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scene 48 罪と正義の狭間に揺れて act 2

 セレーネは来た道を行き、五本目の道へと進む。今までより遥かに大きい、生まれ変わった自分と同じくらいの大きさの黒紫色の塊がセレーネの目の前に立っていた。

 今まで以上に強い意志と眼差しで、黒紫色の塊に触れる。


「傲慢を受け入れよ……」


 謎の声が聞こえ、黒紫色の塊が形を変えていく。それにあわせて周囲の景色も変化していき、現れたのは生まれ変わったセレーネ、今の自分自身であった。

 もう一人の大人の私は、とても満足そう、そして誇らしげにこちらを見つめている。

 風景は……、身に覚えが無い場所だった。巨大な樹の下だろうか、木漏れ日が私を優しく照らす。


「私が、誇らしいのよね」


 今までの無機質さがまるでない、自然な口調と笑顔で私に問いかけてきた。

 一体何が起こったのだろうか。ぎこちなさが無くなり、はっきりしていると言う事は、それだけ強く思っているという事なのだろうか?

 ……今は他の事は考えないでおこう。問いかけに答えるべきだ。

「ええ、この姿は私の理想通りだから凄く誇らしいよ。自信が持てた」

 セレーネはもう一人の大人の自分と同じ様に、満足げに、かつ誇らしげに話しかけた。二人のやり取りに反応するかのように、巨大の樹の枝は風にゆれ、落ちた葉は飛ばされていく。


 セレーネの自信に満ちた言葉に満足したかのように、もう一人の大人のセレーネはそっと微笑み、黒紫色の塊へと戻り、消滅してしまった。

 周りの景色も再び漆黒の闇へと戻ってしまう。

「あと二つですね、恐らく厳しい試練となるでしょう、それでも我らが女神ならば……」


 シェムハザの声の後、セレーネは今までと同様に来た道を戻り、六本目の道へと進んだ。

 そして、目の前に立つ黒紫色の塊に無言で触れた。

 そうだ、後二つ。それで試練は終わる。

 

「強欲を受け入れよ……」


 最早定番となった謎の声は、今までと同じ様に罪を受け入れることを促す声を放つと、黒紫色の物体は何とセフィリアへと姿を変える。それにあわせて周囲の景色は、昔自分が囚われていたルシフェルの居城の牢獄内へと移った。


 まさかこんな場所でセフィリアに会えるとは思わなかった。たとえ幻であってもかりそめであっても嬉しいセレーネだった。久しぶりの再開に喜びを感じ、セレーネはセフィリアへと駆け寄ろうとしたが……。


「ああ、セレーネ様ぁ……、私の親愛なるご主人様……、もっとご主人様ぁが欲しい……」


 そのセフィリアは服を着ておらず、首輪に繋がれ、足と手には金属製の枷がつけられていた。恍惚とした表情に、虚ろな瞳の輝き、緊張感の無い口元からは、唾液が漏れている。

「セフィリア様……? これは、どういう事なの?」

「私は、あなた様の従順なる奴隷……」

 セレーネは躊躇し、困惑する、そして間もおかず、自分自身を恐れた。今まで、私が内心に望んでいた事を投影し、それらを受け入れれば新たな力に目覚める。そう予想していた。

 そして今回も恐らくその予想に当てはまるのであろう、つまり、私はセフィリア様をこんな風に自分の所有物としたいという事なのだろうか……。


「ワタシガ、ホシイノヨネ」


 そんな事はない。断じて決して絶対に違う!

 セレーネは素直に受け入れられなかった。私はセフィリア様に憧れていた、私はセフィリア様に必要とされたかった、かけがえの無い存在でありたかった。

 でも、こんなセフィリア様を自分の手で独占するなんてとんでもない。ありえない。


「スベテヲホシガリナサイ、アナタトワタシハヒトツ……」


 セレーネの強い拒絶の末、セフィリアは再び黒紫色の塊へと変化し、サマエルやルミナの時と同様にセレーネを包み込もうとしてきた。

「そんな……、私はそんなの……、望んでな……」

 体の動作はしなかったが、セレーネは拒否し続けた。しかしその思いも虚しく、否定の言葉の途中にセレーネは黒紫色の塊に包まれてしまった。



「うわああああ!」


 声をあげて気がつけば最初にいた分かれ道の手前にいた。これもサマエルやルミナの時、罪の受け入れを拒んだ時と同じである。

 そして同様に、セレーネの体に特別な外傷は無かった。しかし、手は酷く震えていた。


 あんな事を取り込んでしまったのだろうか……。もしもそうならば、どんなにおぞましい事だろうか!


 セレーネは頭を抱え、その場にしゃがみこんで苦悩した。そのセレーネを見計らった様にシェムハザの声が聞こえる。

「そうなのです、あなたは受け入れたのです。詳しい内容は我々からは解りません。ですがあえて言いましょう、あなたは受け入れたのです」

 セレーネの認めたくない現実を突きつけるかのように、シェムハザは受け入れたことを何度も言い放った。


 嫌だ……、あんなの……、私はセフィリア様を……、怖い……。

 私はどうなってしまうの?

