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◆30

◆30


 しばらくして、カイルの本拠地たる小さな自宅に、思ったとおりの来客があった。

「ごめんください。私は連合王国国防室、事務次官のドレイクと申します、カイル殿にご面会をお願いいたしたく参りました」

 国防室の事務次官。「軍人組」ではないものの、「行政組」のトップクラスの人物である。

 大変な来客である。

 しかしカイルは慌てるでもなく静かに答える。

「私がカイルです」

 ある程度予想していた客人に慌てるほど、彼はマヌケではなかった。

 ともかく、彼が出ると、ドレイクと供の者が頭を下げた。

「改めて、国防室事務次官のドレイクと申します。こちらは特別参与のネルソン」

「ネルソンと申す。よろしくお願い申し上げる次第」

 カイルが素早く観察すると、彼らの白く繊細なあつらえのシャツには、一目で豪華だと分かる紋章がついている。

 役職だけでなく、おそらくは爵位を持っている、官吏貴族であろう。

「おお……私がカイルです。奥にいるレナスとセシリア、アヤメを率いて、冒険者一党の頭首をしております。立ち話もなんですので、粗末ではありますが中へどうぞ」

 そう言って、本当に粗末な家の中に、カイルは半ば恥じ入りながら、客を招いた。


 安い茶葉の紅茶を差し出しつつ、カイルは話を切り出した。

「それで、わざわざ事務次官様が、いかなご用件で?」

「……単刀直入に申しましょう。これから起こるであろう合戦に、ご助力をいただきたいのです」

 本当に話の早い人物であった。

「合戦? いかようなお話でしょうか?」

 すぐにうなずいたのでは聞ける話も聞けない。カイルは詳しく聞き出すべく、すっとぼけてみせる。

 実際、合戦のきな臭さはすでに感知していたものの、どこと、どのような理由で、どの程度の規模でぶち当たるのか、詳細は彼もよく分かっていない。

 だから、可能な限り詳細を聞き出すことが必要である。

 そして、ドレイクの側もそれは承知だったようで。

「詳しくご説明いたしましょう」

 いわく。

 隣国、パット部族連盟国の盟主、その息子の一人が落馬により死亡した。

 それ自体は不幸な事故によるものだったが、邪心を持った盟主の側近……「君側の奸」が、それを宿将ライアスによる計略だと吹き込んだ。

 ライアスは、もともと連合王国出身の流れ者で、その勇猛さと器量により出世した人物であった。

 そして側近の言うには、息子の落馬は、実は王国からの埋伏の毒であったライアスが、部族連盟を内部から乱すために謀ったものである。

 無論、そのようなことは実際には全くない。ライアスが王国出身だったことは確かだが、現在、王国とのつながりはもはや消失していた。

 これにまんまとだまされ、怒り心頭になった盟主は、この王国に攻撃を仕掛けるべく軍備を整えている。

 部族連盟には宣戦布告の概念はないから、彼らが表立って出陣したときに、連合王国側が宣戦布告を発するつもりだという。

「この戦い、ぜひとも四大魔道具の力、そしてそれを不屈の意思によって入手したカイル殿方のご助力が必要でございます。どうか、お力をお貸しいただけませんでしょうか」

 しかしカイルは。

「ドレイク様、貴殿が礼を重んじるお方であり、貴族でありながら平民の私めにも決して高飛車には接しない、模範的なお方であることは充分に分かりました。しかし足りないものがあります」

「それは」

 ドレイクが言いかけると、そばのネルソンが継いだ。

「礼を尽くすだけでは、やはり通じませぬか。報酬の話が足りないということでござろう」

「おっしゃる通りです。それも、できれば普通の報酬ではなく、持っていることが名誉にもなるような、そう、例えば四大魔道具の最後の一つ……!」

 カイルのこの言葉は、本気で期待していたわけではない。ただ、もしそれがあるのなら、要求するに越したことはないという計算、ハッタリにも似た算用であった。

 だが。

「むむ、やはりあの四大魔道具『除却の指輪』が必要でありますか……」

 そのハッタリは思いのほか命中した。

「そう、やはり冒険者の本質は四大魔道具の獲得にある以上、そういったものでないと、なかなか動きがたいものがあります」

 手応えに心中喝采し、追い討ちをかけるカイル。

「むむ……分かり申した。しかし四大魔道具は冒険者以外にとっても大変な貴重品です。もっと上に掛け合って、慎重に決裁しなければなりません」

「そうですか。私たちも、もしできるなら同行いたしたく思っているのですが……」

 お願いすると、ドレイクはしばらくうなってから。

「……承知いたしました。案内しますゆえ、ご同行してくだされ」

 果断にも同行を受け入れた。


 その後、王宮まで案内され、カイルらはしばらく控えの間で待たされた。

 上に掛け合って、慎重に決裁。

 これはもしかしたら、国王にまで話が行っているのかもしれない。

 もしそうだとすれば、いや、いずれにしてもお偉いさんが居並ぶ前で何か話をしなければならないのだろう。そもそも迎えに来たのが国防室の事務次官、かなり地位の高い人物であったのだから、そうなるのは必然。

