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scene 42 第一章最終話 天使の記憶(エンジェルメモリー)

 三人はかつてセフィリアが滅ぼした街に到着した。そこにはルシフェルの予想していた通り、黒い服のセフィリアが静かに佇んでいた。


「あなたは全ての破壊を望んだ、だから私が生まれた、私は秩序も法も自由も平等も命も思いも……、壊せるモノは何でも壊す。そうね、全てを破壊しつくし(デスト)万物の滅びを祈る者(ラクター)と言うべきなのかしら?」


 こちらを振り向かず、後ろを向きながらデストラクターは語った。やはりこの存在を野放しにしておくのは危険すぎる。そう再確認せざるを得ない。


「私はあの時自分の弱さで狂気に身を委ねてしまいました、その結果あなたと言う恐ろしい存在が生まれたのです。ここであなたを、自身の狂気を超えなければこの先の未来は無い!」


 セフィリアは黒い翼を広げ、サンクトゥスを持ち構える。セレーネ、ルシフェルも各々の得物を出して構えた。

 あれだけ強大な力を持ったケルビムですら黒い服のセフィリアを傷つける事が出来なかった、どういう原理かは不明だが、どうしようもなく打ち勝つには困難を極める相手である事を全員は知っていた。


「速攻の聖光、クイックリライト!」

 セフィリアは自身の動きを爆発的に速くする天空術を使い、デストラクターに猛然と斬りかかる。デストラクターのセフィリアはそれに対して振り向くが不敵に笑うだけで、避けようとも防ごうともしない。

 サンクトゥスは難なくデストラクターを捉えたはずだった、だがまるで空を斬るかのように全く手ごたえがない。


「あなたが一番解ってるじゃない、私は倒せないって、衝破の神光パルスエクスプロウド」

 デストラクターは自身の両手をセフィリアの腹部に当てる、すると高熱を伴う小規模な爆発が生じセフィリアは大きく吹き飛ばされてしまう。

 ショックで僅かな時間ではあったが気を失うセフィリアであったがすぐに自身を取り戻し、翼を広げて勢いを殺し体勢を整えた。そしてセフィリアの体の影からセレーネが光の速さを伴ってデストラクターへと突撃する。


「全てを穿つ貫通の神光、ピアシングオブディバイニティ!」

 セレーネ渾身の一撃はデストラクターを貫く、だがまるで霧の様に体をすり抜けセレーネはそのまま勢いを殺しきれずに瓦礫へと突っ込んだ。相手が余りにも強大ゆえに、手加減を一切せず全力で攻撃したのである。


「どうして解らないの? 私には何も効かないの。私は恐怖、見るものによって悪霊、邪龍、もう一人の自分、憧れの誰か……、それはあなたが恐れている存在」


 デストラクターは平然とした顔のまま、セフィリアの方を向き胸に手を当てて目を閉じた。


「私の姿が自分自身に見えるのであらば、それは自分を恐れている事。それもとびっきり絶望した時に生まれたのだから、今のあなたが到底敵う訳ないじゃない」


 ケルビムと戦った時もそうだった。彼女は、デストラクターには攻撃が効かない。


 厳密に言えば全ての攻撃が、武器による物理的な攻撃も天空術による攻撃も何もかもデストラクターの体をすり抜けてしまうのである。

 それはまるで蜃気楼や幻影と戦っている様な感覚にすら陥るが、デストラクターの攻撃はセフィリア達を確実に捉える。


「私に一つ試させて貰おう」

 ルシフェルが途方に暮れた二人の前にゆっくりと歩み、デストラクターに剣の切っ先を向ける。

「絶対零度の瞬間氷結、冷停の神光アブソリュートフリーズ!」

 黒水晶の剣の先端から青白く輝く光線がデストラクターめがけて照射される、いつもの様に彼女は避けようとも防ごうともせず、光線は体を突き抜ける……はずだった。



「あら、これは……」

 光線がデストラクターの体に触れた瞬間、体は瞬時に凍結しデストラクターは全く身動きがとれなくなってしまった。


「やはりな、この者の肉体は我ら天使の光ではなく、人間の物でもなく、水分であったのだ。霧状となった肉体はいかなる攻撃をもすり抜けてしまう、だから私は凍結させ攻撃が当たる様にしつつ動きを封じたのだ」


 流石はルシフェルの観察眼と分析能力である、かつて天界の主の片腕として名を知らせ、堕落してからも名立たる悪魔達を統率し天界全てを敵に回すほどの天使である。


 セフィリアもセレーネも彼の力にただ感心し、そして畏怖した。


 ルシフェルはデストラクターの完全凍結と確認すると真っ直ぐに目指す、黒水晶の剣をしまい、変わりに柄の短いメイスに持ち替えて固まったデストラクターを叩き壊していく。


 まず第一撃は右腕を破壊した、胴体から離れた腕は砕けた瞬間霧散して消滅して行く、次に左太ももを破壊する、同様の現象がおこり体勢を崩したデストラクターは成すすべなく地面へ仰向けになる様に倒れてしまった。


 ルシフェルは勝利を確信した、そして殺された先代セラフィムを事を思った。


「我が愛すべき天使よ、ようやくあなたの無念晴らす事が出来そうだ」


 メイスを大きく振りかぶり、凍結した頭蓋を叩き壊そうと振り下ろした!





