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花紺青の結び目  作者: 待灯羊南
第十三話 〈嘘つき〉の魔女
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第十三話 〈嘘つき〉の魔女③

 首に深手を負ったシェリーはしばらくベッドから動けず、食事もろくに取れないまま数日が過ぎていった。

 ようやく起き上がれるようになった頃、ウィスタリアと名乗る藤の花を生やした彼は筆記用具を持ってきてくれた青年と、それからもう一人……女の子を連れて部屋に入ってきた。


「シェリー、紹介するよ。ボクの家……と言ってもボクらは旅をしているから空き家を拝借してるのだけれど……で一緒に暮らしている二人さ。黒髪の(からす)族の彼は〈寂寞(せきばく)〉のぺトリコール。金髪のポニーテールの彼女は〈無印〉のクラルテ」

「シェリー。数日ぶりですね。調子はいかがですか? 僕はぺトリコール。ペトリ、とお呼びください」


 烏族、とウィスタリアは言った。起き上がった今ならシェリーにも分かる。彼の腰には黒い一対の翼が生えていて、髪も艶のある濡羽色をしていた。族名の通り烏を連想させる。礼儀正しいその姿は、まるで本の中に出てきた執事のようだとシェリーには感じられた。


「あたしはクラルテ。よろしく」


 金髪の、十五歳ほどに見える少女はそれだけを言って赤い目を逸らし、そっぽを向いてしまった。どうやら新入りには厳しいらしい。


「クラルテ、新しい仲間だよ? 仲良くしなくちゃ」

「あたしは頼んでないし、これ以上増やしたら食費が……」


 思ったより面倒なことになっていたらしい。シェリーが増えたことで、彼女の気に障ったのだろう。


『食費なら大丈夫です、わたし、あまり食べないので』

「そういう問題じゃないんだけど!」


 確かに、シェリーがこのメンバーに新たに加わるということは明らかに邪魔なのかもしれない。彼女はこの三人の関係を壊されたくないのでは、とシェリーは考える。


「大体、ウィスティが「なんか面白そうだから助ける」なんて言わなければ……」

「だって面白そうじゃん、実際面白いことになったわけだしさ。だって初めての成功者だよ? 今まで多くのの人が亡くなってしまったけれど、初めて上手くいったんだ、拾ってよかったよ」

『……わたしに何をしたのか詳しく聞いてもいいですか?』


 シェリーは耐えられずにメモ帳にペンを走らせ、メモ帳を持った腕をぶんぶんと振って強く主張した。彼……ウィスタリアは『藤の花』『不老』と言ったが、シェリーにはさっぱりだったからだ。


「そうか、説明がまだだったね。キミは、ボクの体に生えている藤の花で作った薬を飲んで、不老不死の力を手に入れたってわけさ。そのおかげで、キミは今も首が繋がっている。治癒能力は飲んだ直後は高い効果を発揮するから、怪我人や病気の人に飲ませるにはもってこいってわけさ。ただし、欠点がある」


 ウィスタリアは人差し指を天井へ向けて立てると、次に首を傾げているシェリーを指した。


「この薬は強い薬だから、体に適合しなければ即死なんだ。キミは結果的に適合した。だから今も生きている。ね、拾って正解だっただろ?」


 どうやらウィスタリアはシェリーが適合するかどうか分からないけどとにかく瀕死だった上に面白そうだから拾った、ということらしいのだ。そしてシェリーは、その面白さに付き合わされて死ねなくなった、と。


 どう逃げても死ぬという手段はなくなってしまったことを察して、シェリーは愕然とした。結局のところ、シェリーは楽になりたかったのだ。死ぬことで、生きることから、罪から逃げてしまいたかった。それをこの人は、生きるという手段で償え、と言うのだった。


