第十二話:魔法の仕込み
私のお店の前の通りには、数十個にも及ぶ大きな麻袋が山のように積み上げられていた。
その中には、私がこの世界にやってきてからずっと求めていた白いお米と、茶色くて大きな大豆がぎっしりと詰まっている。麻袋から漏れ出す穀物特有の香ばしい匂いが、お店の周りに広がっていた。
家を追い出されてから、ここまで本当に長かった。でも、ついに私は和食を作るための最大の武器を手に入れたのだ。これさえあれば、私の理想とする美味しいご飯と、風味豊かなお味噌とお醤油を作ることができる。
ただ、喜んでばかりはいられない。
これだけ大量の食材を、ただ外に置いておくわけにはいかないからだ。
「さあ、このまま外に置いておくわけにはいかないわね。コテツちゃん、この荷物を全部、お店の中の土間まで運んでちょうだい」
私がお願いすると、コテツちゃんは力強く頷いた。
彼は太い両腕で、重たい麻袋を一度に三つも四つも抱え込み、軽々とお店の中へ運び入れていく。大人が何人もがかりでやるような作業を、一人で、しかも驚くべき速さでこなしていくのだ。
数十個もあった麻袋は、あっという間にすべてお店の広い土間へと移された。
穀物は湿気に弱く、温度が高い場所に置いておくとすぐに傷んでしまう。それに、ネズミや虫たちの格好の標的になってしまう恐れもある。この貴重な食材を長く良い状態で保つためには、涼しくて、乾燥していて、外部から何も入り込まないような専用の保管場所が必要不可欠だった。
さらに、これからお醤油とお味噌を仕込むための場所も確保しなければならない。発酵の工程には、温度の変化が少ない静かな環境が一番適している。
私は、自分が魔法で作った厨房の床板を見つめながら、頭の中で設計図を組み立てていく。
「コテツちゃん、この建物の地下に、広くて涼しいお部屋を作ろうと思うの。私たちのたいせつな食材を守るための、大きな貯蔵庫よ」
私が声をかけると、コテツちゃんは大きな両手で自分の胸をドンと叩いてみせた。任せておけという彼なりの力強い返事だ。
私は厨房の奥、作業台から少し離れた床板の前に立ち、両手をついて魔力を練り上げた。
床板の下には、厚い土の層がある。その土を操作して、下へ下へと空間を広げていく姿を頭の中に思い描く。
「クリエイト」
私が言葉を発すると同時に、床板の一部が音もなく開き、その下の土が生き物のようにうねり始めた。
階段の形を作りながら、地下へ向かって土が掘り進められていく。掘り出された余分な土は、建物の外の空き地へとつながるように地面の下を通って外へ排出されていく。
階段を降りた先には、お店の土間と同じくらい広い空間を作り出す。天井は私の背丈よりも高くして、頭の上が窮屈にならないようにする。
地下の土の壁は、崩れてこないように魔法の力でガチガチに固め、ひんやりとした冷たい空気だけが留まるように調整した。湿度の高い空気が溜まらないように、外へとつながる小さな通気口も忘れずに設けておく。
数分後、厨房の床下に、とても涼しくて広い地下貯蔵庫ができあがった。
「よし、お部屋はこれで完成ね。次は、食材を入れるための入れ物よ」
私は地下室に降りて、そのひんやりとした空気を肌で確認してから、今度は土の壺を作り始めた。
麻袋のまま置いておくと虫が入ってしまうかもしれないから、分厚くて頑丈な壺に小分けにして収納するのだ。
私は地面の土を操作し、私の腰の高さくらいある大きな壺を次々と造形していく。表面はツルツルにして汚れがつかないようにし、蓋は壺の口にぴったりとはまって密閉するように工夫する。
地下室の壁に沿って、ずらりと数十個の大きな土の壺が並び終える。
「コテツちゃん、土間にある麻袋を、この壺の中に全部移し替えてほしいの。白い穀物と茶色いお豆は、別々の壺に分けてね」
私が階段の下から声をかけると、コテツちゃんはすぐに作業に取り掛かった。
彼は重い麻袋を軽々と持ち上げ、地下室まで運んでくると、壺の中へザザーッと中身を流し込んでいく。
白いお米が滝のように壺の中へ落ちていく音は、聞いていてとても心地よかった。茶色い大豆もコロコロと音を立てて、次々と壺の中へ納められていく。
