図書室前の惨劇
【秋山海斗】
四人分の昼ご飯を買った俺たちは、行きと別の一階を横切るルートから教室に戻ることにした。
一階は教室だけが並ぶ他のフロアとは違い、美術室や体育館といった部活動で使用するような場所が集まっている。
校内に数多くの友人がいるという七生にとっては、大変好ましい場所なのだ。
すると、早速好奇心センサーが反応した七生は、窓からグラウンドのサッカー部を視察し始めた。
「サッカー部に知り合いでもいるの?」
「いや、知らない顔ばっかだな」
腕を組んで観察する様は、さながらサッカーチームの監督のようだ。
入院中のときも一緒に代表戦を観戦したが、七生のサッカーへの関心は相当なようだ。
「あー! あいつ、トラップがでかすぎるっ!! ボールに触るときは、足の力を抜くんだよっ!!!」
そして、頭を掻きむしって地団駄を踏みながら、見知らぬ部員のミスを指摘した。
その数分後――。
「だーっ! そこにパスしても取り囲まれて終わりだっつーのっ!!」
それから、また数分の時が経ち――。
「なんでそこでパス出さないんだよっ! 神様気取りめっ!!」
止まらない七生の罵倒。
このままでは、イライラが頂点に達して、グラウンドに乱入してしまいそうな勢いだ。
「七生、そろそろ……」
俺が七生の激情を止めようと声をかけるが、時すでに遅し。
「おいっ! そこの青と黄色と赤のやつ。ちょっとこっちに来いっ!!」
七生はガラガラと窓を開けて、ダメ出しをした三人を呼び出した。
練習着の色が該当する三人は、自分のことかと自分に指をさす。
「そうだ! 先生からの呼び出しだ!!」
三人は顔を見合わせ、心当たりがないかと探り合うが、先生の呼び出しとなれば仕方ないと俺たちの下へと駆け寄るのだった。
【冬野涼花】
「では、私はこれで」
誰もが自分たちの青春を謳歌しているであろう夏休み。
そんな中、制服を着ている私は、クーラーが強く効いた図書室で、図書委員会の仕事を全うしていた。
「冬野さん、ごめんね。せっかくの夏休みなのに、呼び出しちゃって……」
図書室の先生がペコペコと頭を下げて、私にお礼を言った。
「いえいえ。今日はやることありませんでしたし、本も読ませてくれたので、こちらこそ感謝ですよ。それに……」
私はクルリと体を回して、もう一人の功労者に目を向けた。
「星楽ちゃんも手伝ってくれたおかげで、仕事も捗りました」
その功労者の名前は陽野星楽ちゃん――。
今年から図書委員に入ってくれたピカピカの一年生だ。
彼女は自分の名前を呼ばれると、本に集中していた視線をおもむろに移す。
「来てくれてありがとうございます。星楽ちゃん」
私は笑顔でお礼を言ったが、星楽ちゃんは何も言わずに視線の先を本に戻した。
彼女とは図書委員の仕事を通じて、何度か関わることがあったが、誰に対してもこのように塩対応を続けている。
ツンツンしたところもデレデレしたところも一切見受けられなかったので、単に人と話すのが恥ずかしいというわけでもなさそうだ。
でも、そんなに肩身を狭めて、生きづらくはないのだろうか。
人生の一つ上の先輩である私は、そんな彼女のことをちょっぴり心配だったりしている。
「それでは、お先に失礼します」
私は改めて図書委員の先生に挨拶をし、図書室の扉を開けた。
この後は何をして過ごしましょうか。
そんなことを考えながら、一歩目を踏み出そうとすると、夏休みにしては珍しく生徒の姿があった。
透き通るような白い肌に、銀色のサラサラな髪の毛。
空色の瞳が私を捉えると、彼は「あっ」と声を漏らした。
「涼花、久しぶり」
「か、海斗君……」
包帯も松葉杖もない彼の姿を見て、私は思わず瞠目してしまった。
入院してから、はや二か月あまり――。
苦難の時を経て戻ってきた海斗君との邂逅に、私は開いた口が塞がらずにいた。
ようやく、ここまでこれたのですね……。
しかし、そんな感動の再会は彼の違和感しかない姿勢によってかき消されてしまった。
「……何で中腰になってるんですか?」
私は海斗君の背後に目を向けてみると、窓の向こうに三人の運動部員と仲良しの七生ちゃんの姿があった。
「いいか、お前ら。ボレーシュートするときでも、力加減には気を付けなきゃいけねぇんだ。力任せに蹴ってたら、ボールが飛ぶべき場所を間違えちまう」
「「「おー」」」
七生ちゃんの熱の入った指導に感嘆を漏らす三人。
どうやら、七生ちゃんはサッカー部の人たちにシュートの打ち方を教えるため、自ら手本を見せるため、何度もキックを繰り出しているようだ。
――海斗君のお尻をボール代わりにして。
「ちょーっと! 何してるんですかー!!」
私は咄嗟に中腰の海斗君を離そうと、両腕を引っ張り上げようとした。
しかし、慌てた私は足をもつれさせ、転びながら海斗君にぶつかってしまい、反対側へ倒してしまった。
「きゃっ!」
「あっ、ちょっとまっ……」
すると、七生ちゃんは振り上げた足の勢いを止められず、軌道はお尻から外れて海斗君の両足の間を通過していく。
そして、七生ちゃんが放った渾身のキックは運悪く、男子の泣きどころを捉えてしまった。
急所に強烈な一撃を食らった海斗君は膝から崩れ落ち、力なく床にへたり込んでしまった。
「海斗くーーーん!」
そして、恐ろしい惨劇を目の当たりにした私は海斗君を抱き抱えて、さながら死を迎えたヒロインを嘆く主人公のように、彼の名前を叫ぶのだった。




