scene 56 憧れから羨望、そして嫉妬の果てへ
変わり果てたセレーネは、セフィリアにサンクトゥスを何度も叩きつける。片手で連続して振り下ろされる攻撃は見た目以上の負荷をセフィリアにかけていき、攻撃を必死で耐えるセフィリアの足元は砕ける音と共にみるみると陥没していった。
「弱いよ! 何それ? 弱すぎて話しにならない! アハハ!」
「や、やめて……、セレーネ」
セフィリアは攻撃を防ぎながら懸命に訴えた。セレーネの無慈悲なる連撃による苦痛ではない、変わってしまった、もう心を通わす事が出来なくなったセレーネの姿を見て悲痛な表情をしていた。
「何を言っているの? やめるわけ無いじゃない! これから全部私の手でぶち壊すの。だからさっさと死ねば? もう鬱陶しいんだよ?」
耐える事に限界を感じたセフィリアは、セレーネの剣が振り戻される時にあわせて後ろへ飛び、間合いを開ける。そして顔は悲しみに満ちたまま、天空術の詠唱へと移った。
セレーネもセフィリアの動作にあわせ、不敵な笑顔のまま天空術の発動させる。
「主の光、闇を照らし不浄なる魂を浄化せん、……ゼロカタストロフィ!」
「主の闇、光を滅ぼし深淵に傲慢を満たさん、ロストファイナティ!」
セフィリアは両手を使い眩い光のエネルギー球体を、セレーネは片手を使って全てを吸い込む闇のエネルギー球体を、お互いに向けて放つ。
二つの白と黒の力はぶつかり、想像を絶する互いの力はまるで今の二人の様に強く反発しあい、衝撃によって天界の建物が次々と崩壊していく、瓦礫は粉々になり、そこにいたであろう天使は青い瞳の者も琥珀の瞳の者も見境無く天界の果てへと吹き飛ばしていく。
な、なにこの凄い力は……。これがあの子の本当の力なの……?
私でも、もう……。
セレーネ!
お願い……、目を覚まして……。
セフィリアは懇願した、命をかけてセレーネが元に戻る事を祈った。
強い思いを胸に滾らせ、持てる全ての力を注いでセレーネが放った暗黒の力を押し返そうとする。
しかし、セレーネは他の感情で胸を満たしていた。
ふーん、主の力なんてこんなものかあ。
私の本気に比べれば大した事ないんだね、今まで羨ましがっていたのが馬鹿みたい。
つまんないし、もっともーっといろんなモノぶち壊したいからー。
さっさと終わらせよ。
「ばいばい、お馬鹿さんな、セ・フィ・リ・ア・さ・ま♪」
セフィリアの決死の願いも、全身全霊の攻撃も虚しく、セレーネはさらに力を加えると、セフィリアの放った光のエネルギーは一瞬で粉々に霧散し、闇の力がセフィリアを丸呑みにしようとした。
セフィリアは悲鳴をあげる事も出来ず、黒い力と共に天界のさらに頭上へ飛ばされてしまった……。
「間に合わなかったか!」
二人の勝負に決着がついたであろう時、傷だらけのルシフェルが息を切らし、肩を抱えながらセレーネと対峙する。
「お、お前が……、セレーネなのか?」
「そうだけど、もうセレーネとかそういうのどうでもいいの」
大人になった姿を見た時も驚いた、だがそれ以上に今の変わり果てた姿……、欲望に飲まれ自分を見失い、破壊の権化と成り果てたセレーネを見たルシフェルは驚きを通り越してただ呆然と、愕然としていた。
そして同時に恐怖していた、かつてセフィリアの心の闇であるデストラクターと対峙した時と同じ思いをルシフェルは抱かざるを得なかった。
「ねーえ、私凄く気持ちよくなりたいの。だから死んでね。出来れば泣き叫んで欲しいなあ」
そんなルシフェルとは対照的に、セレーネは子供のような無邪気な笑顔を常に見せている。残虐な発言をしながら……。
それが余計に不気味さをばらまいている事を、ルシフェルは頭では無く肌で理解していた。恐怖で冷静さを欠いたルシフェルを見て、セレーネは嬉々として天空術を詠唱する。
「主の闇、怠惰の檻にて光を封じん、ナイトメア・コフィン」
真っ黒な光が帯状に広がり、ルシフェルに逃げる暇を一切あたえず体に絡みつき、瞬時に拘束してしまう。ぎちぎちと締め上げられ、想像を絶する苦痛に普段変化の無い表情は酷く歪む。
「あははっ、いいなあその表情、すごくいいー」
セレーネは苦しむルシフェルを見ながら手を叩いて喜ぶ、その様はまるで子供が新しい玩具を手にした時のようだ。
しかし、ルシフェルは目を大きく見開くと、セレーネの呪縛を振り払う。黒い光は粉々に砕けて周囲に散ってしまった。
なんとか束縛から自身を解き放ったルシフェルだが、その息づかいは荒く、肩で呼吸をしている。
「なんで、私の力から逃れられるの? ただの天使であるあなたに……」
