表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/64

scene 58 決着、和解、理解、そして……

「い、生きていたのね……」


 体を動かさないまま……、いやきっと動かせないのだろう。体勢はそのままで、セレーネはセフィリアへ苦しそうに話しかける。


「ごめんね、あなたを理解してあげなくって」


 セフィリアが持つ琥珀崩しの魔剣はセレーネの胸を貫き、剣の先端には琥珀色の知恵の実がセレーネの体外から出て突き刺さっている。


「セレーネ、好きだよ。あなたの事、愛している」


 こんな姿になってまで苦しんでいたなんて……。

 私があなたの思いを知らなかったからこんな事になったんだよね。ごめんね、セレーネ。

 でも大丈夫だよ、もうあなたを縛り、陥れるものは取り除いたから。

 だから一緒に帰ろう……。


 セフィリアは胸を貫いている剣を抜き、先端に刺さっている琥珀の知恵の実を取りしっかりと握り締めた。そして、セフィリアは変わり果ててしまったセレーネを強く抱きしめた。


 琥珀崩しの魔剣が抜かれると同時に、セレーネは眩く輝く白と黒の光を発する。僅かな時間全身をその光で染めた後、セレーネは琥珀の知恵の実を受け入れる前の幼く、あどけない少女の姿に戻った。

 同時にセフィリアから放たれていた主の光もおさまり、普段の姿へと戻る。


「終わったようだな。ところでラファエルよ、セフィリアが生きていた事は気づいていたのか?」

「ええ、危ないところでした。天上へ吹き飛ばされ、瀕死のセフィリアを治療してから向かったのですが、回復までに時間がどうしてもかかりそうだったので、その間耐えたり、リザレクションを使ったのです。全ての手段と力を使ってもぎりぎりでしたけどね」


 ルシフェルは立ち上がり、自身が気になっていたであろう事をラファエルに尋ねて見る。ラファエルはセレーネに対峙していた時の厳しい表情から、普段の穏やかな笑顔へと戻っていた。


「まさか、セレーネの攻撃を防いだのは、セフィリア復活までの布石だったとは……」


 あごに手を当てて、表情を変えずにはいたが、命がけのしたたかな作戦に関心をしたルシフェルであり、ラファエルはそんなルシフェルにいつもの笑顔を見せるだけだった。


 二人の天使の会話の後、今まで七つの罪に捕らわれ天界を破壊し、天使達を傷つけていたセレーネがゆっくりと目を覚ます。その顔は琥珀色の天使でも、破壊の女神でもなく、普段の純粋無垢な姿であった。

