個々人の長所を伸ばす その1
2年ぶりの更新です。
筆が遅いのではなくサボりが蓄積していただけなのでこれからはマシになればいいなと思ってます
まだ書きたい事山のようにあるからね!
適度に休憩を挟みつつ昼までランニング座学を続けた。強化魔法込みとはいえ、流石にみな息も絶え絶えだ。
予定通り件の呪いに関して説明をしつつ、昼休憩を取る。
普段であれば食堂に行ったりなんなりと自由な時間なのだが、今日は午後の予定などの説明もあるため全員教室だ。食堂から弁当をもらってきているのでそれを配る。
「まずは午前中の座学、ご苦労だった。朝にも説明したが、これを一般教養の授業の日以外は毎日行う。
さて、午前中はあくまで基礎を学ぶ・鍛える時間だ。午後からは各々の特徴を伸ばしていくべく個別に授業を行う」
「個別って…センセは一人だけだろ?どうやって5人の授業をするんだ?」
「同時には無理だ。なので、2~3人づつ行うことにする。残りのメンバーは自習時間だ。午前中の内容を復習するもよし、自主練に励むもよし、何なら寮に戻って休んでもらっても構わんぞ」
「んにゃ、寝ててもいいのかにゃ?」
「勿論。自分の体力などと向き合い、必要に応じて休息を取れるようになるだけでも学習能力は向上する。ただし、テストが無い訳ではないから勉学は疎かにしないようにな」
いろいろ考えたのだが、これが一番丸い。
同時に5人の授業をすること自体は不可能ではないが、あえて自習時間を多めに取ることで自己分析能力を身に着けてもらう。
授業の内容を反復するだけの応用力のない人間になられても困る。
初日はハルトとエルネの二人だ。二人を連れて再び訓練場に足を運ぶ。
「さて、改めて確認するがハルトは騎士、エルネは鍛冶師志望だったな?」
「はい、その通りです」
「まあ…そうだな」
「午前中にちょっとした騒ぎがあったから、剣の腕はそれなりに見せられたとは思う。だがまだ鍛冶師としての腕を見せてなかったな」
そう言って俺は二人を下がらせ、召喚魔法を使う。
地面が光り、一軒の建物が迫り上がってくる。石材で出来た建造物だ。
二人はまたもや唖然としている。大分驚かれるのには慣れてきた。
少ししてエルネが口を開く。
「これは…もしかして鍛冶場か?」
「ご明察。鍛冶場を召喚した」
前の世界で使っていた移動拠点の一つで、足の早い素材の加工や簡易的な武具の作成に使っていた。
この世界の鍛冶場の基準は分からんが、少なくても騎士団が持っていた剣の十倍は性能の良い武器を作れる程度の設備ではある。
中に二人を招き入れると、ハルトは目を輝かせながらキョロキョロしており、エルネはまたも唖然とした表情をしている。
「試しに何か打とうと思うのだが、なにか希望はあるか?」
「…いや、いい。設備を見ただけであんたの鍛冶師としての腕が分かる」
「そうか?まぁ納得いただけたなら構わんが…とりあえず 後で何か打ってみるか?」
「本当か!?こんな立派な設備使わせてもらって良いのか!」
「いいぞ。材料もその辺に積んであるやつを好きに使ってくれ」
そう言って指を指した先には精錬済みの金属インゴットが無造作に積み重ねてある。
正直自分でも何が置いてあるか把握しきれてないが、今のエルネでも加工できるものぐらいあるだろう。
好奇心を隠しきれてない二人に、この設備の説明をしていることにしよう。
…
「鍛冶場ってこんな立派なんですね…」
「この鍛冶場は他より何倍も優れてるぞ…センセを基準にしちゃダメってことが改めてよく分かる設備の質だ」
「今まで鍛冶場というところに縁がなかったもので…」
「騎士として武具を扱うのだから、作成過程を知識として持っているのはいいことだぞ」
武具の性質を知っておくことで、対人戦などで装甲の薄いところを狙ったりしていけるし、逆にそういった攻撃を受けないよう立ち回ることもできる。
まあ、その辺りも追々説明してやることにしよう。