 こんなの認めたくないよ……。


 それでも、私は……。


 そして、今はもう……。


「……そうだよね、もう戻れないんだよね」


 逃げたかった、認めたくなかった、……誰かに助けて欲しかった。

 けれども受け入れてしまったのだ。

 今もずっと否定し続けているけれども、私の中にはもうあるんだ。


 それは胸のもやもやの上から不快な何かが追加されたかのような、奇妙な感覚を受けた事で実感した。

「進むしかない……」

 セレーネは立ち上がり、最後の道へと進んだ。

 七つ目の罪、今までの中で最も大きいであろう黒紫色の塊に触れる。


「嫉妬を受け入れよ……」


 七度目となり、既に聞きなれた謎の声の後、黒紫色の塊は景色と共にゆっくりと変化していく。


「やっぱり、そうだよね」

 ここまでの経験で、セレーネは薄々感づいてはいた。そしてそれが意味する事も頭では解っていた。


 黒紫色の塊は、いつもの白いドレスに栗色のロングヘアー、そしてまるで母親の様にこちらを優しく見つめるセフィリアの姿へと変化した。

 周囲の景色は、私達が住んでいた小屋の中。


「ワタシガ、ウラヤマシイノネ」


 一度だけ明瞭に聞こえた声がまたぎこちない喋り方へと戻る。これも理由は解っていた。

 私の中で確固たる意思がある場合、声がはっきりと聞こえ、迷いがある場合はぎこちなく聞こえる。


 一番最初、暴食の時は、私自身それに関する願望が無かった。だから何も起こらなかった。

 二番目、怠惰の時は、ごく僅かだが私は望んでいた。そしてそれを認めた。

 三番目、色欲の時は、本当は望んでいないはずなのに出てきた。と言う事は潜在的に望んでいたと言う事だろうか。

 四番目、憤怒の時、今までとは比べ物にならないほど認めただろう。しかし口調が無機質だったのは、自分が信じられない。すなわち、今のままではもう一人の自分に勝てる自信が無かったからだろう。

 五番目、傲慢の時、ずっと憧れていた大人になれた。それによって自信がついた。その堅牢な自信の表れがあの明瞭ではっきりとした口調だったのだろう。

 六番目、強欲の時、私は否定した、そして自分が潜在的にそう思っている事に恐怖した。今まで以上に拒絶した。だからあのような結果となったのだろう。


 これら今までの経験を振り返り、私自身が本当に望んでいる事。


「私はセフィリア様になりたかった。だからあなたが羨ましい」

 少なくともここでは自分の想いに目を背き、誤魔化し、嘘を付く事が出来ない。セレーネはぎこちない笑顔で自身の想いの真意を話し始める。

「そして、セフィリア様だけじゃない、全てに愛されたい。もっと私を見て欲しい!」

 想いは感情を大きく揺らす。結果はセレーネは笑顔のまま無意識のうちに涙を流していた。

 その様子に満足そうな表情をしながらセフィリアは黒紫色の塊へと戻り、ゆっくりと消滅していく。


「お疲れ様です、よくぞ全ての試練を超えました。我らがグリゴリの女神、セレーネ様」


 漆黒の空間から弱弱しい光が差す、その先にはシェムハザが笑顔でセレーネの帰還を待っていた。

 セレーネはゆっくりと光の方へと向かう。


 見た目は琥珀の知恵の実を取り込んだ時から変わったわけではないが、胸の中は大きく変わっていた。

 なんだろう、この満足感と高揚感は……。

 不思議と心地のよい感覚に身を委ね、セレーネはシェムハザにそっと問いかけた。


「全て、私が望んでいた事なのですね……」

「よくぞ、お気づきで。女神セレーネ様」

 試練の真意を見抜いた事、そして乗り越えた事によって真なる自分に目覚めたセレーネに敬意を表するかの様に、頭を深々と下げた。

「……皆が、待っています。さあ、参りましょう」

 セレーネとシェムハザは歩みを進めた。そして、他の天使達がいる広間へと向かう。




「皆の者に聞いて欲しいのです。今、我々はグリゴリの象徴、やがては天界の新たな主となる天使を迎えました」


 シェムハザは超越天使ら全員に聞こえる様、大声で話した後、セレーネの方を手で指す。

 その瞬間、他の天使達からは歓迎と感嘆の声が聞こえた。


「おお、あれが新たな主か……」

「なんて神々しい」

「女神の誕生だ……」

 そこにいた全ての超越天使は一部の例外も無く、セレーネの事を歓迎し、そして新たな象徴に尊敬と愛情を注いでいた。


「皆様ごきげんよう。私、セレーネと申します」

 セレーネはドレスのスカート部分をかるく持ち上げ、頭をそっと下げる。

 一杯だった気持ちが天使達の感嘆と歓声によってさらに高ぶり、あふれ出た時、セレーネは高らかに宣言した。

「私は女神、全てを愛しましょう。皆様を祝福と加護を与えましょう」


 ついに身につけた、セフィリア様を救える力を。

 ついに手に入れた、全てに愛される魅力を。


 ……セフィリア様を超える自分を、何者にも負けない自分を手に入れたんだ。


 あふれ出る気持ちを受け止めるかの様に、セレーネは自分の胸に手をそっと当てた。


「我々、新たな時代の天使達はあなた様を欲していたのです。そして、ここへ来られた。皆、あなたを慕い、どこまでもついて行く強い意志の持ち主なのです」


 シェムハザはセレーネに跪き、セレーネに絶対の服従と忠誠と愛を誓った。

 他の天使も声こそは出さなかったが、全員同じ思いであった事はセレーネには容易に伝わった。


 そんな自分を慕ってくれる天使達に答えるかのように、そっと笑顔を見せる。


 しかし、気持ちが高ぶれば高ぶるほど、一杯になって溢れれば溢れるほど、セレーネの琥珀色の瞳の輝きが危ういものになっているのは、ここにいる全員誰も気づいていない。



次回予告


力を手に入れたセレーネは、セフィリアがさらわれてしまった天界へ攻め入る事を決意するが……。


そこで起きる事実によって、天使達は例外なく驚愕するのであった。


次回、scene 49 琥珀色の輝きは、眩む程に限りなく光る

「今日は、新たな天使による新たな時代の幕開けとなるでしょう。皆様、共に戦いましょう」

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