scene 49 琥珀色の輝きは、眩む程に限りなく光る act 1
「女神様ぁー!」
セレーネがいる玉座の間の入り口から、少女の元気な声が聞こえる。間も無く、超越天使の女の子が笑顔でセレーネのもとへ訪れた。
凄く嬉しそうだ、何かあったのかな?
「どうしましたか?」
「シェムハザ様に教えて貰った天空術が出来るようになったんだよ!」
セレーネのもとに着いて間も無く、少女は目を輝かせ、自分が頑張った事を報告した。
上手くいかなかった時もあっただろう、シェムハザに厳しく叱られた事もあっただろう。ひょっとしたら挫折しそうになって泣き出したかもしれない。自身がかつてそうだったから、この子の気持ちがよく解るし、そして何を求めているかも知っている。
「頑張りましたね。もっと強く、賢くおなりなさい」
「はいっ! 女神様!」
セレーネが幼き頃、セフィリアにされた事を同じ事をする。褒められた少女は笑顔のまま、無邪気に元気よく走り去って行った。
少女の微笑ましい姿と、自身の過去を振り返り気持ちが穏やかになるような気がする。
少女と交代するかの様に、今度はシェムハザが現れた。今まであの少女に天空術を教えていたのだろう、その報告に来たのかな?
それとも……。
「ご苦労様です、シェムハザ」
「お気遣い感謝します。あの子は物覚えが良い。いずれあなた様の大きな力となるでしょう」
シェムハザの簡素な報告を聞いた後、セレーネはそっと微笑み、シェムハザを労った。
この仲間達がいれば、セフィリア様を取り返すことも……。
仲間?
あれ、いつシェムハザ達を仲間なんて思える様になったのだろう。
私にはセフィリア様しかいない、セフィリア様が居ればそれでよかった筈なのに……。
……今は雑念に惑わされている場合ではない、このチャンスを逃さない。
「近い内に、私は天界へ行きセフィリア様を救出します。あなた方はその間に天界を奪取するとよいでしょう」
セレーネは自身の大切な者であるセフィリアを取り返す時をずっと待っていた。そして、対抗する為の力を手に入れた今こそがその時と確信したのである。
「実は既に天界へ攻め込む準備は出来ております、後は女神様のご命令さえあれば……」
シェムハザはそんなセレーネの考えを全て見通しているかの様に、準備が出来ている事をいつもの笑顔で告げた。
毎回、私の考えを見透かしているのでないのかと思う程、なんてタイミングがよいのだろうか。……実は本当に他者の思考を読める能力があるのではないのだろうか?
「皆を呼んでください」
「はい」
シェムハザは一言返事をするとその場を離れ、セレーネはゆっくりと立ち上がり広間へと向かった。
決断の時だ、今度こそ負けない。
「今日は、新たな天使による新たな時代の幕開けとなるでしょう。皆様、共に戦いましょう」
セレーネは他の超越天使に向けて力強く宣言する。セレーネの言葉を聞いた天使達は、涙を流したり、体を震わせて興奮したり、目を輝かせセレーネを強く見つたりしていた。
待っていてね、セフィリア様!
