7 ゴールに向かって加速する
プロポーズされてからは、ますます展開が早かった。
翌週には、天さんがあたしの家に挨拶に来た。
スーツでやってきた天さんは、お父さんの前に正座して
「お嬢さんとお付き合いしています、鷹野天平と申します。
梓さんと結婚したく、ご挨拶に伺いました」
と頭を下げた。
両親共に大喜びだったけど、普通の挨拶と違うよねと思って後で聞いたら
「梓はご両親のものじゃないからね、お嬢さんをくださいとか、言いたくなかったんだ。
梓は、自分の意思で俺と結婚するって決めてくれた。
だから、ご両親にはその報告に行ったんだよ」
と言った。
なんだか感動した。
さらに翌週、今度はあたしが天さんの家に挨拶に行き、その翌週には天さんがご両親と一緒にあたしの家に挨拶に来た。
で、話の途中、お父さんが
「親馬鹿で申し訳ありませんが、できれば梓が30になる前に式を挙げさせてやりたいと思うのです。いかがでしょうか」
と言い出した。 驚いたことに、天さんのご両親もそれを了承しちゃったので、あたし達の結婚は、来年4月末ということで決まり、その場で結婚式場が予約された。
お父さんったら、いつの間にか式場のパンフを集めてたらしい。
クリスマスイブは、お互い忙しかったので、23日にイタリアンレストランでクリスマスディナーを食べた。
その場で婚約指輪をはめてもらったけど、結納の品の1つなんだそうで、一旦返して、2月の結納で正式に貰った。
〆切が決まってるから、恐ろしく忙しない。
ただでさえ年度末で仕事が忙しいのに、料理を決めたりドレスを決めたり引き出物を決めたりと、やらなきゃいけないことが矢継ぎ早にやってきて、目の回るような毎日だった。
そうそう、アパートも決めた。
どちらの職場にも通いやすいという条件で探したので、ちょっと大変だった。
友人達に結婚式の案内を出した時には、
「梓、どういう心境の変化!?」
だの
「もしかして、妊娠しちゃった?」
だの聞かれたけど、ときめいちゃったんだからしょうがない。あと、できちゃった婚でもないから。
「親がね、20代のうちに結婚しろってうるさくて」
と言うと、大体が
「ああ! わかる! 滑り込みセーフだね!」
と笑って納得した。
うん、30歳の誕生日1週間前、ほんとギリギリ20代だね。
そして、結婚式の日がやってきた。
ケーキカットは普通にやったけど、誓いのキスとかはやらない。
衆人環視の前でキスとか、冗談じゃない。
で、料理。
新婦って、驚くほど料理を食べる暇がないのね。
挨拶に来る人に対応しなきゃならないし、レンタルの白無垢やらドレスやらを汚さないように気をつけてると、ほとんど食べられない。
オマケに、お色直しみたいな途中抜けまであって。
折に詰めて持って帰りたいくらいだった。誰か気を利かせてよ。
さて、あたしの出番がやってきた。
両親への挨拶の手紙。結婚式の定番だ。
この日のために一所懸命推敲した力作が、手元にある。
あたしの渾身の両親への手紙に、会場からは啜り泣きが聞こえる。
やった。今日のあたしのメインイベント大成功! 惜しむらくは、あたし自身も泣いてることだろう。こんなはずじゃなかったのに。
そして、お開きの、天さんからの挨拶。
「ご指導ご鞭撻」とかのありきたりな美辞麗句を使わずに、自分の言葉で伝えたいと言っていた天さんの挨拶。準備の間、あたしにも内容は秘密だった。
あたしと違って、手紙を読むんじゃなくて、覚えて挨拶しなきゃならないから大変だねと言ったら、「まあ、何とかなるよ」と余裕の表情。
そうか、先生って、人前で話すことに慣れてるんだっけ。
「…二人は、まだまだ子供です。これから、手を取り合って一緒に大人になっていこうと思います。温かく見守っていただけますよう、皆様にお願い申し上げます」
今初めて聞いた挨拶に、惚れ直す。
あたしは、この人と生きていく。自然にそう思えた。
出会ってからここまで、半年足らず。
まるで坂道を転がり落ちるような勢いでゴールインしたあたし達。
でも、時間なんか関係ない。
何かが引き合ったからこそ、好きになったんだから。
今日が結婚というイベントのゴール。
でも、ここからがあたし達夫婦のスタート。
この半年の、何十倍もの時間を、きっと幸せに過ごすことができると心から信じられる、そんな人と出会えた幸運と、お節介な叔父に感謝だ。
天さん、愛してる。ずっと一緒だよ。
これにて完結です。
失恋に傷つき、深く落ち込んだまま浮上できずにいた梓ですが、それを乗り越え、新しい恋をみつけることができました。
この、どんな失恋に傷ついてもまた人を好きになれるというのは、鷹羽の恋愛観の中核をなす部分です。
思いがけずもの凄い早い展開で結婚しましたが、その後はゆったりと結婚生活を送ることになります。
もしかしたら、いつか家族が増えた後の鷹野梓の物語を書くことがあるかもしれません。
その時は、また温かい目で見てやってください。