「さて、それで当番についてなんだけど……クラルテ、キミにシェリーの教育係を任せたいんだ」

「……っはあ!? なんであたしが! ペトリがいるじゃない」

「だって家事当番で一番うまいのクラルテじゃん」

「それは僕も同意します……」

『つまり家事をクラルテさんとわたしに任せる、と?』

「察しがいいね。ボクはこの通りポンコツだから、教育係は二人に任せるよ、特にクラルテ。キミが教えることは多いだろう、同じ女の子としてもね」


 ウィスタリアは「じゃ」と手を振ると、車輪のついた椅子をぺトリコールさんに押してもらいながら、シェリーがいる部屋から出ていった。その時シェリーのベッドからふと彼の足が見えた。木製の義足。それも両足。彼には何があったのだろう。やはり、他の村もナイトメアに襲われていたのかだろうか……?


『他の村も、夜に魔物が出るんですか?』


 そんなことを、部屋に残ったクラルテに訊いてみる。彼女はシェリーの文を読むと、何言ってるの? という顔で眉間にしわを寄せた。というか、口に出ていた。


「魔物? 出ないわよ。出るのはあなたがいた村とその近辺だけ。他の村はのんびりまったり平和ボケしながら呑気に暮らしているわ。これから行く村もきっとそう」

『魔物の正体は……』

「知らないわ。その手のことならウィスティの方が得意分野よ。あたしが得意なのは家事全般だけ。あの二人は料理も洗濯もポンコツだから何も出来ないのよ。女手が増えて助かったわ」


 それが本心ならとても嬉しいことだ。


『これからよろしくお願いします』

「一から教えてあげる。今後、ウィスティと生きていくあなたのためにも、ウィスティのためにも」


 それはきっと、シェリーが〈不老〉になってしまったからなのだろう。クラルテは分かっていたのだ。察しがいい、とは「クラルテやぺトリコールが死んだ後もウィスタリアと共にいることになるから、教えられるものは全部教える」という意味だったのだ。掃除も、洗濯も、料理も、何もかも。ウィスタリアは義足の車椅子だったから、生活に支障があるのだろう。そして、


「ぺトリコールはともかく、ウィスタリアの味覚はとにかく酷いから、覚悟していて」


 彼女は最後にそう言い残して、部屋から出て行ったのだった。




 それから一週間ほどして、シェリーの体はようやく安定の兆しが見えた。傷口もほとんど痛みはなく、声は出せないが首は以前より回せるようになった。

 そうして立ち上がって動き回れるほどに回復した頃、シェリーは三人の朝食に呼ばれたのだった。


「シェリー、朝ご飯食べよう。焼きたてのパンと、サラダと、お魚のムニエルだよ」

『これ全部クラルテさんが……?』

「そう。ボクとペトリは何も出来ないからね。変に動けば彼女を怒らせかねない」

「申し訳ないです…………」


 ウィスタリアは反省ゼロの顔をしているが、ぺトリコールはしゅん、と肩と翼を落として申し訳なさそうに目を閉じていた。

 四人は席に着き、食事に対して感謝の意を込めてお辞儀、そして思い思いに食べ物に手をつけていく。何週間ぶりかの食事。ふとシェリーは家族と共に過ごした食卓を思い出した。思い出してしまった。もう戻ってこないあの食卓を。


「シェリー」


 視界が真っ暗になっていたシェリーの右手に、温かな感覚が伝わっていく。ウィスタリアの手だ。その両手は震えていたシェリーの手にそっと重ねられ、「シェリー」という新しい名前を、もう一度呼んでくれたのだ。


「シェリー。もう自由なんだ、ここでは好きなように食べていい。さあ、深呼吸して」


 シェリーは言われた通りに深く息を吸って、吐き出した。視界に広がるのは素朴でも美味しそうな、パンと、サラダと、魚のムニエル。一人分の量にしては少なく見えるが、病み上がりの人間に、しかも喉を怪我した人にとってはちょうどいいと言えるだろう。


