前途多難
「お嬢様、お嬢様。起きていただけますか?」
薄目を開けると慌てた表情のカロンが私の肩を揺すっていた。
「どうかしましたか?」
部屋はまだ薄暗く明け方と言った感じだろう。
「セヴィ様がいらっしゃらないのですが、何かご存知でしょか?」
寝ぼけた頭が一瞬ではっきりする。
ーやばっ。私、勝手に部屋に連れてきたこと誰にも言ってないや!
「カロン、ごめんなさい」
私は静かに布団を捲った。
そこには私のネグリジェを着て私の腰辺りにしっかりと抱きついているセヴィがいる。
「これは…」
「実は…」
セヴィを起こさないように小声で昨夜の出来事をカロンに話した。
カロンは「次からはきちんとお話し下さいね」と呆れたといった表情で返す。
「わかっているわ。ごめんなさい、洗濯はお願いしていいかしら」
「もちろんです。それが私たちの仕事ですから」
「ありがとう」
カロンは微笑みながら「朝早く申し訳ありませんでした。他の侍女へも報告させていただきますので失礼いたします」と礼をし、私の部屋をあとにした。
セヴィは起きる気配もなく静かに寝息をたてている。
私はセヴィの長い髪をかきあげ顔を見る。お風呂にも入らなかったため汚れてはいるがセヴィは睫毛が長くえらく整った美少年だった。
ーわお…乙女ゲームのメインキャラは小さい頃から整っていて綺麗なんだ…。
ついまじまじとセヴィを見つめてしまった。
セヴィはまだ眠いのかもぞもぞと顔を隠すように布団の下の方へと潜っていた。
私はその光景が何だか微笑ましくてふふっと口から笑い声が漏れてしまった。
ーまだ朝も早そうだし二度寝しようかな…
私は布団を再びかけ、二度寝の体制へと入った。
「お嬢様…、もうお昼でございます」
カロンの呆れた声色で起こされる。
部屋は煌々と昼の日差しを浴びてかほのかに暖かい。
…二度寝って気持ちいいよね。
「ごめんなさい…寝坊してしまいました」
「まあ、お二方ともお疲れであろうと本日は当主様よりゆっくりと寝かせてあげるように言われております。しかしそろそろお腹が空かれたのではないかと思い、起こさせていただきました」
くぅーとお腹の音が聞こえる。
私ではなく横でじっとしていたセヴィから聞こえる。
セヴィはじっと私にしがみつき、ぎゅっと私の服を握りしめる手に力を入れる。
「セヴィ、お腹空いたの?」
「大丈夫」
「そう?私はお腹が空いちゃった!一人で食べるのは味気ないから一緒に食べてもらえるかしら?」
セヴィが握りしめている手を握り、セヴィに向かって笑みを向ける。
セヴィは「うん」と小さく返事をした。
「では身仕度を整えましょうか、セヴィ様は別の侍女がご案内いたしますのでこちらに」
どうぞとカロンが言おうとしたのであろうが「やだ!」とセヴィが大きく拒絶する。
私が大きな声に驚いたが、セヴィの手の力がより強くなり私から離れまいとする。
「セヴィ…どうしたの?」
優しく優しくセヴィを怖がらせないように問いかける。
「やだ…お姉ちゃんと離れない。離れたらまたどこかへ連れていくんだ…お母さんと離したようにまた…」
「セヴィ…私はどこへも行かないよ。セヴィの家も私の家もここなんだから」
私は優しくセヴィの頭を撫でた。
セヴィはじっと私を見つめる。あまり信じていなさそうな表情だが手の力を抜いた。
セヴィはゆっくりベッドから降りる。
カロンの後ろに控えていた侍女がセヴィがベッドから降りるのを補助する。
「また後で会いましょう、セヴィ。すぐに食堂で会えるわ」
セヴィは小さくうなずき、しずしずと侍女に連れられていく。
その後ろ姿はさしずめ、ドナドナの子牛のようだった。
「セヴィ…大丈夫かしら…」
「多分…大丈夫だと思います。リアナ様も身仕度いたしましょう」
「ええ」
身仕度を終えた私は食堂へと向かう。
食堂まで行く道をあわただしく侍女たちが行き来する。
「カロン…何かあったのかしら…」
「少しあわただしいですね。ナタリー、何があったのですか?」
横を通りすぎようとした侍女、ナタリーはカロンと私に目を向けると慌てて礼をしたあと「じ…実はセヴィ様が…」と話はじめた。
要約すると昨日お風呂に入らなかったセヴィをお風呂に入れたが暴れてしまい上手く入れられなかったが侍女数人で何とか入れた。
その後、お父様の指示で髪を切って整えようとしたらセヴィは逃げてしまい見つからないと言うことらしい。
ーうーん…前途多難…
私は苦笑いしながらカロンと顔を見合わせる。
「もしセヴィ様をお見かけしましたら一報お願いいたします」
ナタリーは再度礼をすると足早に去っていく。
「私も少し探して見るわ…」
「わかりました。もしかしたらお嬢様へは心を許していらっしゃるので見つけられるかも知れませんね。では私も探してみます」
カロンは礼をして皆が足早に向かっている方へと向かっていった。
私は逆の方へ足早に向かう。
一つ心当たりの場所があるのだ