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scene 57 愛おしくて、尊い存在

 そう、もうあの人はいないんだ。

 私が全部壊してしまった、セフィリア様も、私自身も……。


 セレーネは自分の変わり果てた姿を改めて見直した。何回も、何度も確認した。



 これは私の望んだ結果なの?

 ううん、本当は違うんだよね。

 本当は……。


「正気に……、戻ったのか?」

 ルシフェルはよろめきながら、ふらふらになりながら何とか立ち上がり様子のおかしいセレーネの方を向く。

 セレーネの白銀の瞳は、今までの破壊と滅亡を願う凍てつく光から、本来の穏やかで可憐な光を宿していた。それは何を意味しているか、満身創痍のルシフェルであったが十分な理解を得る事が出来た。


「もう、戻れないかなあ……、あはは……」

 泣きながら、乾いた笑いを一つしてルシフェルやシェムハザに願った。

 今までの事……、セフィリアを自分のモノにしようとして酷い行為を強要させ、最後は快楽の為だけに壊してしまった。

 セレーネは解っていた。取り返しのつかない事をしてしまった。そしてこれから自分がどうするべきかを決断していた。


 ごめんねセフィリア様。あなたが羨ましかったのは本当だった。

 けれども、もう私の声は届かないんだよね。これじゃあ、セフィリア様のあの時とおんなじだよね。


 だから、せめて……。最後のわがままをさせてほしいなあ。だめかなあ。



 あなたと……、また一緒に手を繋いで歩いていきたい……。




「主の名において、自身に命ずる。この身に宿りし……」

「七つの罪を受け入れし悲劇なる者よ、今こそさらなる力に目覚め、全てを虚無に返さん」


 セレーネは再び自ら力の言葉の独断をかけ、自身の手によって己の命を火を消そうとしていたその時、七つの罪の試練で聞こえた謎の声が再び聞こえだす。

 すると、セレーネは自身の意志とは関係無く、次の言葉を発した。


「ジェネレーション:絶対なる闇への目覚め」


 隠された、恐らく頑なに封じていたであろう力の解放の言葉を言い終えた瞬間、セレーネは悲鳴と共に自身から解き放たれる光によって、自我を失って……、むしろ何かに塗り替えられていく様な感覚が全身を支配する。

 その場にいたルシフェル、シェムハザはその凄まじい光に顔を伏せて直視を避けるが、未だかつて無い程の光は目を閉じ隠れていても眩み、意識を奪われてしまう。









「う、美しい……」

「おお、なんてお綺麗な……」

 気がついた二人は同じ思いを抱く。

 ルシフェルも、シェムハザも、ただ目の前の存在に感動していた。


 光がおさまった後、そこに立っていたのは床に引きずる程の長さの真っ白な髪、明暗の無い虚ろな白き虹彩、すらっとした大人な体つきに色白な肌、漆黒の鎧は舞い散る天使の羽の様にひらひらとした純白のロングドレスへと変化を遂げておりスカートの裾を髪と同様に引きずっている、背中にはそれら純白よりも白く輝く六枚の翼が緩やかに穏やかに羽ばたく、何もかもが真っ白な天使……なのだろうか?


 だがその存在は紛れも無く、セフィリアを傷つけ葬りさった、七つの罪に取り込まれたと思われるセレーネであった。

 もう、過去の幼き姿からは想像もつかない。


 二人の天使が感動し心奪われていた時、純白のセレーネはその手のしなやかな指を何も言わず、何も表情を変えずにシェムハザへと向ける。

 何を意味しているのか解らずにいるシェムハザであったが、完全に指が伸びきった時、シェムハザは何かに焼かれたように黒ずみ、その場に倒れ、声を出す事も無く光の粒となって消滅してしまった。

 残ったルシフェルは酷く恐怖した、腰を抜かしてしまい這ってでもその場から必死で逃げようとしたが、セレーネと目があった瞬間、まるで蛇に睨まれた蛙の様にピタリと動けなくなってしまった。


