたところよ」
お説教はそのくらいですみました、その後痛いとこや動かしにくい所がないか入念にチェックされて、ベットに5日は寝ている事、と通告されて。
姉ねは皆を呼んで来ると言って出ていきました。
レタ、アイ、ナミとカスミちゃんがやって来て、私を取り囲んで心配かけてごめんなさいと謝ったり、何もできずごめんなさいと謝られたりの最中に、カスミちゃんが私に抱き着いて大泣きをして「死んだと思ったの、怖かったんだから!」とさらに大声で泣きだしました。
カスミちゃんを宥めながら、皆から話を聞きます。
私が墜落した時、真先に神域の部屋の扉を開けて飛び出したのはカスミちゃんだったそうです。
カスミ姉ねかカスミちゃんでも扉を開けて出入り出来るとは思っていましたが、それが期せずして証明されたようです。
カスミちゃんが飛び出した後に続いてみんなが出てきて、私が突っ込んだ木と岩の間から引っ張り出したそうです。
翼は折れて先端から2m程がどこかへ飛んで行ったようです、幸い私は結界に守られて無事でした。
でも最初、墜落先の木や岩や翼などの残骸を見て、木は根本から折れ飛び、岩は砕け翼も元の形が分からないほどぐちゃぐちゃになっていて、これで無事だとは誰も思わなかったそうです。
家へ運び込んだ飛空服の残骸は玄関の間にそのまま置かれていましたので、体を起こしてもらうと見ることが出来ました。
一目見て「あっちゃぁ、最初から作り直しねこれは」と言ってしまうほど、それはひどく壊れていました。
そんな事があった後、アイに抱っこされて、お風呂に入れて貰った後ベットへ寝かせてもらうことになりました。
少し恥ずかしかったけど、体中が痛いので仕方が無いと諦めました。
食事もベットで食べれるように工夫されていて、スプーンでポリッジ(燕麦のおかゆ)を食べます。
ボリッジは燕麦を牛乳で煮て野菜の漬物を刻んで入れているようです。
昨日食べたオートミールは甘かったけど燕麦の加工の違いは分かりません、呼び方が違うだけで後は作り手の拘りで名前を振り分けていそうです。
冬は恐ろしいですね、冬の厳しい寒さと風についにカスミは帝国での冒険で最大の試練に襲い掛かられます。