「さて、改めて二人の午後の授業を始めるのだが…その前に、エルネは剣を1本作るのにどれぐらい時間が必要だ?」
「そりゃあ、素材や大きさなんかにもよるが…短くても4~5時間、場合によっては1週間以上は掛かるぞ?」
「よし、分かった。改めて俺の技術力を見てもらう為に今から剣を打ってやる」
そう言って俺は壁に掛けてあった鍛冶用のハンマーを取り出し、適当に積んであった鉄インゴットを掴む。そして魔法を発動する。
【高速鍛冶】…その名の通り高速で簡易的な鍛冶を行うための補助魔法だ。
設備が揃っていることは大前提だが、逆に言えば設備さえ揃っていれば圧倒的な速度で武具を作成できる。
もちろん、あくまで補助魔法なので出来上がるものの質は本人の技量に依存する。
こうして俺はものの数分で3本の剣を鍛え上げた。
「…色々規格外な人だとは思ってたが、これは流石に理解の範疇を超えてやがるな」
「動いているのが目に見えませんでした…」
「俺ぐらいの魔法使いになると、こうして高速で鍛冶を行うこともできる。改めて午後の授業を始めようか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…思ったより骨が折れるぞ」
あたしは今、一本の剣と向き合っている。
あたしに与えられた課題は、この剣を真正面から折れる武器を作ることだ。
正直、最初は楽勝だと思ったさ。だって鉄の剣だぜ?使っていい素材の山には純度の高いミスリルやアダマンタイトのインゴットまであったんだ。
アダマンタイトで適当にハンマーでも作れば余裕で折れると思ってたんだが…ヒビの一つも入らなかった。
なんか魔法でも掛けてあるのかと思ったが、あたしだって一応魔剣打ちだ。武器にかかった魔法の有無ぐらいは分かる。
つまり、根本的に打ち手の技術力がこの強度を生んでいるということになるんだが…
「この剣が手抜き…なんだよな」
あのセンセ曰く、合金も使ってなければクイックフォージなる魔法を使って打った手抜き作なんだそうだ。
今まで様々な鍛冶師のもとで修行を積んできたつもりだったが、隔絶した技術力の差を改めて感じてしまった。
だが、同時に楽しみでもある。これだけの鍛冶師が今のあたしの師匠な訳なのだから。
「…っしゃ!やるか!」
打開策は思いつかないが、とにかく打とう。
今はただ、自分の持てる技術の全てをこいつにぶつける。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
首筋を汗が伝う。息も不自然に上がっている。
僕は今、先程先生が打った剣を手にしその先生と対立している。
その先生はというと椅子に座って本を読んでいる。
詳しい実力を見たいと言われ、模擬戦をする事になったのだが先生は剣すら持たず、何処からか椅子を出して座って本を取り出して読み始めた。
よく見るとそれは一般教養の教科書だった。
「先生、模擬戦をするのでは無いのですか?」
「そうだ。好きなタイミングで来ていいぞ」
「しかし、騎士を志すものとして丸腰の相手を攻撃するのは…」
「俺が丸腰なら勝てる、とでも言いたいのか?」
「そうは言いませんが…この剣は刃引きしてありません。万が一があったら…」
「その万が一が起きるようなら、お前は直ぐにでも卒業できるぞ」
「それはどういう…」
「今のお前では俺に傷一つ入れることなど出来ない。例え俺がこうして座って本を読んでいたとしてもだ」
…確かに今の僕では無理だ。それに万が一があったとしてもあれだけ凄い回復魔法が使えるならたかか一太刀など怪我のうちに入らないと言いたいのだろう。
「…分かりました。全力で行かせてもらいます」
「当然だ」
足に力を込め、一気に距離を縮める。踏み込みと同時に剣を振り首を狙う。
先生はこちらを見ずに手首を少しだけ動かして剣を受け止めた。読んでいた教科書で。
