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scene 50 琥珀色の輝きは、眩む程に限りなく光る act 2

 女神セレーネが攻撃を仕掛けると、少女セレーネも同時に前へ跳躍し、真っ直ぐ突っ込んくる。お互いが相手の剣撃を受け止め、追撃を回避し、こちらも仕掛けるが同様に避けられ、防がれてしまう。

 互いの攻撃が交わるたびに、金属の音と火花のような光の粒が周囲に飛び散った。

 力の衝突は何度も何度も発生し、他の天使は巻き込まれないように遠巻きで見ているだけである。

「変身しただけの事はあるみたいだね、私と互角に戦えるなんて……」

 攻撃を繰り出しながら、もう一人のセレーネが笑顔を見せつつ女神セレーネに話しかけてくる。妙な姿になっただけあって、ここまで私を手こずらせるなんて。

 

 しかし、女神セレーネの心中には違う思いがあった。


 たったこれだけの力なの?

 私はまだ半分の力すら出していないのに。

 ここまで実力に差が出るなんて、琥珀の知恵の実っていったい……。


 困惑しながらも事実、女神セレーネは三割ほどしか力を出していなかった。対して少女セレーネの息づかいは荒く、どう見ても全力で戦っている様子だ。


 このまま消耗していけば負けてしまうかもしれない、そう悟った少女セレーネはいったん間合いを放すと天空術の詠唱へと移る。


「ならばこれで終わりにする、光すらも滅する惨壊の神光、アルカナブレイクディバイニティ!」

 少女セレーネはかつてもう一人の自分に打ち勝った天空術を繰り出してきた。周囲は邪気によって漆黒の闇へと変化し、自身もまた邪悪なる力を満たした後、闇に溶けて姿を消す。


 あの時と同じ様に、今回はそれ以上にもう一人の私を痛めつけて消滅させられれば。

 絶対に負けない。セラフィム様は渡さない。


 女神セレーネは構え、どの方向からの攻撃にも対応できる様にする。感覚を研ぎ澄まし、少しの変化も見逃さないくらいの気持ちで周囲を警戒し続けた。


 やはりそうだ、今の私はもう一人の自分を全てにおいて遥かに上回っているんだ。

 絶対に負けない。セフィリア様を取り返す。


 昔は全く解らなかったもう一人の自分の動きが、今では手に取る様に解る。周囲を素早く移動し続け、攻撃するタイミングを見計らっているようだ。


 何度か女神セレーネの周囲を回った後、側面より剣を突き立てて襲い掛かる姿をはっきり捉える。女神セレーネはそちらを向き、迎え撃とうした時、少女セレーネのある異変に気づく。

「あれは……?」

 異変に気をとられ、反撃は出来なかったが何とか攻撃をかわした。少女セレーネは再び闇の中へと消えて次の攻撃の機会を窺う。


 女神セレーネは少女セレーネの異変について、警戒をしながら考えた。

 あれは、もしかして……。

 でも、本当に私が思っている通りだったら。

 ……ラファエルはなんて酷い事を!


「まさかとは思うけれど、確かめて見る価値はありそうね」

 ある結論に至った時、女神セレーネはロンギヌスに自身の力を集中させる。するとロンギヌスは琥珀色の光に包まれていく。

「神聖なる輝きは邪悪なる闇をかき消さん、闇払の神光、ホーリーライトウィンド!」

 天空術の詠唱の後、女神セレーネはロンギヌスを体一杯使って大きく振るう。ロンギヌスを纏っていた光は女神セレーネを中心に波紋の様に広がっていき、やがて光の嵐となり少女セレーネの作り出した闇を吹き飛ばし、かき消して周囲を黄金の輝きで照らしてしまった。

「そ、そんな、私の力が……」

 それに伴い、闇の中に隠れていた少女セレーネの姿も明らかになる。まさか自身最高の天空術が打ち破られるとは思っていなかったため、動揺は激しい。

 素早い動きは止まり、表情にも明らかな焦りが窺える。


 動揺する少女セレーネとは反対に、女神セレーネは猛然ともう一人の自分の方へと向かった。少女セレーネは何とか我に返って攻撃をかわそうとするが、圧倒的な速度の前になす術も無く、女神セレーネに捕まってしまう。

 女神セレーネは少女セレーネを勢いのまま押し倒し、上に乗ると少女セレーネの顔を観察する。


「……やっぱり私の思っていた通りね」

「な、何をするの……?」

「あなたは治療されたのではない、生かされているの。その証拠が!」


 自身の考えがしっかりとした確信へと変わった瞬間、女神セレーネは怯えている少女セレーネの顔を片手で押さえ、もう片方の手の指を右目に突っ込んだ。


「いやああああ!」

 少女セレーネは右目の激痛と残忍な描写に悲鳴をあげ、激しくもがき始める。

 苦痛に顔を歪め、のたうち回り、暴れて女神セレーネからの脱出を試みるが、全く動かない。右目に深々と突き刺さった手を抜こうとするが、抜けるどころかさらに奥へと突き刺さっていく。その度に激しい激痛が全身を貫き、吐きそうになりながらも涙を流し泣きじゃくった。