 などとカイルがつらつら考えていると、使いの者がやってきた。

「国王陛下がお呼びですので、謁見の間へどうぞ。私が案内します」

 やっぱり国王陛下か。

 彼は、しかし、これも四大魔道具のためと割り切り、使者の後をついていった。


 謁見の間。

「そなたが冒険者カイル殿か。よくぞ参られた」

「ご尊顔を拝し恐悦に存じます」

 カイルは深く一礼した。

「四大魔道具の制覇に最も近い男と聞いておる。なるほど、確かに頭の切れそうな顔の造りをしている」

 顔の造りて。

 彼は思わず何か言いそうになったが、言葉をすぐに呑み込んだ。ここで何か変なことを言っては、話がぶち壊しになる。

「お褒めの言葉、ありがたくちょうだいします」

「ふむ。凡百の冒険者と違って礼儀はしっかりしているな。……おっとこれには答えなくてよい。さて話は、合戦への協力と『除却の指輪』の件だな」

「仰せのとおりです。私も祖国の誇りをかけた戦いに参加することを、決して嫌がっているわけではありません。しかし」

 彼は言葉を選びつつ続ける。

「しかし、冒険者の本質は、皆様もご存知のように四大魔道具の獲得です。それが果たされなければ、というよりそれを大幅に遅らせることが正当化されれば、僕たちの冒険、ひいては冒険者たち全体の冒険にも支障が生じることでしょう」

 遠回しな問責。

 問責の言葉を、あくまでも穏やかに、淡々と述べる。そうでなければ国王への不敬に該当して逆襲されるおそれがある。慎重にやらなければならない。

 そしてそれはどうやら通じたようだ。

「ふむ。一理あるな」

 国王は短くうなる。

「除却の指輪は四大魔道具、つまり大変な貴重品だ。しかし、国の宝物庫の奥にただしまっていても、仕方がないのは事実。冒険者に譲渡して、冒険に活用するなり、冒険者ギルドが維持管理する方が役に立つのだろう」

 暗に「貴重品ではあるが、国としては要らない」と言っているかのような話しぶり。

 これは交渉成立するかもしれない。

 カイルが「むむ、そうですね」と返したところで、不意に国王が。

「ところでカイル殿」

「なんでございましょう?」

「我が国が除却の指輪を持っていることを、どうやって知った?」

 一瞬にして緊迫が走る。おそらくではあるが、このことは機密扱いだったのだろう。

 とすれば、適当にごまかして場を収めることは不可能。

 カイルは正直に答えた。

「ドレイク殿にハッタリをかましました」

「……ハッタリ?」

 国王とドレイクが目を見張る。

「はい。ドレイク殿方とお会いした時点で、除却の指輪のありかは全く知らず、どこの誰が所有しているか、いや、そもそも誰かの手にあるのかどうかも分からない状態でした」

「それでなぜドレイクに目をつけたのだね?」

「目をつけたというほどではありません。国の高官であるドレイク殿にお尋ねすれば、とりあえず連合王国が所有しているかどうかは調べることができる、と考えました。正直、確信どころか手がかりも特になく、ただ網を広げるためだけにかましたハッタリです」

 国王とドレイクはしばし無言だったが、やがて苦笑交じりに国王が答えた。

「ふむう、面白い、実に面白い。カイル殿は、ハッタリも命中させる幸運を持ち合わせているようだな。それでこそ名うての冒険者というもの」

「恐縮にございます」

「うむ、分かった。合戦へ協力してもらい、勝った暁には、除却の指輪を与えよう」

「ありがとうございます。ただ……実物を一度で構いませんので、見せていただけませんか。国王陛下の言を疑うわけではありませんが、物はできるだけ、ここにいるアヤメが鑑定するのが一党の慣習でありまして」

「それもそうだな。よい心がけだ。誰か、例の指輪を持ってきなさい」

 しばらくして、使いが腕輪を持ってきた。

 銀に似た光沢を持ち、飾りはきわめて簡素。どことなく指輪の回りにだけ静けさが漂う。

「本物ですな。それ以外に言葉がありません。四大魔道具の一つとみて間違いありませぬ」

 アヤメが所見を述べた。

「……これでよいかな?」

 国王が尋ねたので、カイルは答える。

「はい。ありがとうございます。これが手に入るように、合戦への協力をお約束します」

「うむ。良かった、頼んだぞ」

 国王は「下がってよいぞ」と指示した。



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