業務開始
「それは……『空想態』の欠片だ。」
突如空気が張り詰める。阿柱は兎も角、三日月社に勤務している職員には常に噂の対象となっている「闇とは、すべての空想態であり、すべての事象であり、すべての真実であり、すべての真理である可能性」である、現在鏡から抽出した可能性の中で危険度が最も高い『空想態』の欠片であるのだから。
そして突如として、ダルシムは興奮したように机を叩き、綾四井を見つめ早口に質問を投げかける。
「本当ニ…?!能力ハ?侵食は始まってル?欠片はどのようについているノ?空想態の欠片だからすべての事象に干渉できるのかナ?真理が見えてきたリ?もしかして既に真理は解明されていル?なんでそんなのを企業は利用しないのだろウ…………」
「止まれ止まれ。流石に阿柱が引いてるぞ、ダル。…まぁ気持ちは分からんでもないが。」
阿柱はダルシムの興奮様に疑問を感じ、隣の綾四井になぜあんなにも興奮しているのかを問いかける。綾四井によると、ダルシムは大の欠片マニアらしく別研究所に行った際も欠片持ちの職員に質問攻めをしているらしい。
ダルシムの欠片ノートなる物は企業の情報ベースにも劣らず、興味深い考察もあるとのこと。
「詳細は上層部から直々に口外しない様に言明されているから言えないので、ダル君は阿柱君に対して口を慎むように。ただ、能力自体に関しては上層部も把握できていないがね。
では、楽しい楽しい歓迎会とはならなかったが以上だ。松田君はこれからボードゲームでもしようと模索している様だが休憩時間もじきに終わる。それぞれ業務に戻るように。阿柱君に業務内容の説明は対応している空想態の者が説明するように。」
ダルシムは綾四井の判断に不満げな顔をするが、上層部の判断ならどうしようも無いと諦め、すぐさま切り替えて案内を始めようとする。
「はいはイ!じゃあ僕から案内していいかナ?」
ダルシムの提案に反対する者はおらず、それぞれ休憩時間は終わったようにそれぞれの業務へと戻って行く。同時にダルシムは阿柱の方へと寄っていき手を引いて案内を始めようとする。
しかし、阿柱は歩みを止め俯き、少し顔を赤めてダルシムに質問する。
「……トイレってここにありますか?」
ダルシムはフハハッと声を出して笑った後、喜んでトイレへと案内をした。
◆
「ありがとうございました。すみません。」
阿柱は用を終わらせ、気まずそうに赤面するがダルシムはそれに対して和かに対応する。
「大丈夫大丈夫!生理現象は誰にも避けられないヨ!じゃあ気を取り直して案内してあげよウ。」
「はい!」
ダルシムはそう言って、おおよそ歓迎会言えない雰囲気の歓迎会をやった部屋の、右側の扉を開けズンズン進んでゆく。
「僕の担当の空想態は一番奥だかラ、業務の基本とかも一緒に説明するネ。
まず、空想態に関しての業務は刺激をすル。この一点だけだネ。まぁ、刺激にも種類はあるんだけど、主な刺激の方法は四ツ。
『本能』『洞察』『愛着』『抑圧』でそれぞれ猫で例えると、『餌やり・猫じゃらし』『掃除・観察』『コミュニケーション・愛でる』『暴力・罵倒』とかだネ。まぁ、他にも特殊な刺激をしないといけない空想態もいるけド。
ちなみに愛着刺激をしたら即死、とか三回異常抑圧すると即死、とかあるからしっかり各空想態の特徴を知るところからネ!」
「ダル先輩、なぜ作業をそこまで区分するんですか?」
ダルシムはふふんと鼻を鳴らし、疑問に答えようとする。阿柱が入るまで一番後輩だった彼は、先輩呼びがとても誇らしいようだ。
「それはね後輩君、空想態によって好みの刺激があって、その刺激の好き嫌いでエネルギーの生産量が変わるからなのだよ。」
「へ〜」
そんな話をしている内に長い廊下の終着点に辿り着く、そこには厳重とは程遠いような木製のお洒落なドアがあった。扉の横にはプレートが飾られており『ジャック』と描いてあった。
「ここからは僕の担当の刺激の話。この子が好きなのは『愛着』。話をするだけでいいお仕事だヨ。
多分この研究所で一番、危険性は無いと思ウ。けど、油断しないデ。血とか人の声から聞く事件とかを見たり聞いたりすると殺人鬼になるからそれだけは注意ネ。
最初だから頷いたり共感すればいいヨ。あの子自身、気遣いができるから無理に話題を振ってくることは無い………と思ウ。」
「なんで自信なさげなんですか。」
「だって、阿柱ちゃん…空想態から出てきたかラ………。」
「あ………はい。」
これに関しては阿柱はぐうの音も出なかった。
と、二人の会話が終わったその時、ドアが開き中から落ち着いた初老の男性が出てきた。彼は落ち着いた雰囲気を纏い、ジェントルマンな紳士服を身につけ、左目にはダルシムと同じモノクルをかけている。
「おや、ダルシムさん。奇遇ですね。新聞は持ってきてくれましたか?」
彼は二人を見て、驚いた様に目を見開くがそれも束の間、すぐさまダルシムに握手の手を差し伸べてくる。二人はしっかりとした握手をした後、阿柱の方へ向き直し挨拶をする。
「これはこれは、初めまして。新しい職員の方ですね?私の名前はジャックと申します。失礼ながらここに居を構えているものです。仲良くしましょうね?」
「え、あ。初めまして。阿柱と言います。……よろしくお願いします?」
「ええ、よろしくお願いします。」
軽く挨拶を交わすとジャックは少ししか開けていなかったドアを全開にし、部屋の中へと手招きをする。
「ささ、立ち話もなんですし上がっていってください。」
老紳士って憧れるよね……




