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◆40【最終話】

◆40【最終話】


 それから馬車で一ヶ月。

 野営をしつつカイル一行は魔王城へ向かった。

 そして魔王城の入口、というより玄関へと立つ。

「ほえぇ、これ城というより館だね」

 一行の誰もが思ったことを、レナスが口に出す。

「そうだね。軍勢を防ぐ目的には見えない。ついでに迷宮として探索者を迷わせるものにも見えない。罠の気配が感じられない」

 カイルは【罠解除師】ではない。だからどこにどのような罠があるか、迷宮の中でさえ明確に読み取ることはできない。

 しかしそこは【司令】と【主動頭首】の重ね掛けの冒険者。いまから立ち入る区域に罠が潜んでいるか否かぐらいは、観察力と直感で把握できる。

 だが、物理的な意味での罠はないと確信できても、策略が構えられているおそれは捨てきれない。

 カイルが知らず、眉間に力を込めていると。

「ご安心ください、だまし討ちもしません。そうするならとうにしています。出立から一ヶ月もあったのをお忘れですか」

「それもそうですね。失礼しました」

 彼は素直に頭を下げた。

「この魔王城の闘技場で主は待っております。ご案内します」

「闘技場……そんなものがこの館にあるのか……」

「簡易なものです。それでも大昔は頻繁に使われていたようですが、いまは魔法人形に維持管理の負担をかけていただけの代物です」

「なるほど。維持管理はしていたということは、いまからでも使えるんですね」

「おっしゃる通りです。戦いの用にも、まだ充分に耐えられます」

 ともかく、ご案内します、と彼女は言った。


 やがて、広い場所に出た。斜め上には観客席らしきところが見える。

 真ん中には勇者ミレディ。

「では、私はこれにて」

 そそくさと去ってゆくアイシャ。

「え、あ、あの」

「ミレディ陛下のお言葉を、よくよく聞いて差し上げてください。その上でどうするかは、もはや私のどうこうするところではありませんゆえ」

 彼女の影が消える。

「カイル、待っていたわよ」

 勇者ミレディは感情の見えない顔で告げる。

「カイル、あなたは勇者一党を追放されたこと、いまも恨んでいるのかしら」

「そんなことより人を呼びつけて戦うとか、本当にはた迷惑じゃないか。魔王討伐の手柄を得られるのでなければ、僕は絶対にここに来なかったよ」

「カイル、人の質問に」

「答えなさい、と? あなたはもう人間じゃない。ただの魔王だ。とはいえ」

 彼は剣を抜き、電光の杖とともに構えた。

「ここに魔王がいるのは、冒険者としてさらに上の次元に達する好機。せいぜい頑張らせてもらうとするかな」

「人の話を聞きなさい。いまも私を、勇者を恨んでいるの?」

「最初は恨んださ。だけど追放は仕方がない。僕の中心的な天性は、頭首じゃないと全く活きないからね」

「そう……恨んでいたのね」

「人の話を聞こうか。恨んでいたのは最初だけだよ」

「じゃあなんで勇者の剣を売り付けたの!」

 彼女がにわかに憤激する。

「なんで、なんで四大魔道具を譲ってくれないの、私を木に縛り付けて、賠償金を恐喝して奪って、それで恨んでいないなんてどうしていえるの!」

「おいおい、勇者の剣を代わりに取ってきてあげたんだから、駄賃をもらうのは当然だよ。賠償金の件だって、そっちが四大魔道具を『恐喝』して奪おうとしたんだよ?」

 カイルは、話しながら自分がどんどん冷静になっていくのを感じていた。

「だからって、勇者一党の離散までさせなくたっていいじゃない!」

「それは僕のせいじゃないな。因果の流れに少しは関わっているかもしれないけど、駄賃の出し渋りも四大魔道具の恐喝も、基本としてきみが選んだ道だ。あとでその報いを受けるのは当然だと思わないかい?」