コテツちゃんはとても力持ちだけれど、動きはとても丁寧だ。一粒のお米も、一粒のお豆も床にこぼすことなく、壺の中へ移し替えてくれる。
私が蓋をしっかりと閉めて回る間に、土間に山積みになっていた麻袋はすべて空っぽになり、地下室の壺が食材で満たされた。
「ありがとう、コテツちゃん。これで食材の保管はばっちりよ。涼しいから長持ちするはずだわ」
私は並んだ壺を見渡して、大きく息を吐き出した。
これで第一段階は終了だ。
次は、いよいよ一番大切な工程、お味噌とお醤油の仕込みだ。
私は茶色い大豆が入った壺から、両手で抱えきれないほどの大豆を取り出し、大きな木の桶に入れた。
そして、厨房へ戻り、水受けの鉢で綺麗なお水を使って大豆を洗い始めた。
ジャブジャブと音を立てて洗うと、大豆の表面についていた細かい汚れが落ちて、水が少し濁る。水を何度も入れ替えて、水が透き通るまで丁寧に洗い続ける。
洗った大豆を、コテツちゃんが用意してくれた大きなお鍋の中へ移し、そこへたっぷりの綺麗なお水を注ぎ込んだ。
「まずは、このお豆を柔らかくなるまでじっくりと煮込まないといけないの。とっても時間がかかる作業だけど、ここを適当にすると美味しいお味噌にはならないのよ」
私が説明すると、コテツちゃんはかまどの前に立ち、薪の量を調整して火力を強めた。
お鍋の下でパチパチと元気よく火が燃え上がり、お水が少しずつ温められていく。
私は木のお玉を持ち、お鍋の前に立ってじっと様子を見守った。
しばらくすると、お鍋の中からコトコトという音が聞こえ始め、お湯が沸騰してきた。
大豆が煮える独特の甘い匂いが、湯気と一緒に厨房の中へ広がっていく。
お肉の匂いとは違う、素朴で優しい大地の匂いだ。
「わんっ! わふぅ!」
その匂いに釣られて、ハクが土間から飛び込んできた。
彼は大きなお鼻をヒクヒクとさせながら、かまどの周りをぐるぐると回り始めた。お肉の時ほどではないけれど、食べ物の匂いがするから気になって仕方がないのだろう。
口の端からは、すでにお約束のように少しだけよだれが垂れている。
「ハク、これはまだ食べられないのよ。お豆を柔らかくしているだけで、味は全然ついていないの」
私がなだめるように言うと、ハクは「くぅん」と少し残念そうな声を出し、前足を床につけて伏せの姿勢になった。それでも、お鍋から立ち上る湯気をじっと見つめて、いつでも食べられるように準備をしているようだ。
本当に、食べることに関しては誰よりも真剣な子だ。
お鍋の表面には、白い泡のようなアクがたくさん浮いてきた。
私は木のお玉を使って、そのアクを丁寧にすくい取っていく。このアクを残したままにすると、お豆に嫌なえぐみが出てしまう。
美味しい調味料を作るためには、こうした地道な作業の積み重ねが何よりも大切なのだ。
コテツちゃんはかまどの火が強すぎず弱すぎず、常にお湯がコトコトと静かに波打つ状態を保つように、空気の通り道を微調整してくれている。彼の火の管理は本当に素晴らしく、私が火加減を気にする必要は全くなかった。
外の太陽が傾き始め、厨房の中に差し込む光がオレンジ色に変わってきた頃。
お鍋の中から漂ってくる匂いが、一段と甘く、深く変化した。
「そろそろいいかしら」
私はお玉で大豆を一粒すくい出し、少し冷ましてから指先で軽くつまんでみた。
力を入れなくても、指の腹で簡単にお豆がぐにゅっと潰れる。芯までしっかりと火が通り、十分な柔らかさになっている証拠だ。
「よし、いい具合に煮上がったわ。コテツちゃん、火を止めてちょうだい」
私の指示で、コテツちゃんがかまどの空気穴を閉じ、火を落とした。
私は重いお鍋をかまどから下ろし、作業台の上へ移動させた。
ここからが、さらに力が必要な作業だ。
煮上がった大量の大豆を、細かく潰していかなければならない。粒の形がなくなるまでしっかりとすり潰すことで、後で塩や特別な菌としっかりとなじむようになるのだ。
「コテツちゃん、お手伝いをお願い。このお豆を、できるだけ細かく潰してほしいの」
私が魔法で土から作り出した、巨大なすり鉢と太いすりこぎ棒を用意した。
コテツちゃんはその太いすりこぎ棒を両手でしっかりと握り、すり鉢の中に入れられた大豆に向かって、力強く、そして正確に棒を押し当てていった。
