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エピローグ ―― 永遠(とわ)の別れ(1)  改訂版

 2ヶ月後。


「よう、カレン。来たぜ」


 リョウは、墓石に向かって声をかけ、持参した花束を軽く掲げた。


 ここは、アルバートとアリシアの自宅の裏庭。

 彼らの邸宅とも呼べる立派な屋敷は小高い丘の上に建ち、広い裏庭からは自然に囲まれた丘陵地を遥か遠くまで見渡せる。

 カレンの墓はその一角、見晴らしの良いところにあった。


「俺が摘んできた花だ。この辺に花屋がなくてよ。センスがなくてすまんな」


 リョウは、墓の前にしゃがんで花束を置き、話しかけた。

 幅が数十センチほどの平べったい石でできた墓標には、カレンの名前と五年前の日付が刻まれている。


「もうちょっと早く来たかったんだがな」


 先日のキースとの一件は、後始末に時間がかかり、結局アリシアに連れられてこの屋敷に来たのが、2ヶ月が過ぎた今日だったのだ。


 アルバートは、まだ報告が残っているということで一人アルティアに留まり、明後日にこの自宅に戻ることになっていた。

 だが、それは表向きで、おそらく、リョウが気兼ねなく墓参りできるよう気を利かせたのだろうと思っていた。


 そして、アリシアも同様に気を遣ってくれたらしい。

 彼が荷解きしている間に一人で先に墓参りし、それから彼をここまで案内して、自分は邸内に引き取ったのだ。


 今は、リョウ一人だけだ。


 あの後、王国の政府によってリョウの処遇が検討されたが、結局は、旧文明人であることを活かし、旧文明遺跡の調査を手伝うことになった。

 そして、アルティアをミサイルの脅威から守ったということで、爵位をもらったり叙勲を受けたりして、そこそこの地位に置かれることになった。

 ただし、彼の素性は公にはしないことになっている。


 その一方で、ロザリアが目覚めた時、リョウを「下僕」と呼んだことから、一時は、ヴェルテ神殿の生ける神使として奉りあげられそうになった。

 しかし、それはなんとか断ることができた。リョウの意を汲んだアルバートとガイウスが取りなしてくれたのだ。

 

「あれは助かったぜ。毎日、拝まれて生きていくなんざ、俺には向いてないしな」


 苦笑いでカレンに報告する。

 

 ふと周りを見渡すと、初夏のいい陽気である。

 時折、心地よいそよ風が吹く。

 リョウは、心にわだかまっていた思いを口に出した。


「……だけど、伝言が『墓参りに来い』だけなんて、つれねえじゃねえか。もうちょっと他に言うことはなかったのかよ。今でも愛してるとまでは言わなくてもさ。……まあ、元カレへの遺言を旦那に頼むわけだから、大したことは言えなかったんだろうがな」


 そこまで言ってから、リョウは自分で否定する。


「いや、違うか。俺は、お前にとっては何十年も前の恋人にしか過ぎない。墓参りに来いって言われるだけでもありがたいんだよな。そんな大昔の男のことなんて普通は気にしないよな」


 ただ、自分の知っているカレンの性格と二人が離れ離れになった経緯から、たとえ何十年経っても、何か思いを言葉に残すのではないかとは感じていた。

 そのため、どこか釈然としないのだ。


「……それで思い出したが、男ってのは、別れた女がいつまでも自分のことを愛していると思い込む生き物らしいぜ」


 まさに、自分がそれではないかと、思わず苦笑した。


(やっぱり、割り切れてないんだろうな……)


 それもやむを得ないのかも知れない。彼女には大昔でも、自分にとってはつい2ヶ月前の話なのだ。



 しばらく自分の思いに沈んでいると、リズの遠慮がちな声が聞こえて来た。


『リョウ、邪魔してごめんね。緊急のお知らせがあるのよ』

『どうした?』


 リョウは我に返り、何か深刻なことでも起きたのかと身構える。


『……あのね、BICのホログラム通信が入ってきてるわ。受信する?』

『は? なんだと? 一体誰からだ?』


 実は他にも旧文明人がいたのかと、困惑する。

 だが、リズの返答はさらにそれを上回るものだった。


『発信者はカレンよ』

『なっ……』

『それでね、送信元はお墓の中なのよ』

『ああっ!』


 その瞬間、電気が走ったような感覚が体中に走り、弾かれたように立ち上がった。

 ようやく全てを察したのだ。


(そうか! あいつは、最初からこのつもりだったんだ!)

