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◆39

◆39


 与えられた部屋で、ミレディは考える。

 確かにカイルは腹が立つ。ミレディにとって「お荷物を弾いて、より役に立つ人間を入れる」という正しい判断のもとに勇者パーティを追放したのに、よほど気に入らなかったのか、ミレディらに粘着してこれでもかと邪魔をする。

 挙句、妨害のせいで勇者パーティは離散。仲間を補充することもできず、ソロの適性はミレディにはなく、彼女の進退は窮まっている。

 できることならカイルの息の根を止めたい。あの世で自分の行いを悔いてもらいたい。

 だが……ミレディは長い間、魔王側ではなく、人間側の世界で生きてきた。

 確かに人間側の世界――魔王城の近辺でも人間が細々と生活を営んでいるので、少々語弊があるかもしれないが――の知り合いは、没落する彼女と距離を取る選択をした。しかしそれでも、ミレディにとって人間側の世界は故郷。愛着は充分すぎるほどある。

 だが、こうも思うのだ。

 環境の変化は、悪いことではない。彼女以外の人間も、転職や勤め先の変更、他業種から冒険者への転身、あるいは商売なら業態を大きく変えたりといった、環境の変化をこなしているのではないか。

 勇者が魔王に転身するのは、世間的には大きな話題となるだろうが、転身したらしたで、また新たな世界があるのではないか。

 少なくとも、カイルを大っぴらに亡き者にできる世界が。

 どうせ勇者のままカイルを討っても、人間側にいる限りろくな結果にならない。ならば、魔王城の主、わずかな領地ではあるが魔王の領域の支配者として、あの憎き冒険者を討ち果たすことに、なんのためらいがあろうか。

 道は定まった。とるべき選択は見え、討つべき仇は彼であると運命が示した。

 とはいえ、ミレディは眠くなってきたので、明日この心をエリーザに話すとして、この日は早めに床に就いた。


 翌日。

「私が魔王の座を継ぎます」

 朝からミレディはエリーザにそう告げた。

「ずいぶんお早い決断ですね」

「意外でした?」

「それほど意外でもありません。私は、貴殿が勇者という鎖にいかに縛られていたか、密偵を通してではありますが存じているつもりです。特に……カイルの件」

 ミレディはその名を聞いて、己の敵意がにわかに膨らむのを感じた。

「市井の人々は、彼が四大魔道具を制覇したのもあって、彼の行いは『まあ、仕方がない』『悪くはない』と判断するのでしょう。しかし私にはそうは思えません」

「当たり前です」

「その通り。民というものは、ちょっと成果を挙げるとたやすく目を曇らせる。努力の果てに確固たる名声を得た人間が、悪者であるはずがない……そう考えがちです。しかし」

 彼女は淡々と続ける。

「彼の言行を客観的に、つぶさに検証する限り、私にはカイルこそが、貴殿を進退窮まるところまで堕とした元凶のように思えます」

「その通り、ずいぶん分かっておられますね」

「勇者の剣を先に得て、勇者の足元を見て高く売り付ける。魔王征伐という、人間側にとって崇高な目的のために四大魔道具を使わせることを拒み、どころか戦いに発展して賠償金をせしめる。これが鬼畜の所業でないとして、なんだというのでしょうか」

 その言葉の一つ一つが、ミレディに染み込んでいく。

「その通り。だから私は」

「魔王になることを望むのですね。カイルを亡き者にする機会を得るために、勇者という鎖を破って捨て、対決をするのですね」

「そう。そうよ、私はカイルを討つためにはなんでもする」

 彼女の声は淡白だったが、そこには決然たる意思がこもっていた。

「分かりました。魔王の力をお譲りします。そこにお掛けになってください」

 そこにはイス。

 ミレディが座ると、エリーザは立ったまま目を閉じ、ミレディの額に人差し指を当てた。

「我が災厄の力よ、世界を震えしめ、闇に暴れ狂うその力よ――」


 冒険者の仕事に一区切りついて、ゆっくりしていたカイルのもとに、その報せは飛び込んできた。

「勇者ミレディが魔王に……!」

「左様。簡素ではありますが式典が開かれ、それを直接見たという者もおりました」

 ミレディが先代魔王からその力を継ぎ、魔王の領域でその宣言をしたという。なお、直前の魔王はそのまま息を引き取ったようだ。

 主に行商人が運んできたその情報は、瞬く間に王都中に広まったようだ。

「あの勇者、とうとう使命を捨てたのか」

「まあ……私たちも色々無茶をしたからね」

 レナスがぼそっと。

 しかしカイルは。

「無茶じゃないさ。僕たちは何も悪くない。いつだって仕掛けてきたのは勇者のほうじゃないか。僕たちが頑張って、本当に頑張って手に入れた勇者の剣をただでもらおうとしたり、四大魔道具も同じだ、あいつは勝手すぎるんだ。今回、勇者の使命を捨てたのも、あいつの勝手さを証明する事実じゃないかな」