「お、お前は何者だ……?」


 全身を震わせながら、今までの冷静で冷徹なルシフェルとは違う、怯え、相手の足を舐めてでも命を救って貰いたいと思うほど恐怖しながらセレーネに問いかける。

 するとセレーネは表情を変える事無く、ゆっくりと話し始めた。


「自分でも解らないの。ごめんね」


 セレーネは再び色白な手の指をそっとルシフェルへ向けようとしてきた。ルシフェルは逃げる事も出来ず、動く事も出来ないまま、思考は停止し、指が自分に向けられるのを瞬きもしない恐れで開ききった目で見続ける。


「おやめなさい!」


 その声は、恐怖する声ではなく、屈服し従属する声でも無い。破壊するだけ、ただ命を奪うだけの存在となったセレーネを止めようと、立ち向かおうとする声。

 セフィリアは居なくなった、シェムハザも、多くの天使はこの戦いによって散り散りとなった、傷つき、戦えなくなった、そんな者達のささやかだが力強い光……。


 セレーネの後ろには、今までどこかで隠れていたであろうラファエルがいつの間にか居た。普段の穏やかな表情は、今までに無い程厳しく、強く、鋭い眼差しは純白の破壊者へ向けている。


「これ以上は、あなたの好きにはさせません!」


 絶望しか無かったこの場所に、ラファエルは金で縁取られた銀製の盾を持ち、構えてセレーネへと立ち向かう。セレーネはそんなラファエルの決意を命ごと粉々にせんと、抑揚の無い声で天空術……らしき何か別の術の詠唱をする。


「混沌なる主の力、全てを滅し、世界を無に変えん、アルティメット・カラミティ・デッドエンド」


 セレーネは詠唱を終え、手の平を天に掲げる、するとまるで無限に輝く星々を閉じ込めた夜空を球体にした様な物体が現れ、それはみるみるそれは大きくなっていき、かつてセフィリアが呼び寄せた火炎の塊以上の大きさとなった。

 表情を変えないまま、その球体をラファエルめがけて放つと、ラファエルは盾を迫り来る球体の方向へ持って行き、天空術の詠唱を始める。


「今こそ、私の力の全てをこの盾に! 障壁の神光、ホーリーライトウォール。防壁の神光、ディバイニティシールド。そして二つの守りがこの神器イージスに集う時、合体天空術、究極絶対光壁セレスティアル・インプレグネブルを発動します!」


 ラファエルの天空術詠唱が完了すると、銀製の盾は放射状に眩い輝きは発する。そして、セレーネが解き放った途方も無く膨大なエネルギー体を受け止め、落下を止めたのだ。


「や、やめろ! お前如きが防げる力ではない!」


 ルシフェルは顔色を変え、ラファエルの無駄な行為を止めさせようと訴えた。

 もうあのセレーネを止められる者はおらぬ。このまま天界も地上も、魔界ですらもあの美しき破滅の女神によって消されてしまうだろう。

 もう諦めるしかないのだ、ならばせめて、苦しまずに逝こうではないか。


「私は諦めません、私は信じています。我ら光の創造主、天界の主の子らの勝利を!」


 ラファエルはルシフェルの諦めにも似た制止を振り切り、セレーネの力を受け止め続け……。

 力の塊は規模を縮小させ、どんどん形は小さくなり、やがて跡形も無く消滅してしまった。


「はぁ……、はぁ……、絶対に、負けません!」


 神器の力と自身の力を使い、ラファエルは先ほどの攻撃を何とか辛うじて受け止めたが消耗は激しく、息づかいは荒く顔色は悪い、かざしてた盾を持つ腕を力なく下へと落としてしまう彼女に、余力が無い事はルシフェルも純白の破壊者にも十分伝わった。

 セレーネは懸命なラファエルの抵抗を、顔色も変えず、白き瞳で見つめている。もう何を思い、何を考えているか誰にも全く読めない。


「何回、耐えれるのかな? アルティメット・カラミティ・デッドエンド」


 そして最も無情かつ、残酷、そして非道なる選択をセレーネは躊躇う事無く実行する。再び腕を上げ手の平を天にかざし、とてつもなく巨大なエネルギー塊を瞬時に生成した後、腕を振り下ろすと、ラファエルの頭上へ落ちようとする。