「さあ、召し上がれ。きっと美味しいと思うよ」


 シェリーはパンを手に取り、小さくちぎって口の中に入れた。パリパリとした皮に、ふんわりと広がるバターの香り。こんなに美味しいパンは食べたことがなかったほどに、シェリーは感動した。そういえば、シェリーの生まれた村では、ナイトメアの攻防が激しく食料を幅広く豊かには出来なかったことを思い返す。


 続いてムニエルにナイフを……と持ったところで、シェリーはがちゃん、と大きな音を立ててナイフを落とした。それはシェリー——カノープスが自決しようとしたものと錯覚してしまったから。三人を驚かせてしまったことに謝りながら、仕方が無いので、フォークで切ってから口へと運ぶ。こちらも、じゅわりと魚の味が口の中に広がる。そうしてシェリーは、一人分用意されたものを全て食べることが出来たのだった。


「偉いね、ちゃんと食べられた。久しぶりの食事だっだろう」

「少しずつでいいんですよ。僕も、クラルテも、ウィスティもフォローしますから」

「まずは野菜を洗うところから手伝ってもらおうかしら」

「ボクは作るのを楽しみに待っ——次の旅路について考えておくよ」


 ぺトリコールさんの微笑みとクラルテさんの睨みにウィスタリアが一瞬硬直し、慌てて仕事を繕う。


 それを聞いたクラルテは、よろしい、とでも言うようにこくこくと頷いた。


       ◇


 出発の日——この家を後にする日が来た。三人は本当に空き家を勝手に拝借していたようで、着替えやらの荷物をまとめると案外少ないものだった。


「さて、次の村は……と。うん、あっちの方に行ってみよう」


 もしかして手漕ぎの小舟なのだろうか。たまに村を訪れるキャラバンは船を使って移動していたが、ここに船はどこにもなければ荷馬車もどこにもない。


「シェリー、船旅は苦手かな? ボクの膝に乗る?」

『いえ、一応人並みには鍛えられていますから』

「それは心強いね。あ、ご飯のことなら心配しなくても大丈夫だよ。ボクが何とかするから。食材の目利きなら自信がある。これから旅をするならシェリーも身につけなくちゃね」


 なんだかとんでもない所に巻き込まれてしまったようだ、とシェリーは不安になる。しかし不思議なことに、あたたかくて、居心地がよくて、ふわふわとした感覚にまとわれていた。果たして自分はここにいてもいいのだろうか。


 今までずっと、仕方がないと諦めてきた。生贄に選ばれたシリウスと、選択肢にすら浮かび上がらなかった自分。生まれながらの地位の差。優秀な兄と父親。頑張ることは当たり前だというのが口癖だった母親。


 シリウスは言っていた。もっと怒っていいと。けれど、全てを恨んだ結果があれだった。自分はこの先も、恨んではいけないのだ。


 わたしはこの手で、出会っていく人達を幸せにしなくてはいけない。それがたとえ、どんなに辛い別れが待っているとしても。わたしは、ずっと微笑みながら、生きていく。それが、わたしに与えられた罰。


「そうだシェリー。言い忘れていたけれど、その服と髪の毛、クラルテに仕立てて貰ったんだろう?」

「あたしのを少しリメイクしただけだけど」


 新緑色のシンプルなワンピース。袖や裾には大きなフリル、頭には真っ赤なリボンをカチューシャのように身につけて。


「似合っているよ、シェリー」


 シェリーはそう言われてスカートの裾を摘むと、片足を引いて小さくお辞儀をしてみせた。村の女の子がやっていた、お淑やかなお辞儀。同じ輪の中には入れず、遠目から見ていたカーテシー。あぁ、本当にわたしは、どこにでもいるような女の子になれたのだ。

 叶わないと思っていた夢。届くはずもないと思っていた幻想。それを、シェリーは手に入れたのだった。


「うん、いい笑顔だね。さぁ、出発しよう」


 カラカラと車輪が回る音の隣を、わたしは歩き始める。

 わたしは魔女。嘘つきの魔女。大罪人。だけど。


 シュライフェ。愛称はシェリー。それが、わたしの名前です。

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