 

 リョウの時代では、BICの装着者が亡くなった時、取り外され遺族に渡されることになっていた。

 だが、この時代では埋葬されるだけだ。

 つまり、BICは起動したまま墓の中に残る。

 カレンはそれを知っていて、リョウに墓参りに来るようにだけ言い残したのだ。

 これならいちいち伝言を残す必要がない。

 BICを通して直接言葉を交わせば済むのだから。


(そういうことだったのか……)


 自分はカレンにとって、どうでもいい存在になったわけではなかった。

 むしろ逆だ。リョウにとって全てが決着するよう配慮してくれたのだ。

 それが分かっただけでも、心に引っかかっていた疑念とわだかまりが消えた。


「……リズ、映してくれ」

 

 知らずに声に出して命じる。

 自分の声が微かに震えているのが分かる。


『了解』


 その瞬間、目の前に現れたのは、まさにカレンその人だった。


「おお……カレン……」


 この時代の、少し上品な衣服に身を包み、にこやかに立っている彼女。

 万感の思いでその姿を見つめる。


 自分にとっては二ヶ月ぶりの彼女は、相変わらず美しく知性的であったが、ただ一つだけ大きく変わった点があった。

 それは、彼女がすでに四十を大きく超えているということだ。

 やはり、そこかしこに年相応の変化が見て取れる。

 だが、リョウにとってそんなことはどうでもよかった。

 もう一度彼女に会ってケリを付けたい。その願いが叶ったのだから。

 目頭が熱くなり視界がぼやけてくる。目を拳で拭った。


「久しぶりね、リョウ」

「ああ」

 

 彼女の声は、相変わらず優しく透き通っていた。

 

 当然ながら、これはカレン本人ではない。BICのAIによるホログラムである。

 だが、それはまがい物ではなく、姿も声も彼女そのものだった。


「分かっていると思うけど、私はカレンじゃないわよ」

「ああ、確かベスだったか」


 リョウは、以前カレンから聞いていた名前を思い出した。


「ええ。もしあなたがここに来ることがあったら、伝えてほしいと言われていることがいくつかあってね、ずっと待ってたのよ」

「そうか……」

「その前に、私……この姿でいい? 30年前の姿にも戻せるけど。それと、あの子になりきって話すこともできるわよ」

「いや、そうだな。姿はそのままでいい。けど、カレンの真似じゃなく、ベスとして話してくれ」


 リョウは、30年が経ったそのままの姿を望んだ。今の彼女を受け入れたかったのだ。

 それに、彼女はすでに亡くなっている。たとえ、ベスがカレンの声と姿で話しても、本人ではないという意識が邪魔になりそうだった。

 それよりも、ベスからカレンの言葉を伝聞として伝えてもらったほうが、彼女自身の存在をはるかに身近に感じる気がしたのだ。


「分かったわ、ふふ」

「どうした?」

「ごめんなさい、あの子が言っていた通りだったから、少しおもしろくて、嬉しかったの」

「あいつが何を言ってたんだ?」

「きっと、あなたが、今のあの子の姿を望んで、でも、私があの子のマネをしないように頼むってことよ」

「ああ……」


 リョウは頭をかいた。


「ま、あいつにはお見通しってことだな」

「そうね……。でも、無事に掘り起こされて、よかったわ。あの子、ずっと心配してたから」

「ああ、目覚めた時は、ぶったまげたがな」


 そして、アルバートの発掘隊に発見され、保護されていたことをかいつまんで説明した。

 カレンの姿をしたベスは、納得した表情でうなづいた。


「そう。アルバートはあの子との約束を果たしたのね」

「……なあ、あいつは、きっと辛かったんだよな?」

「……」

「俺は、あいつには本当にすまないと思ってるんだ。一番辛い時に寝ててよ」


 ベスは静かな微笑みを浮かべながら、首を横に振った。


「いいえ。あなたは何も悪くない。これも運命だったのよ。少なくともあの子はそう思っていたわ。あなたに会いたいという気持ちはずっと持っていたけれど、あなたへの恨み言なんて、考えたこともなかったわよ。それに、結局は幸せな一生だったのだから、気に病まないで」


「……そうか。そう言ってくれると、気が休まる」


「それに、あの子こそあなたに謝りたくて、ずっと悩んでいたのよ。あなたを待つことができなかったって……。私が言うのも何だけど、許してあげてくれる?」

 

 リョウは、激しくかぶりを振った。


「とんでもない! 許すもなにも、むしろ3年も待ってくれて感謝してるんだ。というより、もし待っていれば、一人ぼっちで25年も待った挙げ句に俺に会えず、あいつのほうが先に亡くなっていたじゃねえか。これでよかったんだよ」

「そう、あなたはそう言ってくれるのね……。あの子、本当に最後の最後までずっと気にしていたから……。それを聞いて私もすこし気が楽になったわ」

「そうか……」


「最後の最後」が何を指し示すかを悟って、リョウは胸が締め付けられる思いだった。

 込み上げてくる感情に流されそうになる。


「……」

「……」


 二人の間に沈黙が落ちた。

 話したいこと、聞きたいことは山ほどあるのに、言葉にならない。


「……参ったな。言葉が出ねえよ」

「仕方ないわ、それだけ心を揺さぶられる話だもの」


 ややあって、先に口を開いたのはベスだった。


「ねえ、あの日、あなたが寝てる間に何があったのか知ってる?」

「ある程度はな。惑星規模の同士討ちで人類が絶滅寸前まで行ったんだろう? だが、それがなぜ起きたのかは結局分からないんだ。お前は知ってるのか?」

「ええ」

「教えてくれないか」

「もちろん。あなたに説明するように言われているしね」


 ベスは面を改めて話を続けた。


「……一言で言うと、異星人の攻撃を受けたのよ」



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