「ただの天使ではない。私は主と戦う事を決めた天使だ、主が使う力、または主に使役される者の力の看破は既に終わっている。私に天空術はきかぬ……」
その言葉に、今まで笑顔だったセレーネの表情が今までに無い程醜悪なモノへと変化する。恐らく、自分の思い通りにいかなかった事が許せなかったのだろう。食いしばった歯は音を立て、体全体は怒りで震えている。
セレーネの憤りが、さらなる変化をもたらした。着ていたドレスは一瞬大きく輝いた後、その形状を変化させ、流線型の鋭く尖った鎧になった。
「ジェネレーション:七つの真実は一筋の光すら飲み込む黒色となる」
「ま、まだ変わると言うのか、セレーネの深き憎悪と七つの罪の試練、琥珀の知恵の実が合わさるとここまでになるとは……」
氷よりも冷たく、否、もはや冷たいと言う言葉ですら優しすぎる、それは痛いに等しい。そんな視線を一つ、ルシフェルに向けた後、かつて自身が繰り出した光よりも早く動く天空術、その更に数段、数十段速い、もはや例える事の出来ない神域の速度を以って、セレーネはルシフェルをサンクトゥスで何度も斬り、突き、叩きのめす。
ルシフェルは抵抗する間も無く体は宙に浮き、刹那の後、切り刻まれズタボロと化してしまった。
「主の闇、全てを消し去り飲み込む暴食の波動を放たん、パニッシュメントオブディバイニティ!」
さらなる追撃をセレーネは解き放つ。サンクトゥスを持っていない手の平をルシフェルに向けると、眩く輝く黄金色の力の濁流を放出した。
ルシフェルは何とかよろめきながらも起き上がり、両手の平を交差させて濁流の方へと向けてセレーネのあまりにも膨大な力を防御、分解していく。
分解されたエネルギーは飛び散り光の粒となって周りへとばらまかれる、光の粒が神殿の石版に触れると、石版は一瞬で粉々になってしまった。
「お、おのれ……、力が、強すぎる……」
ルシフェルは堕落し、天界へ戦争を仕掛けた時に、天空術へ攻略法を研究し耐性を得た。それを数多く実践し、過去にセレーネの目の前でもセフィリアのカタストロフィを無効化してきた。
だがしかし、今放っているセレーネの力はそのセフィリアの切り札の数万倍以上の質量、物量、破壊力、速度をもっている。いくら天空術に耐性を持ち、無力に出来る術があったとしても限界を余裕で超えていたのだ。
ルシフェルの体がきしみ、全身を焦がすような痛みが襲い掛かる、セレーネに圧倒的すぎる力に屈し、左腕が本来曲がらない方向へと音を立ててへし折れ、残る右手で必死に防ぐがそれも長くはもたない。
自身の死と、これから始まる恐怖と、近い未来に来る世界の終わりを確信したその時だった……。
「おやめ下さい、我が女神、セレーネ様!」
なんと、ルシフェルと戦い敗北したはずのシェムハザがぼろぼろになりながらセレーネの前に現れたのだ。
セレーネはルシフェルへの攻撃を一旦やめ、ひざまずくシェムハザの方を向く。ルシフェルは九死に一生を得たが、全身は燃え、左腕は使い物にならなくなり、その場に力なく倒れてしまう、もう戦えるような状態ではなくなっていた。
「もう、おやめ下さい。我らが志はあなた様を象徴とし、天界を再建させ、我ら新時代の天使による統治ではなかったのですか!」
シェムハザは懇願した。地面につくほど這って見る影も無い新たな主に頭を下げ続けた。
しかしセレーネはシェムハザの願いを真っ向から否定するかのように、頭を足で踏みつける。
「何を言っているの。私は天界の統治なんてどうでもいいって言ったじゃない。私はセフィリアを助ける為にこの力を手に入れたの。そのセフィリアはもういないけどね、フフ……」
そう、私は私の大切なセフィリアを救う為に生きてきた。
あの人の命を救うためだったら、何でもしたし、何にでもなってきた。あの人を悲しませないように、いろんな事をしてきた。
全ては、セフィリアの為……。
あれ?
じゃあ今の私って何?
私はセフィリアと生きてきた、いきてきた?
そう、幼い時からずっと一緒だった。
いっしょ?
あれ?
そのセフィリアはもういないよ……?
わたしがころしちゃった、わたしのてでセフィリアをこわしてしまった。
じゃあわたしって……?
ワタシハ、ナンノタメニイキテイルノ?
その時、セレーネは大きな叫び声をあげながら涙を流した。
次回予告
セレーネの暴走は、思いがけない方向へと舵をとる。
天界にいる天使達の運命やいかに。このまま天界は破壊しつくされてしまうのか?
次回、scene 57 愛おしくて、尊い存在
「自分でも解らないの。ごめんね」




