◆18
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ところが。
「カイル君、休むのもいいけど、たまには街で遊ばない?」
カイルの家、というかパーティの家で、レナスがあくまでも軽い調子で話を持ち掛けてきた。
ちなみにセシリアとアヤメは、武器の維持管理のため、別室で作業をしている。
「町で遊ぶ?」
「うん。もちろん休息も必要だから、そんなに長い時間でなくてもいいからさ」
レナスはニコニコとしている。
「いいけど、具体的にどこに行くんだい?」
「この時間なら、広場で大道芸人がなんかしているはずだから、それを見に行くとか。昼ご飯は私、美味しいところを知ってるし、その後はいつもやってる吟遊詩人の演奏を聴くとか」
「なるほど。楽しそうだね。いいよ、一緒に行こう」
カイルは外套を出すが、レナスは。
「一緒に行くんじゃあんまり意味がないよ」
「えっ、そういう話じゃなかったっけ」
「そういう話だけど、そうじゃないんだよ。時計台で十一の時刻に待ち合わせよう」
「えっ、なんでわざわざ待ち合わせるの」
「そういうものだからだよ。気分ってやつだよ気分!」
カイルは首をかしげるが、ここで引っ掛かっていても仕方がないことは理解した。
「そういうものかあ。じゃあ時計台だね、待ち合わせしよう」
「うん。私が先に行くからね。カイル君はゆっくり支度をするといいよ」
カイルは若干釈然としないながらも、「分かった」と答えた。
約束通り時計台に向かうと、当たり前だがレナスが先に来ていた。
「来たよ」
「遅いね。女の子を待たせるなんて」
「エェ……レナスがそうしろって言ったんじゃないか」
「言い訳は無しだよ。そういうものなんだから」
あまりに理不尽な指摘。
「そういうものなの?」
「うん、そういうものなんだよ」
カイルはカイルで、女性と待ち合わせた経験はないので、そうだと言われればそうだと納得するしかなかった。
「しかし今日はすごく晴れてるね。これなら屋外で大道芸人とか吟遊詩人の演芸を見ていても、雨に困ることはないだろうね」
「ふふん。雨の日なら雨の日で、別の計画があったから大丈夫だよ」
「それはいいね。さすが一党の大黒柱レナスだよ」
「エッヘッヘ」
レナスが気持ち悪い笑みを浮かべたところで、彼は促した。
「じゃあ、まあ、遊びに行こうか。案内頼むよ、僕はそういうのにあまり詳しくなくて」
「うん、レナスにお任せあれ」
彼女は「この時間なら、すでに広場に人が集まってるよ」などと言って、方角を指し示した。
それから、カイルたちはつかの間の休日を一緒に過ごした。
まるで恋人のように。
広場の大道芸人は長い剣を飲み込んだり、炎を丸呑みしたり、棍を空中にたくさん投げてさばいたりした。
カイルは、これが種のある手品であることを理解しているが、それでも剣を飲み込んだりする大道芸人には「大丈夫かな」などと心配になったりした。
そしてそのたびに、レナスが「それを心配するのは野暮ってもんだよ」などと一丁前に諭したりした。
しかしカイルは馬鹿にされたとは思わなかった。むしろそういった反応が心地よいとさえ感じた。
食事。
レナスの言うとおり、おしゃれな料理屋だった。小奇麗で家具も工夫が凝らされている。
間違っても酒をかっ食らう荒くれ者どもが来るような場所ではない。
そういえばレナスは、カイルが勇者パーティを追放されてから最初に会ったときは、ガラの悪い男たちに絡まれていたのだった。
そういった経験があるからこそ、彼女は危険を避けるためにこの料理屋を知って選んだのかもしれない。
「いやあ、たまたま発見したこの料理屋がいい感じでね、いつかカイル君と一緒に来たいと思っていたんだ」
彼女はそう言うが、まだガラの悪い男に絡まれたのが後を引きずっているのかもしれない。
「それに、後から知ったんだけど、ここのご主人とはどうやら親戚らしくてね、売り上げに貢献して恩を売るのも悪くないよね!」
どうやらガラの悪い男うんぬんは関係ないようだ。なんというかたくましい理由だった。
もっとも、実際に出された料理は、いずれも美味しく頂くことができた。さすがは曲がりなりにも【料理人初級】の天性を持つレナスが紹介するほどである。自分で作るよりも、この料理屋で食べたほうが美味いという判断だろうか。
そうだとすれば、ここの主人は中級以上の【料理人】系天性を持っているのだろうか。
そこまで考えて、しかしカイルはその思考を振り払った。
なんでも天性で考えるのは良くない。目の前の料理が美味い、ただそれだけで充分なのではあるまいか。
レナスの商魂を別にしても。
「確かに美味しいね。レナスがこういうお店を知っていたなんて驚いたよ」
「フッヘッヘ。私は鈍感のカイル君と違って、こういうことには敏感なのです」
「あまり敏感過ぎて、食べて太るのは勘弁してね。仲間の健康管理も頭首の仕事だから」
「うぅうー! カイル君のばか!」
レナスは悪態をつきながらも、「あっこれ美味い美味い」などと料理を平らげた。
満腹の二人は、大道芸人がいたところとは別の広場で、吟遊詩人の弾き語りを聞いた。
英雄の伝説についての歌詞……ではあったのだが、出てくる英雄の行動が、なんというか小賢しい。