 それでも女神セレーネは無視して、まるで何かを探すかのように指をさらに奥深くへと入れていく。ある程度、奥へ入れた時に今までの暖かい生命の脈動とは違う、何か無機質な物体に触れた。

 それを指の先で掴み、女神セレーネは指を勢いよく引き抜くと、少女セレーネの鮮血と共に何かが取り出される。


 それは、眩く光の塊だった。光の塊は少女セレーネの体内から出ると光をゆっくりと失っていき、最終的には一冊の本へと変わる。

 その本は、昔セレーネが意識の無いセフィリアをルシフェルの手から救おうとした時、天界へ潜入して密かに強奪しようとした、全ての天空術が記されている禁書、Mの書であった。


「痛いよ……、うう……、痛いよう……」

「今の行為が酷いと思うならば、それ以上の事をされていると言う事を教えてあげるわ」

 女神セレーネは取り出した本をしっかりとかかえた後、立ち上がり今まで二人の戦いを傍観していたラファエルの方を厳しい眼差しで見る。


「もう一人の私、あなたはベルゼブブの毒を克服なんてしていないの。ラファエルはあなたにMの書を埋め込んだ。Mの書の力とラファエル自身の治療の力を体の外に漏れないように鎧を着る事で、毒による肉体の腐敗を阻止していた」

「え……」

 えぐられ血まみれになった片目を手で押さえながらも、女神セレーネの話を聞き、そして驚く。


 うそだ、そんな事……。

 それって、私はただラファエル様の道具として利用されていただけって事じゃない……。

 そんなのうそだ!

 でたらめだ!

 でも……。


「本当なの……? ラファエル様……?」

 体を小刻みに震わせながら、真意を確かめるため血と涙で汚れた顔をラファエルに向ける。少しの沈黙の後、ラファエルは軽くうつむいた後、真剣かつ厳しい面持ちでゆっくりと話し始める。


「……その通りです。最初は失敗すると思っていましたが、予想以上の成果ですよ」


 まさか、セレーネに見抜かれてしまうとは。しかももう一人のセレーネは敗北し、Mの書を抜かれてしまっては、あのままではもう長くないでしょう。

 もはや、隠し通せない。


 ラファエルは目を閉じ、少し間を空け再び見開いて語りだす。

「主の力に目覚めたセフィリアを力の言葉の牢獄によって無力化した後に抹殺し、新たな主の寄り代としてセレーネの肉体を利用する事。それが私の目的だったのです」

「あなたは治療の天使として、他の天使よりも命を尊ぶ強い思いを持っていたはずなのに何故……、何故この様な事をするの?」


 女神セレーネはまだ自分自身を疑っていた。

 今までセフィリア様と私が困っていた時に助けてくれた。それも一度だけではない。

 それ以外も高位天使でありながら、他の位の低い天使や人間にだって分け隔てなく接していた。それらは皆が認めている事だったのに。

 何故?

 こんな非道な事をするのだろうか?


「全てはやがて復活されるであろう主の為なのです。私は統治代行者として、天使として当然の使命を全うしようとしただけ……」

 ラファエルはいつもの暖かく穏やかな表情ではなく、無関心かつ無表情で冷たく言い放つ。その様は過去、悪魔討伐の時、地上の街を人間毎吹き飛ばしたミカエルと同じだった。


 その言葉を聞いた瞬間、少女セレーネは苦痛ではなく、悲しみによって泣き出した。

 静寂なる空間に、幼い泣き声だけが響き渡る……。


 私はいったいなんだったの……?

 こんなに頑張ってきたのに、私の今までって何の価値が……。

 ラファエル様の道具、たったそれだけ。

 私は……、わたし……は、わたし……うぐぐうう!

 く、苦しい……!

 あ、頭が痛いよう!

 体も燃える様に熱い!

 全身が痛い!

 な、なにこれ……。し、しんじゃうのかなあ……?

 いやだ、死ぬのはいやだあ!

 こわい、助けて……、いやあああああ!