「そうかもしれないけど……」

「しかしそうなると、別の意味で僕たちも困るな」

「というと?」

 セシリアが首をかしげる。

「僕たちは四大魔道具の制覇をした一党だ。勇者、もとい魔王を討つ任務を、国から命じられるかもしれない」

「そうかなあ。確かに魔王を討つ人間はいなくなっちゃったけど、それで私たちにお鉢が回るかな?」

「そうだぞカイル殿。強さや長旅の耐久力で言えば、大変言いにくいが、もっと上の連中がギルドにいるぞ」

「まあ、そうなんだよね。バーツさんとか、単独の冒険にかけては天才といわれているみたいだし」

 一見、あまりそういった繊細なことに向かなさそうなバーツは、繰り返し述べるが単独冒険の天才である。

「あまり心配していても仕方がないか。気楽に情勢を見守ろう」

「そうだね。ミレディさんはカイル君に思うところがありそうだけど、まさか闇討ちに来たり、決闘の迎えに来たりはしないよね」

「あるわけないよ。ハハハ」

 カイルは一笑に付した。


 しかし現実は無情だった。

「ごめんください。アイシャと申します」

 誰かが夜にカイルの家を訪ねてきた。

「はあい。どちらのアイシャさんですか」

 瞬間。

「いやレナス待って。アイシャ……まさか歴代魔王の側近の?」

「……その通りです。私は魔王の家来のアイシャと申します」

 一気に空気が張り詰める。

「なんのつもりだ!」

「ここで戦うためではないことは、はっきり申し上げます。闇討ちなど私はしません」

 信用できない。

「それをどうやって信じろと?」

「どうか、お願いです、話だけでもお聞きください」

 しばらくカイルは沈黙する。

「……よし、ここではなく外で話そう。均衡亭、あそこなら、酒場ながらも落ち着いた雰囲気だから、話はできるはずだ」

「カイル君、危険じゃないの、大丈夫?」

「ここで話すよりは安全だよ。戦闘に入ったときでも警察軍を呼べる」

「分かりました。均衡亭ですね」

「僕が案内します。くれぐれも妙な気は起こさないように願います」

「もちろんです。お約束します」

 アイシャは、大声ではないものの、しかと確約した。


 酒場について、話を始めたときも、アイシャはあくまで平和的に話をした。

 ただし中身は平和的ではない。

「ミレディが僕と戦って、決着をつけると?」

「一言で申し上げれば、そうなります」

 彼女は静かにうなずいた。

「やっぱり戦いの話じゃないか」

「ここでは私は戦いません。もちろん、魔王城での決闘の際も私は手を出しません」

「信用できるか?」

「私がそんな人間でしたら、今頃、魔王陛下とともに夜討ちをかけていると思いますが」

「……それもそうだ……」

 その発言には説得力があった。奇襲をかけたほうが百倍早い。

「しかし決闘か。勇者魔王と」

「一騎討ちではありません。陛下と、カイル殿の四人組との戦いです」

「ずいぶん有利じゃないですか。何か理由が?」

「陛下が恨んでいるのは、カイル殿お一人ではなく、その一党全員だからです」

「……なるほど」

 はた迷惑ではあった。

 しかし、考え方を変えると。

「魔王を討伐して、さらに冒険者として駆け上がる好機ではあるね」

「勝てるの?」

 レナスの問いに、しかしカイルは答える。

「それは分からない。でも、四大魔道具を制覇した僕たち自身を信じてもいいんじゃないかな。それに臆病風に吹かれていたら、極論、どんな冒険もできない。危険はどこにでもある」

「そうだけどさ」

「ここは受けないか、どちらにしてもミレディがこれであきらめるとは思えない」

「それもそうだな」

「然り。それがしは賛成いたします」

「んん、まあ戦いはもう慣れてるからね。私も賛成」

 全員が同意した。

「というわけで、その招待に応じます。……移動方法は?」

「外に馬車を留めています。一ヶ月ほどかかりますが、旅に必要なものは全部ありますのでご心配なく」

「隊商にでも偽装したとか?」

「正解です」

 アイシャはいたずらっぽい笑みをこぼした。



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