第八話『脳抜きとの戦闘』
「それにしてもこの音…酸か?」
音は離れていったが嫌な予感がする、少し眠って回復しているし。ここから離れたほうがいいのかもしれない。
そう考え準備を始める。少し眠って両方とも多少は体力が回復したみたいで、【補助魔法】の効果も期待できる。現に今擦り傷や打撲は【補助魔法】によって癒えて来ている。
それと木から【錬金術】で作った板と紐を腕と足に巻いて簡易な防具にした、これで酸を受けても多少の防御にはなる。穴の支えとなっていた木を一部削った為より脆くなった、早くでないと穴埋めになるかも。
眠っているこいつを動きやすい様に尾を使い背負う。多少暴れるかと思ったがそんなことはなかった。まだ目が覚めていないのか。
「結界がなくなったからか、何か入ってきたな。多分ゴブリンか?」
余り体勢を変えずに穴を広げ、音を立てないように出る。だが遠くの林に何かが落ちるような音が聞こえた直後、ダイブするように穴の近くから跳び離れる。
そしてその瞬間、一瞬加速した意識が捉えた、地面を殴りつける影。爆発音に近い音。そしてとてつもない速度でグレー色の何が飛び出して来る、その何かはおかしな場所から生える豪腕でさっきまで俺が今いた穴と木を殴り破壊した。
「なんだこいつ。本当に生き物かよ」
それは白い化物としか言い様のない外見をした奴だ。鼻から上が抉られ、脳、眼球、鼻がない。その頭が胸までめり込んだ胴体とのっぺりとした腹と胸。それとは違い肩は異様に凸凹だが筋肉では無いようだ。
本来の場所から消えた腕は、脇腹に移動しそのサイズは胸部に匹敵する。皮膚は…無い。筋肉そのものが真っ白で、心臓のように鼓動を発しているのが聞こえた。
足は切り取られた様に太股からなかった、断面からタラりと垂れた半透明な液体が地面に付くと音を立てながら溶ける。
隙を探しながらジリジリと後退していると、両刃の剣の様な真っ黒い舌が足目掛け高速で伸びる。
「うわっ!…大丈夫だ。見ればちゃんと避けられる」
そう口に出して自分を鼓舞する。どうにかしなくては!、と頭の片隅に考えを貯めて行く。
あいつは足を狙って来た、脳味噌は確認出来ないが、多少の知性はあるみたいだ。今解る大きな隙、素早く移動する際にあの豪腕で地面を殴って突っ込むことだ。それ以外に動けるかどうかはわからないが、あの身体で走れるとは到底思えない。
「ふんっ!」と走りながら両手で勢いよく針を投げるが、化物が動きを止めた足から霧を噴射した後。鞭の様な音と軽い物が四つ落ちる音、当たる間際に舌で針を切り落としたらしい。
「あいつ霧と
そう言った瞬間に高速の刺突が迫る、身体を横にずらして避けるが少しマントをかする。
━━音かっ!」
あの舌はかなり正確だ。今は脚の太股だけを狙っているが、そこは移動妨害も出血も両方狙える場所だ。
こんなところやられたらまず間違いなく二人ともお陀仏だ。
「くそッ!少しは休ませろ!」
腕の大跳躍をさせないように、声をだし化物から着かず離れず森の隙間を通る。木々に身を隠し舌を避ける毎に舌の切れ味が落ちてきていた、その証拠に今は幹を四分の一も絶ててない。何分か避けながら観察して少しずつ考えが纏まって来た。
多分あいつはほとんど聴覚に頼ってる。それは【死霊魔法】で真後ろに断末魔を再現した瞬間。左腕を軸に身体ごと腕を一気にぶん回すと遠心力を使い、押し潰しにくるがかなりそれていた。霧の感覚はそれほどでもない。
だが耳を潰して逃げたとしてもかなり回復力が高く、復活すればまた追いかけてくるだろう。だが彼奴は一本の腕で支えないと攻撃は出来ないと見た。攻撃の前兆も大きく、付かず離れずならまだ問題ないだろう。
「なっ、こんなのもう自然の生物じゃないだろ!」
そんな楽観を隙と感じたのだろう突然脚の断面…いや発射口を向けてきた。異様に太股が膨らみ、まるでポンプ…いやその物なのだろう。化物からプチプチと小さな何かが切れる音が聞こえてくる。急いで俺は大木の影に飛び込んで隠れた。酸が飛んでくる、そう直感した通りに俺の隠れた木に向け一直線に酸が放たれる。
「くっ、…勢いは強いな。量はそんなでもないか」
大木にかかった酸の粘性は片栗粉溶いたって位か。酸性は思ったより強く、酸がかかった木は俺の頭から少し上の場所が樹皮なんかドロドロだ。このまま根元をやられた木に隠れ続けても何度もは耐えられないだろう、だが何をするにもまずチャージ時間を調べないことには話にならない。