ゴリッ、ゴリッ。
鈍く重い音が厨房に聞こえる。
コテツちゃんの圧倒的な力にかかれば、あんなにたくさんあった大豆も、あっという間にペースト状に変わっていく。
彼はただ力任せに潰しているのではない。すり鉢の底や側面に残ったお豆も逃さないように、すりこぎ棒を回す角度を細かく変えながら、全体が均一な状態になるようにとても丁寧に作業をしてくれている。
その無駄のない正確な動きは、見ていて惚れ惚れするほどだ。
「さすがね、コテツちゃん。とっても助かるわ」
私が褒めると、コテツちゃんは手を休めることなく、少しだけ胸を張ったような姿勢を見せた。
大豆がすべて綺麗に潰されたところで、私は市場で買っておいた大量の粗塩を用意した。
実際のところ、お味噌やお醤油を作るためには、お塩の他に麹と呼ばれる特別な菌が必要だった。
本来ならば――。けれど、私はこれまで王都の屋敷で隠れて色々な実験をしていた時、土魔法で作った空間の温度を細かく操作することで、食材の状態を変化させることができることを実証していた。
つまり、塩をしっかりとしみ込ませて、私の魔法で適切な温度を保ち続ければ、大豆が持つ自然な力で発酵が進むはずだと確信できていた。
これまでの実験結果。そして、キースさんが持ち帰ってくれたあの大豆そのものの力と、私の魔法を信じることにした。
「ここからは、お塩とお豆をしっかりと合わせるわよ」
私は潰した大豆の入った大きな器に、粗塩をたっぷりと振り入れた。
そして、両手を洗って清潔にしてから、器の中に手を入れて力強くこね始めた。
まだ少し温かい大豆のペーストが、指の間からむにゅっとはみ出してくる。
塩が全体にまんべんなく行き渡るように、底の方からすくい上げては押しつぶし、またすくい上げては押しつぶす。
お豆の甘い匂いと、お塩の少し尖った匂いが一つになって、なんとも言えない香りが立ち上ってくる。
「わふぅ」
ハクが、作業台の下からひょっこりと顔を出した。
彼は私が手で何かをこねているのを見て、いよいよ美味しいものが出来上がったと勘違いしたらしい。前足を私の膝にかけ、今にも器の中に顔を突っ込みそうな勢いだ。
「ダメよ、ハク。これはものすごくしょっぱいから、そのまま食べたらお腹を壊しちゃうわ」
私が厳しい声で言うと、ハクは「くぅん」と悲しそうな声を出し、しぶしぶ床へ戻った。それでも、諦めきれないのか、床にペタンと伏せたまま、私の手の動きをじっと目で追っている。
「本当に、食いしん坊なんだから」
私は苦笑いしながら、さらに大豆をこね続けた。
塩の粒が見えなくなり、大豆のペースト全体が少しだけ引き締まったような手触りに変わる。
これでお味噌の仕込みは終了だ。
同じようにして、お醤油の代用品を作るための仕込みも行う。こちらは水分を少し多めにして、お塩をしっかりと溶かし込んだ状態にする。
「よし、これで仕込みの作業は全部終わったわ。あとは、この子たちが美味しく変化してくれるのを待つだけね」
私は額に浮かんだ汗を腕で拭った。
仕込みが終わったペーストや液体を、新しく魔法で作った専用の土の壺へ移し替えていく。
空気が入らないように、表面を平らにして、重石の代わりになる平らな石を乗せた。そして、しっかりと頑丈な蓋を閉めて密閉する。
「コテツちゃん、この壺を地下室へ運んでちょうだい」
コテツちゃんは仕込みの終わった重い壺を大事そうに抱え、地下への階段を降りていった。
私もその後についていき、地下室の冷たい空気の中へ足を踏み入れる。
奥の壁際に、今日仕込んだばかりの壺をいくつか並べて置いた。
お味噌やお醤油が完成するまでには、普通なら数ヶ月から一年という途方もない長い時間が必要になる。
発酵させるための菌がゆっくりと大豆を分解し、旨味を引き出していくのには、それだけの時間がかかるのが常識なのだ。
しかし、私にはそこまで長く待つ余裕はなかった。
今すぐにでも、あのお醤油の香ばしさを味わいたいし、温かいお味噌汁を飲みたい。お店を開いてお客さんに食べてもらうためにも、早くこの調味料を完成させる必要があった。
ここでも私は、自分の得意な土属性魔法を応用することにした。
「クリエイト」
