第9話 嵐の前の静けさ
※本作は一部に生成AI(ChatGPT)による言語補助を活用していますが、ストーリー・キャラクター・構成はすべて筆者が作成しています。
ご理解の上でお読みください。
1
ぬいぐるみだけが転がる会場。
音はない。
呼吸も、気配も、すべて消えている。
ケイは、その中心に立っていた。
「……最悪だな」
吐き捨てるように呟いた、その時。
「本当に?」
背後から、柔らかな声。
振り返るより先に、分かっていた。
「――リン」
そこに立っていたのは、いつもと変わらぬ微笑みの女だった。
場違いなほど、穏やかに。
「あなたがやったのか」
ケイの声は低い。
「……あの男のために、僕を利用したのか」
リンは、くすりと小さく笑った。
「利用、なんて人聞きが悪いわね」
ゆっくりと歩きながら、ぬいぐるみたちの間を抜けていく。
「順序の問題よ」
足元の一つを、軽く避ける。
「石蛇家の件があって――それとは別に」
一拍。
「彼から依頼を受けていたの」
ケイの目が細まる。
「最初から、か」
「ええ。あなたと契約する前から」
さらりと告げる。
「“息子を父の元へ連れてくること”」
ケイの沈黙を肯定と受け取るように、リンは続けた。
「先払いで、大金もいただいているわ」
指先で空気をなぞるようにしながら。
「ただし――」
その笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「無事であれば、さらに報酬が上乗せされる契約」
ケイの視線が鋭くなる。
「だからあなたに“身体”を与えたの」
あっさりとした口調。
「守れる力が必要でしょう?」
沈黙。
否定も、肯定もない。
「あなたからはお金は貰っていないけれど」
リンは肩をすくめる。
「契約内容は守っているわよ」
指折り数えるように。
「追手の攪乱。身体の授与。――嘘偽りはないわ。」
にこりと笑う。
「その身体だって、安くはないのよ?」
少しだけ、悪戯っぽく。
「我ながら、かなりのサービスだと思うけれど」
ケイは何も言わない。
ただ、リンを睨み続ける。
リンは気にも留めず、あるぬいぐるみの前で足を止めた。
黒い、蛇のぬいぐるみ。
それを、丁寧に拾い上げる。
まるで壊れ物を扱うように。
「これは、私が持っていくわ」
優しく抱えながら。
そして視線だけを動かし――
白いカエルのぬいぐるみへ。
「それは、あなたが持っていっていいわよ。」
軽く顎で示す。
「契約は、もう完了しているもの」
ケイの眉がわずかに動く。
「“ユウをロスティスラフの元へ連れていく”――それで終わり」
静かな断定。
リンはくるりと背を向けた。
「この先は、あなたの自由よ」
数歩、歩き出す。
その背中越しに、
「ただ――」
ふと、足を止めた。
「気をつけなさい」
振り返らないまま、言う。
「このあと、目覚めるわ」
ケイの視線が鋭くなる。
リンの声は、いつもと同じ調子のまま。
「“磯の女”が」
わずかな沈黙。
そしてまた、歩き出す。
その背中は、何も語らない。
ただ――
すべてを知っている者のそれだった。
2
一方そのころ――ホステル。
夜は、やけに深かった。
窓の外は真っ暗で、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。
カケルは、窓際に立っていた。
ジェーンは買い出しに出ている。
何人かの同僚と一緒に。
残った者たちは、食堂のあたりで雑談しているらしいが、どこか落ち着きがない。
カケルは、外を見たまま動かなかった。
(……ユウ)
連れていかれた、あの背中が頭から離れない。
止められなかった。
理由も分からないまま、ただ見送ることしかできなかった。
胸の奥に、鈍いものが溜まっていく。
そのとき――
――ドンッ。
低い、腹に響くような轟音。
建物がわずかに震えた。
「……っ!?」
食堂の方から声が上がる。
知らない言語が飛び交う。
「Did you hear that?」
「What was that!?」
「Outside! Something’s happening!」
ざわめきが一気に広がる。
カケルは振り返ったが、すぐに窓へと視線を戻す。
外は、何も変わっていないように見える。
だが――
嫌な予感だけが、確かにある。
カケルは、ドアに手をかけた。
「……」
一瞬だけ、躊躇う。
そして、開けた。
外気が、冷たい。
通りには、人の気配がほとんどない。
静かすぎる夜。
さっきの音が、嘘だったかのように。
カケルは一歩、外へ出る。
そのまま、視線を上げた。
「……え?」
言葉が、漏れる。
遠く。
ホステルからはかなり離れた位置。
それでも、はっきりと分かる。
――巨大だ。
空から地に向かって、伸びている。
いや、“生えている”。
塔。
だが、それは普通の建造物ではない。
表面が、ゆらゆらと揺れている。
色が、定まらない。
赤、青、緑――虹のように変わり続ける、不気味な光。
空そのものを突き破るように、存在している。
「え…え……え…?」
現実感が、ない。
ただ、目が離せない。
塔は、そこにあるだけでおかしい。
この街の“何か”が、壊れている証のように。
そのとき。
塔の表面が、脈打った。
どくん、と。
まるで生き物のように。
カケルの背筋に、冷たいものが走る。
(……見てはいけないものだ)
遅すぎる直感。
けれど、もう視線は外せなかった。