超越天使らが決起しようとした時、天界では……。
「流石は新たな主となられるお方です」
もう一人のセレーネとラファエル、そして虚ろな表情をしたセフィリアが主の間にいた。
「力の言葉の牢獄、かつてミカエルの力を奪ったケルビムが使っていた、言葉で相手の動きや思考を操作する、Mの書に記された天空術です」
「でも、ラファエル様と私の二人の力が無いと発動できないんだよね」
「ええ、それでも使える事は凄い事なのですよ? 本来は主のみが使える術ですからね」
二人は呆然とするセフィリアの前で、セフィリアの自由を奪った天空術について話し合っていた。
「後、私はセラフィム様が天界の主に戻る事を手伝うだけで、私が主にはならないんだよ?」
「……そうですね、失礼しました」
私の計画は順調。否、むしろ予想以上の成果をあげていた。
しかし、計画が進むほど私の思っていた事とは大きく違ってきている。セレーネの思いはこれほどとは……、それほどにセフィリアを好いていたなんて……。
ラファエルの本当の目的はセフィリアを殺害し、過去にセフィリアの力を引き継いだセレーネを新たな主とする事だった。
だが、その計画は半分破綻していた。
肉体を蘇生、浄化する過程でセレーネの精神と記憶をある程度書き換える事に成功し、ラファエルを慕う……、この場合は従順と言った方が適当か。しかし、それでもセフィリアに対する愛情が消える事は無かったのである。
その結果として、ラファエルには従い逆らう事は無いが、主になる事は拒み続け、セフィリアを擁立する考えだけは譲らず現在に至る。
結局、ラファエルが統治代行者として象徴でありつつ、裏ではセレーネが、セフィリアが来るまでの一時的な期間、天界の運営をしている。
ラファエルはセレーネのセフィリアに対する愛情の深さを見誤ったのである。
確かに、よく考えればセフィリアは母親も同然の存在。仲間ではなく、家族なのだから……。
「た、大変です! ラファエル様!」
ラファエルが自身の計画について考えていた時、下位天使が青ざめた顔で主の間へと駆け込んでくる。
表情から察するにただ事では無いのだろう。
「どうしましたか?」
「こ、琥珀色の瞳を持った天使が……、攻めてきました!」
琥珀色の瞳という言葉で、ラファエルは首謀者が誰なのかをはっきりと確信した。かつてセフィリアを討伐しようと二人で赴き、そして失敗した天使達の事だろう。
では何故その二人が天界へ攻めてきたのだろうか?
かつてのケルビムの様に自らが支配者となるべく、天界の力が衰えているこの時を狙ったというのだろうか?
同志と潜み、時期が来るのをずっと待っていたと言う事なのだろうか?
それとも、何か別の理由がある?
具体的な理由は解らないが、まさかセフィリアを取り返す為に攻め入ろうとするの……?
しかし、セフィリアを取り返して何のメリットが……、もしかしてセレーネと同じくセフィリアを主として迎えるため。救出し、その功績で重責を担い、自身の地位を確立される事が目的?
二度ほどしかあってなかったけれど、そこまであざとい考えの持ち主とも思えない、けれど本当にそうだったら……。
それとも、私すら知りえない何か、もっと、天界全土を震撼させる様な事を考えているのだろうか。
元々何者か素性の解らない連中だったが、まさか裏切るなんて……。
ラファエルの心中は荒波のたつ海のごとく穏やかではなかった。
まずは思慮よりも目の前の脅威を退けなければならない。ラファエルは優しく、そして残酷な命令を下位天使に下す。
「全員、迎撃なさい。彼らは天使ですが我々とは違う存在です、殺してしまっても構いません」
理由はどうあれ、今の天界に武力で訴えてきたのは事実。それなら、排除しなければならない。統治代行者としての責任を、私は果たさなければならない。
下位天使は命令を伝え、裏切り者の対応を急ぐ為、駆け足でその場を去る。
それとは入れ違いに、琥珀色の輝きを身に纏った一人の天使が主の間へと入ってきた。
シェムハザやアザゼルとは異なる容姿を持つ、彼女もまた同志の一人だと言うのか?
しかし、かつて私に謁見してきた二人がここへいち早く来ると思っていたが、こんな名の無い天使が真っ先に訪れるなんて……。
しかし、ラファエルの考えとは裏腹に少女セレーネは剣を出して構え、冷たい視線で言い放った。
「ねえもう一人の私、そんな姿へと変わり果ててしまった可愛そうな私。あなたは何を成し、何の為に生きているの?」
ラファエルは気づかなかったが、もう一人の私はすぐに解った。
主の間に誰よりも早く入った琥珀色の天使は、生まれ変わった私である事を……。
もう一人の私は前と同様に冷たい眼差しで私を見ていた。
「あなたならよく知ってるじゃない、それとも、そんな事も忘れてしまったの?」
女神となったセレーネはかつてサマエルから受け継いだロンギヌスを出して構える。
ずっとこの時を待っていた。もう昔の私とは違う、もう一人の自分を打ち破り、セフィリア様を助けるんだ!
「……そうね、確かに覚えている。なら決着をつけよう」
少女のままのセレーネも、剣を出して同様に構える。
何度来ても、何をしても、何になっても結果は同じ。お情けで生かしておいたけれども、今度はもう一人の私を確実に消滅させる。セラフィム様は渡さない!