私は仕込みの入った壺の周りの床に両手をつき、細やかに魔力を流し込んだ。
壺を置いている台座の土が変形し、壺全体をすっぽりと囲うような分厚い土の覆いができあがる。
そして、その土の覆いの中の温度を、発酵が一番進みやすい少し暖かな温度に保つように、魔力で調整していく。
外の地下室の空気はひんやりと涼しいままだが、壺の周りだけは、まるでお日様に照らされているようなぽかぽかとした温度に保たれるのだ。
「土の覆いの中の温度を、一日中ずっと一定に保ち続けるの。そうすれば、中の働き者が活発に動いて、普通よりもずっと早く熟成が進むはずだわ」
私はさらに、コテツちゃんに向き直った。
「コテツちゃん、お願いがあるの。私が寝ている間や他の作業をしている時も、この壺の周りの土の温度が下がらないように、時々様子を見て魔力を少しだけ流し込んでくれないかしら」
私の言葉に、コテツちゃんは大きな両手で自分の胸を叩き、任せておけと力強く頷いてくれた。
コテツちゃんは私が生み出したゴーレムであり、私と魔力で繋がっている。だから、私の代わりに魔法の効果を維持するような作業も、彼なら正確にこなすことができるのだ。
私がつきっきりで温度管理をしなくても、コテツちゃんがいれば安心だ。彼なら、壺の温度を最適に保ってくれるに違いない。
「ありがとう、コテツちゃん。これで、数週間もすればきっと美味しいお味噌とお醤油ができあがるはずよ」
私は土で覆われた壺をポンポンと叩き、期待に胸を膨らませた。
◇
それからの数日間、私たちは毎日忙しく過ごした。
食堂を正式に開店するための準備だ。
土間の客席に置くための木のテーブルや椅子を、市場の木工職人のところへ注文しに行ったり、食器類を買い揃えたりした。
ハクは市場へ行くたびに、あちこちの屋台から漂ってくる美味しい匂いに鼻を伸ばし、その度に私に叱られていた。それでも、夜になると私が作るお肉とお野菜のスープを大きなお腹がパンパンになるまで食べて、満足そうに私と一緒に眠りにつくのだった。
コテツちゃんは、私の指示通りに、毎日欠かさず地下室の壺の温度管理を行ってくれた。
彼が一定の温度を保ってくれているおかげで、地下室に降りるたびに、壺が置かれている一角から、なんとも言えない芳醇な香りが少しずつ漂ってくるようになっていた。
最初は大豆の素朴な甘い匂いだけだったのが、次第に少し酸味のある、深くて濃い匂いへと変化してきている。
私が地下室へ様子を見に行くたびに、その匂いは強くなっていった。
「順調ね。とってもいい匂いがするわ」
私は壺の覆いをそっとさすりながら、中身がどう変化しているのかを想像してにこにこと笑ってしまうのを止められなかった。
お塩の尖った味が取れて、大豆の旨味が最大限に引き出されているはずだ。
あの匂いを嗅ぐたびに、早く白いご飯と一緒に食べたいという欲求が強くなっていく。
お店の入り口に飾るための看板も、コテツちゃんと一緒に手作りした。
大きな木の板に、私が筆で丁寧に『食堂 しゃーろっと』と文字を書く。
文字が読めない人でもご飯屋さんだとわかるように、ハクの顔の絵と、お鍋の絵も端っこに描いておいた。
ハクは自分の顔が描かれた看板を見て、誇らしげに「わふっ」と胸を張っていた。彼も、このお店の立派な看板犬なのだ。
市場へ行くたびに、冒険者ギルドのガンツさんや、あの野菜売りのおばさんなど、色々な人から「お店はいつ開くんだい?」と声をかけられるようになった。
どうやら、私が大量の食材を運び込んだという噂が、すでに町中に広まっているらしい。
みんな、私がどんな料理を出すのか、興味津々のようだ。
「もうすぐですよ。最高の調味料ができあがるのを待っているんです」
私は笑顔でそう答えて回った。
地下室の壺の中では、私の魔法とコテツちゃんの細やかな管理によって、お味噌とお醤油が着実に完成へと近づいている。
あの芳醇な香りが厨房を満たす日は、もうすぐそこまで来ていた。
早く、あの最高の和食を味わいたい。
そして、この町のたくさんの人たちに、私が作る一番美味しいご飯を食べてもらいたい。
私は厨房の広い作業台の前に立ち、外の明るい日差しを見つめながら、大きく息を吸い込んだ。