「何だと……!」




 メイスは凍結する前のデストラクターに攻撃を当てた時と同様に体をすり抜け、地面に深くめり込む。


「あなたの自信に満ちた顔を絶望の染めたかったの。私って意地が悪いかしら?」


 無傷のデストラクターが自身の持つ青白い剣でルシフェルの腹部を貫く。貫かれたルシフェルは苦痛と絶望の底の底へと落ちるかのようにその場に倒れる。


「どうして? 一度は凍結したのに……」

「まさか、凍結したふりをしてたなんて……」

 その衝撃はセフィリアとセレーネにも十二分に伝わっていた、ルシフェルですら容易く手玉に取る彼女の力の圧倒的な差は、最早次元が違いすら感じる。


 悶え苦しむルシフェルをデストラクターは冷たい眼差しで見下し微笑む、そこには圧倒的優越感となす術の無い無力感しか無い。


「私は私より生まれた、故に私を超える事なんて出来ない。私が最高に絶望し、現実から目を背き、全てを否定したあの時に生まれた。私を超えると言う事は、あの時を凌ぐ何かがなければならない」


 デストラクターの表情は、かつて狂気に委ねたセフィリアがしていた満足げな表情と同じ顔をしていた。


「それをあなたは出来るというの?」


 デストラクターはルシフェルを足蹴にし踏み躙り玩ぶ、ある程度するとそれも飽きたのか衝撃波の様な力を発して遠方へと吹き飛ばす。

 最早どうする事も出来ないのだろうか?

 彼女を打ち、二人の穏やかな生活を手に入れる事は叶わないのだろうか?


 しかし、この逆境の中ですらセフィリアとセレーネは諦めてはいなかった。それは互いの目的成就の為の強い意思と決意の表れであった。

 昔だったら諦めていただろう、このまま逃げ続けていたのかもしれないが今は違う。それを証明するかの様のセフィリアは一歩前へと出て言い放つ。


「確かに私は弱い存在、それは今もこれからも変える事の出来ない事実。だからこそ弱さを認め、自分を認め、全てを受け入れていく。もう何からも逃げない、セレーネが居れば何者にも負けない」

「二人だったらなんでも超えていけるよ」


 セフィリアとセレーネは互いの手を強く握り、空高く舞い上がって行く。二人は自身の持てる全ての力を解放する。白銀の光と金色の光が周囲を眩く照らし、二人は同時に天空術の詠唱へと入った。


「月の光満ちる時、過去の嘘と未来の虚は真実に光に照らされる……、全ての偽を穿つ(ペネトレート)破壊の月光(ムーンライト)、クリティカルストライクディバイニティ!」

 白銀の光をその身に纏ったセレーネはセフィリアの手をゆっくりと離すと、光をも超える速度でデストラクターへと突っ込む。


「光集いし時、万物を照らす力ここに光臨せん……、星海創造を司る(ライジングトゥルース)純然の光(シャイニング)、ノヴァカタストロフィ!」

 黄金の光をその身に纏ったセフィリアは片手に莫大な光の力を蓄えると、セレーネの後を追う様にデストラクターへ突撃し直接叩きこんだ。



 二人とも初めて発動する術であった、それは各々の切り札を昇華させ極限を超えて発動する、その凄まじく迸る互いの力は交わりぶつかり、世界を眩い純白で満ちていく。















 ……とても心地よい。それはまるで温かい何かに包まれている様に。

 ……今までの戦いが嘘のような静寂と穏やかな空間に身を委ねて。

 今までの戦い……?



 そう、私は私自身に決着をつけなければならない!



 まどろみから自身を解き放ち、セフィリアが気がついた時は周囲がとても暗く青い世界にいた。周囲がきらきらと光る星の海の様に小さな光と大きな光が散りばめられている。


 体に力を入れようとするが、まるで水の中をたゆたうかの様な感覚に多少戸惑う。それでも漆黒の翼を広げ体勢を整えると、そこには一人の少女が居た。


 少女はオーロラの様に七色に光りなびく、自身の身長よりも長い髪を携え瞳の色も同様の七色の光を淡く発している。セフィリアの目からはそれしか解らず、輪郭と細かい部分は霧で遮られているかのようにぼやけている。


「あなたは誰なの……?」


「私は母であり父であるの、そして秩序と混沌の根源であり生命の起源、あるいは万物の真実、嘘の象徴……」


 ぼやけていても七色の少女がそっと微笑んだような気がした。それはまるで自身の子供を迎え入れる母親のようなおぼろげで優しい笑顔だった。


「お久しぶりです、光の創造主よ」

「何を言っているの?」

「あなたは既に知っている。自身の運命を」


 セフィリアには確かに心当たりがあった。それはセレーネと会う以前に、ラファエルから少しだけ聞いたことがある。


「天界の主の新たな寄り代として、本来天使は金髪碧眼に対し、各々固有の髪色と瞳の色を持つ天使が誕生する。それは天界では覚醒天使オーバーエンジェルと呼ばれている。覚醒天使は主亡き後、主の力と意志に目覚めて天界を統治していくのだけれど……」