「何度でも……、耐えてみせますっ!」


 ラファエルは満身創痍の体に鞭を打ち、盾を掲げて天空術の発動をして、先ほどと同様にセレーネの無慈悲なる行為に必死で対抗しようとする。盾を持つ手は小刻みに震え、呼吸は乱れ、立つのもやっとであったが、それでもラファエルは挫けず、諦めなかった。






「はぁ……、はぁ……、んああ……」


 セレーネの攻撃を六度に渡って防いだラファエルであったが、限界であった。むしろ、既に限界は来ていたのかもしれない。ずっと希望を信じ、何かにすがる思いで気力を振り絞って耐えてきたのだ。

 ラファエルはその場で崩れるように両膝をつき、白銀の盾イージスを落としてしまう。懸命に拾い、再び掲げようとするが、自分の意志で自身の体を動かす事はもう不可能であった。


「私が……、私にもっと力があったら……!」

「もういい、もうやめろラファエル……」


 歯を食いしばり、拳を強く握り、ラファエルは泣きそうな程甲高い声を出して悔しがった。セレーネの攻撃を耐えた事による余波で着ているドレスは綻び、頭にしているサークレットはひびが入っている。

 ルシフェルはそんなラファエルを慰めるかの様に、そっと背中に手を当てて撫でた。


 もういいんだ、もう無駄なのだ。

 お前はここまでよく耐え抜いた、本来回復が専門のお前がここまで無理をしたのだ。

 もう十分だろう?

 ラファエルよ、もう……、諦めるのだ。


 ルシフェルは全てを諦めるように何度もラファエルに促した。しかし、ラファエルの瞳の中の強い輝きが消える事は無かった。


「我が命に変えてでも、あなたなんかに希望の灯火は消させません! 大復活の命光、リザレクション・フィールド!」


 ラファエルは諦める事をしなかった、たとえ今がどんなに絶望的な状況であってもめげなかった。自身に宿している儚くも消えそうな最後の力を振り絞り、己が使える最も最高の天空術を詠唱し終わると、状態を大きく後ろへ仰け反らせ、ラファエルの胸からは無数の光の雨が噴水のように飛び散り、天界全土を包んでいく。


 天界にはセレーネの戦いによって巻き込まれ、傷ついた天使達が無数にいた。ラファエルから放たれる最後の光は、憔悴しきった天使達を癒し、傷を治療していく。

 全員が、そこには瞳の色に差など無い。優しい大いなる存在に包まれているような暖かく、穏やかさに心地よさを感じていた。

 それは自身が誕生した時、祝福してくれた生みの親が見てくれているような懐かしい感覚でもあった。


 「この光は……、ラファエル!」


 ルシフェルもその温もりを感じていたが、すぐに重大な事実に気づく。これほどの力の天空術を、たとえ命を司る大天使であっても発動しては、多大なリスクを背負ってしまう。


 「やめろ! お前が犠牲になる事はない! 逝くなーーーーーー!」


 ルシフェルは全力で無数の癒しの光を解き放つラファエルへ必死で駆け寄る。その様子に、ラファエルは苦しそうにしながらも体勢はそのまま、笑顔で彼にそっと答えた。


 「天界を……、護りきりました」


 一体どういう事なのか?

 このままでは再びセレーネの手によって殺されてしまうだけだ。

 一時的な復活なんて……、そんな意味のない事を!


 そう、ルシフェルが思っていたその時だった。







 「主の光、一筋の希望となりて混沌を穿つ、ピアシングオブディバイニティ・チェックメイト!」





 まるでラファエルの思いに答えるかのように、凄まじい光のエネルギーが流星のごとくセレーネの頭上から落ち、セレーネの胸、琥珀の知恵の実がある場所を貫く。貫いた瞬間、周囲に強い衝撃が発生し、砂埃は舞い上がり周囲にいた天使達の衣服を大きくなびかせる。



 その流星の正体は、なんとセレーネによって吹き飛ばされたセフィリアであった。

 

次回予告 (完結まであと三話)


セフィリアの手によりセレーネの暴走は止まった。

しかし、その後に真相を知らさせ、天使達は皆等しく恐怖する。


次回、scene 58 決着、和解、理解、そして……

「理由なんて……、大切だから、では駄目ですか?」

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