旅道具屋で値切り交渉をしたり、倒した盗賊から金目のものを奪ったり、敵を挑発しておびき寄せ、その隙に仲間が目当てのものを奪ったり。
カイルも他人のことをとやかく言えるほど立派な冒険者ではないのだが、しかしこの英雄にはこすっからい感じ――ではなく妙な親近感と深い共感を覚えた。
なんというか、他人事ではない感覚があるのだ。
一方、彼と同じく弾き語りを聞いたレナスは。
「なんかあの物語の英雄、こすっからいよね」
自分たちを棚上げにしてぼやいていた。
辺りはすっかり夕焼けの景色になった。
橙と紫の空が入り交じり、太陽はわずかに空に残る。
その色は震えを覚えるまでに美しく、時間の境目を否応なく意識させる。
「もうこんな時間だね……」
広場の長椅子で、レナスはぽつりとつぶやく。
「そうだね……」
さすがのカイルも気持ちを汲み取り、沈みゆく太陽と過ぎた時の名残を惜しむ。
「ずっとこのままでいたかったね」
「そうだね。僕もそうしていたいけど、終わりはなんにでもあるさ。気分転換にはなったし、それでいいんじゃないかな。僕は楽しかったよ。ありがとう」
素直に礼を述べた。
「そうだね。明日からまた、四大魔道具探しの続きだね」
「ああ。まあ他の冒険者と競争とはいえ、そんなに急ぎの仕事ではないだろうし、またゆっくりじっくりやっていけばいいさ」
カイルは、この平和な時を噛み締めるように、言葉をつむぐ。
「カイル君は誰と……」
「うん?」
「いや、なんでもない。なんでもないよ」
レナスは首を振ると、「終わっちゃうのかあ」とぽつり、つぶやいた。
ある日、酒場で残念ながらなんの情報もつかめなかったカイルが、せめて何かが掲示板に掲載されていることを期待してギルドに行くと。
「これはまた……」
「酔狂なことだなあ」
その「何か」が掲示板に張り出されていたようだ。
彼は自分の偶然の判断――あるいは一種の幸運に感動しつつ、尋ねる。
「何かあったのですか」
「おう、カイルじゃねえか」
「えっ、カイルってあのカイル?」
バーツの呼びかけと、それに反応する同業者。
バリスタの星光の件で、カイルはどうやら少しは有名になっていたらしい。
「そう、あのカイル。……それはともかく、見ろよこれ。金持ちが変なことするよな」
いわく。
北の大都市サハッコの、ダルトンという酔狂な金持ちが迷宮を作った。その迷宮を攻略する参加者を募集している。
賞品はなんと四大魔道具の一つ「バリスタの月光」だという。
カイルが求めていた、バリスタの星光と対になるものだ。
「賞品が四大魔道具で、しかも月光……!」
「おう。本物かね?」
その魔道具は、ダルトンの邸宅の暖炉にいつの間にかあったとのこと。使用人がある朝、火を起こそうとしたところ、ひときわ艶を放つその腕輪を発見したそうだ。
この偉大な魔道具を、全くもって偶然の導きで手に入れたダルトンは。
――せっかくだから、これをダシに面白い催しをしよう。
などと考えたようだ。
「むむ、その発想が全然分かりませんね」
「まあ普通の富豪が持っていても仕方ねえからな。おまけにこれは、本物ならバリスタの月光、単体では何の意味もない代物だ」
「なるほど」
カイルは催しの時期を見た。すでにそこそこ前から始まっているようだ。
「もう開催されている!」
「おう。いまだにこの迷宮は突破されていないみてえだな」
現時点でそれなりに長期にわたって開催されているが、挑戦を打ち破った人間はまだ誰もいない。ダルトンとしても催しをにぎやかにしたいらしく、宣伝の範囲を拡大し、王都の冒険者ギルドに広告を打ったという。
なお、参加時には「参加者が死亡しても富豪ダルトンに一切の責任を問わない」という誓約書を書く必要があるとのこと。つまり、死ぬ可能性が割とある。
また、参加料もそれなりに高い。いまのカイルのパーティならポンと支払える程度だが、決して参加の権利は叩き売りではない。参加料で儲けるつもりなのが分かる。
これで賞品が偽物だったら、さすがにダルトンの責任は免れないだろう。
つまり、おそらく賞品は本物。真正なバリスタの月光であると思われる。
だが。
「結構時間が経っているのに、まだ誰も挑戦に打ち勝っていない」
「そうなんだよ。この迷宮、何かとんでもねえものがあるんじゃねえかな」
バーツは言う。
「むむ。何かがあるかもしれない迷宮ですか」
「カイルは参加するのか? バリスタの星光を勝ち得た傑物の冒険者さんよ」
「やめてくださいよ、運に恵まれただけです。……これは持ち帰って仲間と相談だな……」
「俺としては、希望の星カイルに二個目を勝ち取ってほしいところだな。俺の実力じゃ無理だし。……希望の星ってのは、社交辞令ではなく本気だ。世の中には上り調子の人間の足を引っ張る奴もいるが、俺はどこまでも上がっていってほしい。だってそのほうが気分がいいからな」
その表情からは、嘘偽りや冗談は見受けられない。
だからカイルは誠実に答えた。
「ありがとうございます。僕もご期待にお答えしたいところですが、まず仲間と相談ですね」
「そうか。まあそうだよな。競争相手も多いし、この催し物には謎な部分もあるし」
「早速持ち帰って検討します。励ましの言葉とか、本当にありがとうございます」
「おう。頑張れよ」
バーツと見知らぬ冒険者は軽く手を上げた。