 セフィリアの髪色は栗色で、瞳の色は緑色である。


 確かに主が亡くなった時、私は主として目覚めなかった。それに対して他の大天使達が議論したが、その時はケルビムが有耶無耶にしていた。


 深く追究されていれば、セフィリアが禁忌を犯してしまった事が発覚してしまい、セレーネもろとも処断されていただろう。皮肉にも己が頂点に立たんとしたケルビムの野心が私を救っていたのだ。


「あなたは目覚める前に罪を犯してしまった、それが直接の原因かは解りません。今まで前例がない。私ですら予想しない事態なのですから」

 確かに、何故目覚めなかったのだろうか?

 やはり人間と交わった事が原因なのだろうか。


 しかし、今はその事よりも決着をつけなければならない事がある。


「お願い、セレーネともう一人の私がいる場所へ返して。あなたがどうやってここへ私を連れてきたのか解らないけれど、あなたにしか出来ない事だと思うから……」

「私はあなたの目を通じて地上と天界の様子を見ていました。確かに今のあなたならば自身の狂気に対抗できるでしょう、でも、今の世界を救う必要があるのでしょうか?」


 穏やかな表情のまま七色の少女が淡々と問いかける。地上は荒廃しきっているのは紛れも無い事実であり、利己的な考えによって多くの者が犠牲となっている現状を今更否定する事は出来ない。

 セフィリアも、人間の男によって汚された。それはその男の欲望によるモノであるから、ある意味自身も被害者なのである。


「世界の事、私には良く解らないけれども、私は……、これからもセレーネと一緒に過ごしたい」


 今のセフィリアにはどんな問いかけも脅しも無駄であった。ただセレーネを信じて前に進む、その一点に尽きるのであった。

 どんな鉱石よりも固く一切揺るがない精神は、七色の少女にも伝わったのか穏やかな表情は悲しみの色に染まっていく。


「そこまで言うならば自身の信じる道をお進みなさい。そして見せて欲しいのです、あなたの想いを……」


 セフィリアは再び光に包まれて行く。そして次の瞬間目覚めた時、泣きそうな表情のセレーネが居た。


「セフィリア様! よかった、無事でよかった!」


 全身傷だらけのセレーネはセフィリアに強く抱きつく、辺りを見渡すと瓦礫は全て消し飛んでしまい周囲は荒野と化していた。

 そして、黒い服のもう一人の私、デストラクターが力なく倒れていた。


「セフィリア様は勝ったんだよ!」

 セレーネはセフィリアの勝利にとても感動していた、しかしセフィリアはまだ喜ぶ事が出来なかった。


「……いいえ、まだ終わっていません」

 満身創痍の体に鞭を打ちなんとか立ち上がると、デストラクターは操り人形の糸が繋がったかのように上体を起こし立ち上がる、彼女の顔は先ほどの攻撃のせいだろうか、額を中心にヒビの様な傷がついていた。


「言ってるじゃない、私を倒す事は不可能だって……」


 邪悪な笑顔でデストラクターは言い放つ、その言動から伝わるのは恐怖と脅威でしかない。


「それでも、立ち向かわなければならない。向き合わなければいけない。もう私は逃げない! 私はセレーネを守ってみせる!」

 セレーネをそっと自身の後ろへ下がるように手で合図した後、セフィリアはサンクトゥスをしまい、銀の杖を出すと杖を地面に突き刺し先端を手で覆い力を集中させる。


「私は全てを拒み続ける! 誰にも私は理解されないし私も理解はしない! 何もかも全部全部全部壊れてしまえ!」


 それは狂気と言う言葉ですら温過ぎる、デストラクターの純粋なる黒い感情から紡ぎ出された発言であった。

 その言葉にもセフィリアは一瞬の笑顔の後、纏っていた金色の光は力の集中に伴い、青白く輝く光へと変化した。


「何この力……?」

「これは、主の光か」


 今まで気を失っていたルシフェルが体勢はそのままで何とか話し始めた。

「セフィリアは覚醒天使だったのだ、覚醒天使は主の寄り代であり主亡き今、その力が開花したのだ」

「じゃあ、セフィリア様は天界の主になってしまうの?」

 ルシフェルの言葉によりセレーネの心の中を不安が支配して行く、このままデストラクターに打ち勝ってもセフィリア様が居なくなってしまうのではないのかと。


「セフィリア様!」


「なら私があなたを受け入れる。そして理解する。闇を照らせ、深淵を光に染める天光、セイクリッドピュアネスアーク!」


 セフィリアの力が最も高まった時、青白い光はそこにいる全てを眩く照らしていく。


「いやあ! セフィリア様行かないでー!」


 セレーネの心からの叫びも、光は無情に包みこみかき消していく……。

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