ここは賭けになるが【夢魔法】で作った囮で測ることにした、なんとか上手く行くといいんだが。見た目よりも音を重視したから風船人形見たいだが、ものは試しだ。
出した瞬時に入れ替わるように闇で音を吸収して防音効果を再現し隠れる、音の吸収はほとんどのでっち上げに近いがこれで気配は劇的に薄くなるはずだ。
「上手く行けっ!」と心の中で大きく叫び、鋭く睨む。
それはまるで竿を出した瞬間に魚が餌に食いついた様、そんな風に例えられる出来事だった。あの化物は偽物が木から飛び出し背を向け走り去ると、何も疑わずに酸を放った。少しずつ撃つ速度が落ちている、分かりにくいが脚の根本に内出血が起きている様だ。化物は俺を殺したと思ったのかこちらに背を向けたまま大きく油断している。……今なら、いけるっ。
木の影に夢喰い以外のほとんどのものを置き、【補助魔法】で自身の肉体を制御限界まで強化する。
強い体の中に力が渦巻き一回転する度に大きな熱が広がる。筋肉が一本一本が強靭になって、少しずつ意識が加速し研ぎ澄まされる。
残った針を使って夢喰いの握りを引き伸ばす。そして何処か直感的に"風"を【圧力】にかけ作った大太刀状の殻に魔力を【放出】して、濃度を上げ魔力を強靭な刃と変える。
木に体を捻り足をかけ、大きく脚に【圧力】を入れ化物に向け跳躍する。
地面に着くと同時にその加速を強い踏み込みで下から前に変える。踏み込んだ際の風の動きと音で化物が気づき、後ろ向きからこっちに左腕を軸に高速で向いて頭をそらしてくるが遅い!。更にもう一歩大きく踏み込み加速する!
「ハァッ!」
後六歩。化物が頭に向けて舌を伸ばす、だがそんなことは関係ない。右足を踏み込んだ時の勢いで避け舌を右に大きく切り上げる、その勢いを利用し跳ね化物の心中を――
「ぅおおおおぁぁあ!!!」
断ち切る!その瞬間集中が切れたのか、魔力の刃も消えるがどうでもよかった。座り込む体と大きく荒れた呼吸、ひどく体が酸素を求めていた。
これはかなりの無茶だったな、とそんなことボーッと考えていると。何かまた、新しいピースが体にはまった。新しいスキルか、今はまだ大丈夫だけど、この調子で手にはいるなら。そのうち調べる道具かスキルが欲しいな。
「はぁ…はぁ…ふうっ。もう大丈夫だよ」
少女にまで走り寄りもう安全だとしゃべりかけるが、規則正しい寝息をたてている。余程疲れているのだろう。背中はまだ赤いがこれなら痕も残らないはずだ、それにしても。
「直せるのかこれ?それなりに質がいいみたいだし、直せるまでしばらくマントと上着で我慢してもらうかな」
背中は溶けて丸見えだし、上着やズボンそれにローブは切り傷まみれていつ脱げ落ちるかわかったものじゃない。素早く装備を拾い、マントごと背負う様に抱き上げると。薄く残る補助の力が残った感覚が聞き覚えのある不気味な声を受けた。
「少しは休ませろってのっ!あんまり長く使いたく無いんだよな、これ」
ここでジェットは音が出過ぎるから使えない。急ぎマントと少女を魔力で固定し【補助魔法】を足にかけると、溶けつつある骸を横目に森を駆け木々が後ろに一気に流れる。
今は制御限界でもないがあんな数秒でもしりもち着くくらい辛いってのに、出るまで間に合うだろうか? とは言ってもあの霧の中みたく広くは無いが。
そうして走り抜けた今。森の外れにある丘の上の木影に座ると、少女に膝を貸す。悪夢を見るような少女の顔を見て無意識に行ったそれが、身体に当たる穏やかな風が、何処か懐かしくて。眼から力が抜ける、前がぼやけ顔に何かが流れる感触がするがどうでも良かった。
「今度はちゃんと出来たんだ…。あぁ、良かった」
只、助けることが出来た。それだけで良かったんだ。……最近涙脆くなっちゃったなぁ。
「さて、飯どうしようか。…うん、流動食かな。どうしよう」
どれくらいあそこに居たのかはわからないけど、いきなり固形物は食べさせるのは無理だ。時間をかけて集中すれば【闇魔法】で熱を吸って凍らせてスムージーでも作れるはずだ、夏だしちょうど良い。
まあ食べ物を取りに行くとしても、この娘には起きてもらわないと困るんだけど。
「───起きろー」
何度か膝を揺らしながら呼び掛けるも全然起きない。こんなに無防備で大丈夫なのか?と。うなされる顔から変わった、その小さな笑みを浮かべる寝顔が少し心配になった。




