47、ガメイ村 〜遅れてきた顔見知りの男
ブラウンさんと一緒に風呂を借りることになった。まぁ、ありがたいけど、こういう風呂は落ち着かないな。
風呂に入っていると、ガメイの妖精達が覗きに来た。僕が生まれたリースリング村でも、リースリングの妖精は、いつも風呂を覗きに来たんだよな。
ぶどうの妖精って、覗き趣味があるのか?
『ヴァンが土を直したけど、また来たぜ』
『アイツ、臭いんだよな』
『でも、奴隷だろ?』
ぶどうの妖精の声が聞こえるブラウンさんは、ハッとした顔で、風呂から出て行く。窓を全開にしてキョロキョロしているようだ。
「ブラウンさん、その辺に、ガメイの妖精が10体くらい居ますよ」
「えっ? 妖精が来ているのですか」
ブラウンさんは、妖精を見ようとしているのか、顔の角度を変えている。光としてしか妖精が見えないなら、夕日が強いから見えないんじゃないかな。
『おまえ、何なんだよ』
『スッポンポンで遊んでるのか』
『泣き虫ヴァンの友達だから、ガキなんだな』
ガメイの妖精達は、ほんと、生意気なんだよね。見た目も、やんちゃな少年の姿だけど、悪口を言い出すと止まらないよな。
『生意気なのは、リースリングの妖精だろ』
『アイツら、キャンキャンうるさいんだよな』
『荒野のガメイが、うざいって言ってた』
声しか聞こえないブラウンさんは、混乱しているのか、呆然としている。ガメイの妖精達は、僕の頭の中しか覗かないのか。
「ヴァンさん、なんだか声が……俺のことも喋っていますよね」
振り向いたブラウンさんは、少年のように目を輝かせていた。きっと不思議な感覚なんだろうな。
「ガメイの妖精は、ブラウンさんの目の前にいますよ。話しかけているのかもしれませんね。返事をしてあげると会話できますよ」
「えっ? 本当ですか」
「はい、姿が見えなくても声が聞こえていたら、わかりますよね。ぶどうの妖精は、声が聞こえない人にも話しかけるんですよね」
「へぇ、そういえばボックス山脈で、俺の世話をしてくれていた獣人が、何か声が聞こえた気がすると、よく言っていたな」
ブラウンさんは、懐かしそうな表情を浮かべた。記憶を失っていた彼を助けた獣人達に、また会いたいのかもしれない。
だけど、ボックス山脈の獣人の集落は、入り口が隠されているから、案内がないと難しいかもしれないな。
◇◇◇
風呂からあがり、僕達は黒服を着た。屋敷の廊下を歩いていくと、いつの間にか、使用人らしき半魚人がついて来ていた。見張りだろうか。
だけどヒルース家の屋敷なのに、半魚人? クルース家ならわかるけど、この屋敷はヒルース家の別邸だよな?
歩く僕を邪魔するかのように、目線の高さで飛び回るガメイの妖精達……。この屋敷は、あちこち窓を開け放しているから、勝手に入り込むんだな。
「お風呂ありがとうございました。えっ……」
広い部屋に案内されて、年配の女性に頭を下げると、奥の大きなテーブル席に、数人の立派な身なりの人が居ることに気づいた。壁沿いには、それぞれの使用人らしき人達もいる。
暑いのか、手でパタパタあおぐ人や、肩で息をしている人もいるようだ。明らかに、慌てて呼び集められたように見えた。
「あんた達が風呂に入ってる間に、来てもらったよ。この人達に会いに来たんだろ?」
年配の女性は、わざわざ、この村に滞在する貴族を集めてくれたのか。
「すみません、遅くなって……うん?」
僕達のあとから入ってきた男性には、見覚えがある。僕の顔を見て少し首を傾げたが、軽く頭を下げてくれた。
彼は確か、クルース家の使用人だったはずだ。海辺の町カストルの復興に力を貸してくれたひとりだと思う。
僕も、やわらかな笑顔で、軽く会釈を返した。
「これで全員かね? じゃあ、対策についてだがね」
年配の女性は、僕達に運ばせた壺のひとつを、彼らに見せた。僕達のために集めてくれたわけじゃないのか?
「また、それか。マイラさんのとこの水路もですか」
「水路じゃないよ。雑草畑に埋まっていた。2個や3個じゃないよ? 裏庭に積み上げてある。大小合わせて、26個あったのさ」
彼女がそう言うと、集まっていた貴族達は驚きの声をあげた。これまでにも同じ壺を仕掛けられたことがあったようだな。発見されているのは、数個なのか。
「26個!? ヒルース家が首謀者じゃないのか?」
「なぜ、そうなるんだい。雑草畑には、呪われた稚魚がたくさんいて、泥沼化されそうになっていたよ。ウチが首謀者なら、ボンクラの畑を使うがね」
「そう見せかけているだけとも考えられる。冒険者ギルドから、ウチの屋敷に調査団が来たぞ。そのときに水路を調査して、その壺が5個も出てきたんだ」
冒険者ギルドの調査団? ボレロさんだろうか。
「壺の中身は? その壺には、魔物を呼び寄せる術がかけられている。水路で見つかったのなら、呪われた稚魚も居たはずだよ」
「空っぽの壺しかなかった。やはり、ヒルース家の畑が、魔物畑だったんじゃないか」
僕達が口を挟めない険悪な雰囲気だ。事情は、何となくわかるけど……彼らは犯人探しをしているらしい。
遅れてきた人が、居心地悪そうにソワソワしている。すると年配の女性が、彼に視線を向けた。
「あんたも何か言ったらどうだい?」
うん? 使用人に発言権があるのか?
「いや、俺は……」
彼は、なんだか僕を気にしているみたいだな。
「そのソムリエと知り合いかい? おかしいね。あんたは、ベーレン家の生まれだろ。ヨルース家は、ドゥ家を潰すと宣言していたんじゃなかったかね?」
はい? ベーレン家? ヨルース家? 僕の頭は、大混乱していた。そう言われた彼も、慌てたようにオロオロしている。
ベーレン家に生まれたからといって、すべてが妙なことを考えているわけじゃない。町の中で民を導く、良い神官様の方が多いはずだ。
だけどヨルース家が、僕の家でもあるドゥ家を潰そうとしているという話は別だ。聞き捨てならない。
あっ、そういえばさっき妖精達が……。
「あの、さっき聞いたのですが、またあの場所に誰か来たみたいです」
僕が年配の女性にそう伝えると、ブラウンさんも口を開く。
「奴隷だとか言っていましたね。臭いというのは、何のことだろう。強い体臭の人かな」
そうか、ぶどうの妖精が臭いというのは、慣れない乱れたマナだ。リースリング村でも、たまに冒険者に収穫の手伝いをしてもらうと、魔導士が使った魔力の残骸のようなマナを嫌がるんだよな。
「えっ? 俺も何も……あぁ、別の場所にいたから、その臭いでしょうか。消臭したんだけどな」
遅れて来た彼は、自分のことを言われたと思ったらしい。その足元には、何かの弱い悪霊がついていた。