 セレーネはセフィリアの顔を見ると、抱いていた腕を振りほどいてセフィリアから離れた。


「セレーネ……?」

「ずっと悪い夢を見ている感じだった。だけど、私がしてきた事はしっかり覚えているよ」


 セフィリアはゆっくりと立ち上がり、両手を広げ、いつもの様に暖かい笑顔でセレーネを迎え入れようとするが、セレーネは後ろを向いたまま、肩を震わせている。


「もう戻れるわけないじゃない、セフィリア様にあんな酷い事しちゃったんだよ……? それなのに、もう……」


 セレーネは泣いていた。自身の瞳から溢れる涙を拭う事もせず、静かに泣き声を殺して泣いていた。

 しかし、セフィリアは静かに近寄り、セレーネを後ろから覆うように抱きしめて耳元で自身の思いを伝える。


「何度でも言います。セレーネ、あなたを愛しています」

「何で! どうして! 何故そんなに私の事好きでいてくれるの?」


 もう私なんて見捨てればいいじゃない。

 私は、あなたにどれだけ酷い仕打ちをしてきたか全部覚えている。

 それを思い出すだけで自分が凄く嫌になって、どうしようもない程胸が痛いのに……。

 何をしても、どんな気持ちでも、もう取り返しがつかないのに。


 セレーネは再びセフィリアの腕を振りほどき、体をセフィリアのいる方へ向きを変えて叫びながら訴えた。

 セフィリアは、そんなセレーネの泣き顔を見ても笑顔のまま、再びセレーネを抱きしめる。


「理由なんて……、大切だから、では駄目ですか?」


 あなたがたとえ何になろうとも、何をしようとも、仮に全てがあなたの敵になったとしても、私だけはずっとあなたの味方だからね。


「もう、過去の事はいいのです。だから、そんなに自分を責めないで」


 そう、私もそうだった。

 あなたにとって取り返しのつかない事をした。

 あなたの気持ちや好意にずっと甘えてきた。

 でも、もう違う。

 あなたを理解して、受け入れる。


 セフィリアは拒むセレーネを、諦めずに強く抱きしめ続ける。セレーネは何度も振り解こうとするが、やがて拒絶をやめて、セフィリアの暖かさに身を委ねた。


 そしてセレーネは大声で、まるで幼い時の自分の様に、涙を流して泣き続けた。







「もう大丈夫だよ、セフィリア様、ありがとう」

 泣き止み、気持ちも落ち着いたセレーネはそっとセフィリアから離れる。散々涙を出し続けていた大きな瞳は、大嵐の後の晴れ空の様に純真な輝きが満ちていた。

 その瞳の光を見たセフィリアは、セレーネの頭を二度ほど軽く撫でた後、ラファエルとルシフェルの方へ向き話し始める。


「これをお渡しします。もう、我々には必要の無い物ですからね」

 セフィリアは握り締めていた琥珀の知恵の実をラファエルに手渡す。ラファエルは表情を変えずにそれを受け取り、いつもの優しい笑顔で答えた。


「セフィリア、あなたへの討伐命令は取り下げましょう。これからは穏やかに過ごして下さい」


 全ての発端はあの勅令からでした、そして全ての元凶はこの私にあるのです。

 あの一言がこの天使達を追い込み、天界の無実なる者達を巻き込んでしまった。

 私が間違っていました。私こそ、償えない事を数多くしてきた。


 ですがそれでも、セフィリアには今でも主として、この破壊されてしまった天界の復興を指揮して欲しかったのですが……。


 ラファエルは自身の望みを思いながら、それを誰にも言う事無く、そっと胸に手を当てセフィリアから視線をそらして内に封じた。


「そうはいけません、こうなってしまったのは私の責任なのです。せめて復興は手伝わせて下さい」

「私も手伝うよー!」


 ラファエルの笑顔にセフィリアも同じ表情で答え、セレーネも元気いっぱいの笑顔で手を振りながら答えた。


「……ありがとうございます」

 ラファエルは目にうっすらと涙を浮かべながら、二人の行為を心から感謝した。

 彼女の満足げな表情には、自身の思いも叶い、これからは位の高い低いに関係無く天使達が一丸となって復興し、やがて主に頼らず、主の子達が天界を運営していくだろう事を期待し、そして確信している事が他の天使にも十分理解できた。


 ルシフェルは無言のまま、これから平和になるであろう天界と、それらを運用していく天使達を暖かい眼差しで見守っていた。

 片腕は失ったが、彼の満足げな笑顔には、これで何者も脅かされる事は無いだろうと、ラファエルと同じ思いを抱いている事が窺えた。


 もう誰にも邪魔をされない、穏やかな日々が続くと誰もが思っていた。









「その前に、我らが主を返して貰わないとですけどね」


 聞き覚えのある声が穏やかな空間を引き裂いた瞬間、琥珀の知恵の実を持っているラファエルの手が、何者かの矢によって射抜かれ、実はその衝撃で転がると、声の主の足元へ転がり、拾われてしまった。


「あ、あなたは!」

「お前……!」

 全員が一斉にそちらの方を向く。

 そこには、琥珀色の瞳を持つ天使が二人、セレーネを破滅の女神に仕立て上げ、最終的にセレーネの手で倒されたはずのシェムハザと、今まで身を潜めていたアザゼルが立っていた。


「私が倒したはずなのに……、どうして生きているの?」

「死んだふりですね、簡単な事ですよ」

 セレーネが恐る恐る質問した事に対し、シェムハザは何の淀みも無くあっさり答えてしまう。どうやら消滅した様に見せかけて姿を消し、今までの動向を見ていたらしい。


「七つの罪を内臓した琥珀の知恵の実、それは主復活の為に必要不可欠なモノなのです」

「主復活には、そのような物は必要ありません!」

 射抜かれ傷ついた手をもう片方の手で押さえながらラファエルは今までの優しい表情から一変して厳しい表情と冷たい眼差しをシェムハザとアザゼルへ向けながら訴える。


 そんな必死の形相にも、シェムハザはいつも通り不敵な笑顔で答えた。


「ええ、確かに天界の主の復活には必要ないですね。我々が復活させようとしていた主は、破壊と破滅をこよなく愛し、世界を不幸と絶望のどん底へ落とす、あなた方もその片鱗を見たはずでしょう? 美しき滅びの女神を! それを蘇らせるのです」

「そんな存在を呼び寄せたら、お前たちも無事ではすまないだろう?」


 ルシフェルはシェムハザが言っていた滅びの女神の事を率直に聞いてみた。

 確かにあの暴走したセレーネと同等かそれ以上の力があれば言っていた事が可能であろう。しかしそれをして何のメリットがこの二人にあると言うのか?

 自らも女神の快楽の一環として命を奪われてしまうだけではないのか?


「実にシンプルですよ。地上で破壊の主を目覚めさせた後、天界は地上へ通じるゲートを固く封じるのです。地上は狼狽し混沌と化します、そこで天界は地上に雨を降らし続け、洪水を起こし地上の全てを洗い流すのです。その際、我々に服従する者のみを救済し、洪水がおさまった地上に送れば、我々の地上支配は磐石の物となるでしょう」


 シェムハザの恐るべき真の目的が露となり、周りの天使は身の毛立つ。その後、全員が再び剣を持ち、この狂気なる天使を打ち滅ぼさんとする。


「無理無理、今のあなた方は満身創痍、疲労困憊、半死半生、つまり! 私とアザゼルには勝てないと言う事なのです」


 事実、この場にいる天使達はセレーネとの戦いで消耗しきっており、本来の力ならば勝るシェムハザやアザゼルの相手すらも出来ない状態であった。

 シェムハザはその事を十分察しているため、敢えて武器を出さず、周囲を煽る様に笑うだけだった。


「大丈夫ですよ。別にあなた方の命なんていりません、それでは皆様、御機嫌よう」


 まるで馬鹿にしているのか、深々とお辞儀をした後、シェムハザとアザゼルは円形のゲートを開きどこかへ行ってしまった。


次回予告 


壮絶な戦いで傷ついた天使達は療養し、破壊された天界は復興を遂げる。

シェムハザの策略に対抗するための処置も取り、全てが解決に向かおうとした時……。


次回、scene 59 洪水と箱舟計画

「……杞憂であればよいのだが、ふむ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