「私は、どうしてあなたがそうも冷静でいられるかが分からない。あなたには人の血が流れていない!」

「ひどい中傷だ。これは賠償金をもらう必要がありそうだ」

 言いつつ、カイルは改めて武器を構える。

 ミレディも、勇者の剣を構えた。

「絶対に許さない!」


 両者、一気に距離を詰めて剣を撃ち合う。

 その灼熱のごとき剣筋からは、激しく火花が散る。

「カイル、あんたはいつもいつも!」

「へえ、実戦で怒りに身を任せるのか。僕ならそんな戦いはしないね」

 あおり立てるカイル。ミレディはさらに顔を紅潮させる。

「この、クソ野郎が!」

 剣の気は憤怒に支配され、無駄な力みと、安直な筋を生む。

 怒気は戦いにおいて禁忌。それはミレディも分かっているのだろうが、止められないようだ、というよりカイルがあえてそれを加速させている。

 カイルはいつかのダルトンの戦い方を、知らず、踏襲していた。

「この……ッ!」

 その力みで乱れた体勢に、正確に何度もカイルは打ち込む。立て直しの隙を与えない。

 とにかく余裕を生じさせないそれは、ジークフリートの剣法にも似ている。

「畜生が!」

 とても女勇者の台詞とは思えないことを吐いて、ミレディは一度距離を取る。

 そこへカイルが投擲用の短剣の束を構え、バリスタの力で飛ばす!

「バリスタよ!」

「くっ、ぐううっ!」

 いくつかが急所に当たったようで、ミレディは苦悶の表情を浮かべる。

 そこへ今度は杖。もちろん――

「電光の杖よ!」

 一瞬の火花の後、杖から勇者魔王へ轟雷がほとばしった。

「ぐっ、ああ……!」

 しかしそれでも彼女は起き上がる。

 なんのために?

 おそらく、自分の怒りのためであろう。これほどまでに傷つきながらも、彼女は報いを与えようとすることをやめない。

 正しい用途に使っていれば何かを成したであろう、鋼鉄の意志。

 しかしいまのそれは、ただ魔王の邪悪な行為を加速させているにすぎない。

「もう一度っ、電光の杖よ!」

 再び激しい紫電が彼女に食らいつく。

「ぐえっ!」

 だが、まだ息がある。魔王は構えをやめようとしない。

 突き動かすもののために、彼女はいまだ闘志を燃やしている。

「食らえ!」

 すさまじい雄たけびを上げながら、彼女は大上段でカイルに突撃する。

 ――相手がカイルではなかったら、防御の剣ごと頭を叩き割っていただろう。突然の絶叫に驚きすくみ、回避を忘れていたところだろう。

 しかし、相手はカイルだった。

 彼は至って冷静に、全力の剣技をかわし、その心臓を深くえぐる。

 静かに、しかし深く力強く。

「ぐえぇ……」

 カイルの戦いは勝利で幕を閉じ、ミレディの憎悪はここで、はかなくも消え失せた。


 ミレディは即死だった。医師を呼ぶまでもなく、レナス、アヤメ、そしてカイルまでもが彼女の生命反応の消失を確認した。

 カイルは勇者の証である、その剣を回収した。懐かしい剣である。

「僕たちは、魔王を討ったんだね」

「そうだね。魔王を討ったんだよ」

 戦いはカイル以外のメンバーにはあまり出番がなかった。

 逆にいえばカイルは、感傷に浸る資格のある人物だった……が。

「こうも瞬く間にいくものだね」

 彼は頭をかく。

 もちろん強い相手と戦って勝ったのだから、疲労感は決して小さくはない。

 しかし、感傷に浸るには戦いが濃密すぎた。それにカイルにとって、ミレディは宿敵というより、本来なら追放以降関わることのなかった人物という認識であった。

 もっとも、魔王を討ち果たした、それも勇者の地位を捨てて魔王となった存在に勝った、というのは、歴史をみても偉業に違いない。

 そこへアイシャが現れた。

「あの、もし」

「なんです? 主君の仇を討ちに来たんですか?」

「とんでもない。陛下は立派に戦ってあの世へ逝かれたもの。……そうではなく、帰りの馬車を手配しました。よろしければ王都まで乗っていかれませんか?」

「そうですね。ここは南の最果て、一ヶ月かかるんでしたっけ。隊商に紛れて僕たちも行くとします」

 相手が乗り物を出すというなら、乗らない手はない。

 彼は「ふーっ」と額の汗をぬぐった。


 その日はもう陽が落ちかけていたので、魔王城に一泊することとなった。

 カイルはバルコニーで鮮やかな空を見る。

 昼以上に地表を焼き尽くすような色の陽光と、宵闇を呼び起こす陰の空。その境界は鮮明なようでいてあいまいである。

 自分は偉業を果たした人物である、とカイルはようやく、実感を持って認識した。

 四大魔道具を制覇し、魔王と化した勇者を討った。冒険者としてこれ以上何を望めようか。

 しかし、それ以上に世界は移ろいゆく。この空のように。

 世に波乱の種は尽きない。四大魔道具と勇者魔王だけで終わりということはあるまい。いずれ必ず、彼らが解決しなければならない何かが生じてくるだろう。

 すべては激動の中に。

 カイルは新たな冒険の予感を得ると、目をつむった。

 風が心地良かった。



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