鉄の剣を本で挟んでいるだけのはずなのに、僕の持つ剣はピクリとも動かない。
突如として腹部に衝撃が走り、大きく後ろに飛ばされた。
何が起きたかまるで見えなかったが、腹部についた泥から察するに蹴飛ばされたのだろう。
「理解したか?」
「…まさか徒手空拳まで修めているとは思いませんでした」
「容姿や肩書で相手の能力を推察することは大事だが、それを鵜呑みにしてはいけない。特に『魔法使いは近接戦闘が不得意』という考えはすぐに捨て去るべきだ」
…魔法使いは後衛での援護が基本にして王道であるため、確かに普通は近接戦闘学を学ばない。
先生はそれが嘆かわしいと考えているようで、今年からは魔法科でも近接戦闘学の授業を導入したらしい。
だが、素手と武器のリーチ差は如何ともし難い。みなそう考えるし、僕も格闘術を学ぶことはなかった。
「そして相手が丸腰だから安全などという幻想は存在しない。格闘術が武器術に劣るなどという思い込みは今ここで消し飛ばしてやろう」
そういうと先生は読んでいた教科書を手からこぼした。
教科書が自然に身を任せ落下し始めた瞬間、再び腹部に強い衝撃を受け身体がくの字に曲がった。
「…がはっ」
痛みと衝撃で霞む目に写ったのは僕の腹部にめり込んだ拳、そしてそれを放った先生の腕だった。
ぱさりと教科書が地面に落ちる音だけが僅かに聞こえてから意識が途絶えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…という訳でハルトは俺に一撃でも攻撃を当てる事、エルネは俺が打った剣を壊せる武器を作る事…これが二人の今年度の目標だ」
「有効打を与えることではないんですね」
「後日説明するが俺は常時発動型の防御魔法で防具の類を付けていなくても付与のない武器程度ならかすり傷も負わないからな」
「なんというか…何でもありですね」
「それが魔法を使うという事だ。お前たちもいずれ出来るようになる」
そんな事を話していると突如エルネが声を上げた。
「っだー!分かんねぇ!センセ、なんかヒントくれヒント!」
「ヒントか…まあ答えても問題ない範囲なら質問に答えてやろう」
「じゃああの剣は何でできてやがる!?どう考えても普通の鉄の強度じゃあり得ねぇ!」
「鉄製には違いないぞ。尤も普通ではないが」
「なんかの合金か?それともあたしじゃ気づけないような付与でも掛かってんのか?」
うーむ…これに関しては口で説明するより見てもらったほうが早いだろうな。
一度3人で工房に戻ってきた。あの剣の強靭さについて説明するためだ。
「ではあの鉄剣の異常な強度について解説してやろう」
「結局あの鉄は何なんだ?」
「最初に教えた通り素材は普通の鉄だ」
「そりゃおかしいぜセンセ、あんたさっき普通の鉄じゃないって言ってたじゃねぇか」
「素材は普通だが出来上がるのは普通じゃない鉄の剣という事だ」
「やっぱなんかの付与って事か?」
「付与…とは厳密には違うがある魔法を使った。今から見せよう」
そう言って積んである鉄のインゴットを2つ取り出した。
二つのインゴットを積み重ね、ある魔法を使う。
すると上に乗ったインゴットが薄くなっていく。
平たくなるとかではなく、まるで存在が消えていくような感覚を覚える。
そして薄くなっていくに従って上に乗っているはずのインゴットは少しづつ下のインゴットに沈んでいき、最後には完全に重なってしまった。
「オイオイ…私の目はおかしくなったのか?」
「空間魔法の一種で上に乗せたインゴットの次元を僅かにずらして本来重ならない筈のものを重ねてからずらした次元を戻す。そうする事で二つの鉄インゴットは同一座標に重なった二重の鉄のインゴットとなり強度だけでも普通の鉄の2乗倍になる」
俺が考案した多元金属という技術だ。
物質の次元をずらす魔法自体が習得難度が高い上に技術としての難易度も高いが、希少金属に頼らずとも高度な武具の作成ができる技術である。