「げほっ、痛いよ……、セラフィム様……、たすけ……て……」

 絶望と苦痛の渦中におかれた少女セレーネは、口から大きく血を吐いた後、泣きながら最後に最も大切な者に助けを求めて、……息を引き取った。

 顔からはすっかり血の気は引いて青ざめ、号泣して涙を沢山流した瞳に生気を宿す事は二度と無かった。


 少女セレーネの生が尽きた時、女神セレーネの試練の時にもあった、黒紫色の物体が少女セレーネの亡骸から湧き出し、女神セレーネへと纏わりついていく。

「あれは、ベルゼブブの毒……!」

 ラファエルは血相を変え、天空術で女神セレーネを毒から退けようとする。


 私は主の為に、ここまで残酷な行為もしてきた。それは他の天使から見れば蔑まれるであろう。でも、もうこうなったら私は堕落しても良い、今までの罪を背負い極刑に処されるならば仕方ないでしょう。かくなる上は、あの大人になったセレーネに今後の天界を担って貰うしかない。今は、あの子を全力で守らなければ!

 ベルゼブブの毒から守らねば!


 ラファエルが天空術を詠唱し、身を乗り出そうしたその時、見えない力によって大きく吹き飛ばされてしまい、そのまま気を失ってしまった。

「邪魔をされては困るのです。今こそ、我らが女神、完全覚醒の時」

 主の間の入り口から、シェムハザとアザゼルがゆっくりと現れる。ラファエルの行動を邪魔したのはこの二人なのは言うまでも無かった。


 女神セレーネは困惑したが、これからの起こるであろう事を同時に理解していた。ベルゼブブは暴食のシンボルを持つ大悪魔、これは恐らく、私が試練で得る事の出来なかった暴食の罪を受け入れる事なのだろう。

 抵抗せず、何も考えず、ただ黒紫色の物体を受け入れていく。


「全ての罪を受け入れし時、汝の真なる力が目覚めるであろう」


 試練の時にも聞こえていた謎の声が再び聞こえると、セレーネから膨大な七色の光が発せられる。セレーネの意識がろうそくの火を吹き消すかのようにふっと消えてしまった。

「あ、あれは……、主の光……」


 ラファエルは何とか気を取り戻して起き上がりながら、待ち焦がれていた存在の登場を喜びと驚きと、畏怖の念で迎えていた。


 しかし、その七色の光は、かつてセフィリアが主の力に目覚めたものとは違っていたのである。


 神々しさよりも禍々しく光る。例えるならば……、闇を帯びた光、暗がりの中に妖しく輝く虹。



「今まで苦労をかけましたね……」



 七色の光がおさまり、目を開けたセレーネはまるで別人の様な雰囲気を持っていた。

 今までの自分に自信を持っている時とも違う、全てを上から見下す冷たい目線、かつて琥珀色だった瞳は元々の黄金色の輝きに追加される様に、冷たい七色の光を湛えている。

 その場にいる天使、ラファエルもシェムハザもアザゼルも全てが覚醒したセレーネの前に跪いていたが、セレーネは三人の天使を無視し、力の言葉の牢獄に囚われ意識の無いセフィリアの方へと向かう。

「セ……レーネ……?」

 セフィリアが無意識かつ、力の言葉の牢獄に捕らわれている中でも、自身が大切にしていた存在の名を呼ぶ。

 彼女の気持ち、思いは本物であると、この場に居る天使全てが認めざるを得なかった。


 しかし、セレーネの次に発した言葉は、当人以外の全員が一部の例外も無く驚愕される内容だった。



「主の名において汝に命ずる、我の下僕となりて永遠の時を共に過ごせ」



 紛れも無く、力の言葉の牢獄だった。

 セレーネは、セフィリアを自身の所有物にしようとさらなる呪縛をかけたのである。

 邪なる笑みから放たれた美声を聞いたセフィリアは一瞬体を大きく震わせた後、恍惚な表情をしながらセレーネの足元へゆっくりと近づいていく。


「……力の言葉の牢獄。主として覚醒されたのですね」

 ラファエルはこの瞬間確信した。遂に、待ち望んでいた天界の主が再臨した事を。これで天界は再び本来の在るべき姿を取り戻すであろうと。

 だが、次のセレーネの言葉とセフィリアの言動でその感情は困惑へと変化してしまう。


「フフ……。力の言葉の牢獄? そんな未完成なモノではありません。操るのではなく、支配する。それが力の言葉の独断パワー・ワード・ドグマ

 


「はい……、ご主人様……。親愛なる女神様……、全てはあなたの為に……」


 セフィリアはセレーネの足元まで近づくと、自身の顔を這わせてセレーネの足の甲へ口づけをする。

 無論、あがなう事は当然出来ず、セフィリアは虚ろな表情をしながらセレーネに永遠を誓った。





次回予告


天界の主として、七つの罪を取り込んだセレーネの支配は磐石の物と誰もが思っていた。

しかし、この現状に疑問を持つ天使が二人いたのである。

天使達はセレーネの支配にどう対抗していくのか?


次回、scene 51 追求者達の蠢動

「……私は、女神……セレーネ様の、忠実なる奴隷……、セフィリアと、申します……」

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