鉄でさえもアダマン合金並みの硬度を持つためこれで作った剣を折るなら最低でもアダマン合金の精錬は出来なきゃならない。
「鉄でこの強度ってやべぇ魔法だな…これは是非とも覚えたいもんだ」
「魔剣打ちを目指すならさほど必要のない技術だと思うがな」
これはあくまで量産品の質を上げる事がメインの魔法だ。
魔剣打ちが打つ魔剣は基本的に希少金属を注ぎ込んで作る特注品だからこの技術が活かされる機会は少ないだろう。
「そういえば聞いてみたかったのですが」
鉄打ちについての質問に答えていたところハルトが声をかけてきた。
「先生も知っての通り僕の家では長男に代々魔剣が継承されています。…先生から見てあの剣はどれぐらいの物なんですか?」
…難しい質問だ。一瞥しただけだから詳しくは分からんが…
剣としての出来は悪くない。マナ伝導率の高いミスリルが芯に使われており、魔剣として運用する事を前提に作られた事が分かる。前の世界と比較してもそれなりの物だ。
問題は付与の方だ。正直かなりお粗末と言わざるを得ない。
これはこの世界の魔法技術の低さが問題なのだろう。付与だけで言えば見習いでももう少しマシなものができる。
つまり「剣そのものは悪くないが付与がゴミ」という評価になる。
だが仮にも貴族が代々受け継ぐ宝剣に対してそんな事言う奴がいるだろうか。
いくら俺が世捨て人の魔法バカでも流石にそれぐらい弁えている。
「物は悪くないが魔剣としてはゴミ同然だな」
尤も今この場で弁えるかは別だ。
「剣自体は悪くない。完成度が高く大切に手入れされていたことも分かる。だが問題は付与の方だな。術式に無駄が多すぎる。あのサイズなら10や20ぐらい付与されてなきゃ宝剣とは言えんな」
前の世界なら平均的には大体7-8個程度の付与がされるサイズだが、貴族が持つ一子相伝の宝剣ともなれば一流の魔剣打ちと付与術師が年単位で微調整を繰り返してやっと作られる…みたいな剣が望ましかろう。
「そう…ですか」
暗い顔をしているのが見てとれる。まあ当然だろう。
一族の長男としての証をゴミだと言われたのだからな。
それでも何も言わないあたり薄々勘づいていたのだろう。
「実際の問題としてお前には二つの選択肢がある」
「選択肢…ですか?」
「一つ目はそのまま使い続けていく事だ。自分自身が強くなってあの剣をカバーしてやる選択肢だな。利点はあの剣をそのまま使える事、欠点はそこまで強くなるなら別に他の剣使っても同じって事だ」
この場合あの剣は「ライムート家に代々伝わる魔剣」ではなく「ハルトが振るった剣の一つ」止まりになる。
つまり特別感が無くなるのだ。
「二つ目の選択肢はあの剣を鍛え直す事だ。あの剣を一子相伝の宝剣にふさわしいものに作り替える。利点は紛れもなくお前のための魔剣が手に入る事。欠点は鍛え直す事で今まで継承してきた感が消える事だ」
鍛え直すなら見た目は変えないようにはするが、それでも家族や継承した本人は今までの剣とは違うと分かってしまうだろう。
「今すぐ決めろとは言わないがまあいずれ決める必要はある。家族と相談して考えておくといい」
流石に1人で決められる問題じゃないからな。
ともかくこれで本格的な授業の1日目が終わった。
明日は残りの3人について色々見つつ目標を伝えていこう。
多元金属
空間魔法の応用で同一の金属を空間的に重ねる事で強度を大幅に上げる技術。
一見便利ではあるが金属の純度が僅かにずれると重ねられなくなるという欠点があり、複数の金属が混ざっている合金は勿論の事、精錬過程で純度がブレやすい高位の金属にも使えない。
そのため銅や鉄、ミスリル製品などの量産品向けの技術となっている。
また重ねる際にも注意が必要で重ねた際に僅かにでもズレていると互いに干渉し合い無作為に暴れ回る危険性がある。ほぼハヴォック神のアレ。
過去にはこのミスで暴れた金属塊が原因で村一つが一夜にして滅んだ事もある。