どこにでもある普通の家族
~old memories~
【寂しい少女】
空気に舞う埃が窓から差し込む陽光によって砂金のように光る、灯りが消えた部屋――。
そんな美しく汚れた空間で、私は保育園に持って行くものをリュックに詰めていた。
「そろそろ行くぞー」
玄関で待つ父に急かされて、私は荷造りを終えた小さなリュックを揺らしながら、トコトコと廊下をかける。
光に反射する父を見上げると、大きな手が私の頭に乗り、サラサラと優しく撫でて微笑みかけた。
そして、玄関の棚に飾られた写真に向かって、父はこう口にする。
「……行ってきます」
私たちはどこにでもあるような一般家庭で、愛情に満ち溢れた睦まじい親子だ。
リュックの持ち手をギュッと握りしめ、父と横に並んで住宅街を歩く。
そして、保育園に着くと、門の前で子どもたちを待っている保育園の先生が笑顔で出迎えてくれた。
「おはよう。――ちゃん」
先生は膝を折って私の目線に合わせてくれたが、私は目を合わせるだけで挨拶は返さなかった。
「――ちゃん?」
完璧にできていた先生の笑みが少し崩れる。
「すみません。この子、人見知りが激しくって……」
気まずくなると、父が横から割り込んでその場を取り繕う。
「いえいえ。子どもにもいろいろあると思うので。それに、――ちゃんは大人しくて、聞き分けがいい子なのは皆知ってますから」
「そう言っていただけると、助かります。それでは、今日も娘をよろしくお願いします」
先生とのやり取りが終わると、父は腰を下ろして私の頭にポンッと大きな手を置いた。
「いい子にしてるんだぞ。帰ったらまた一緒にテレビ見ような」
私がコクリと頷くと、父は安心したような表情を浮かべ、保育園から離れて行った。
そして、夕方になれば、夕日を背に私のことを迎えに来てくれる優しい父。
私たちはどこにでもあるような一般家庭で、愛情に満ち溢れた睦まじい親子だ。
保育園での私の居場所は隅っこだ。
誘ってくれるお友達もいなければ、自分から一緒に遊ぼうとも思わない。
単に食わず嫌いというわけではなく、一度だけ先生の手助けもあって、女の子のグループに入ったことはあるけれど、一人の女の子が口にした、たった一言が私を輪から突き放した。
『――気持ち悪い』
感情が薄いせいなのか、それとも皆が共感する話題に合わせられていないからなのか、あの言葉の真意は今でも分からない。
それでも、間違いなくはっきりしていることがある。
――それは、私が周りの皆がいる世界から、あまりにも遠ざかった場所にいるということだ。
『いいか。俺たちはどこにでもいる普通の家族なんだ。だから、お前は何も悪くない』
私が周りの子たちと上手くいかないと知った時、父はそう言って私を慰めてくれた。
そう、私たちはどこにでもあるような一般家庭で、愛情に満ち溢れた睦まじい親子。
そのはずなのに、こんなにも独りを感じるのはどうしてなんだろう。
私の頭にはいつもそんな疑問符がまとわりつき、中心で楽しく遊ぶ同級生たちを隅っこから眺めていた。
夕方になると、周りの子の親がまばらに迎えに来る。
そのほとんどは母親で、子どもをギュッと抱きしめると、先生にさよならの挨拶をして帰っていった。
皆とても元気な声で、繋いだ手は楽しそうに揺れていた。
私はいつも一番遅くて、夕日が沈みきった頃に父が汗を流して迎えに来る。
「――ちゃん。お父さんが来たよ」
先生に呼び出されると、私はリュックを背負って父の下へ駆け寄った。
親の迎えを待っている子どもなら、親がいる所まで走っていくのは普通だ。
「いい子にしてたか?」
父は大きな手を頭に乗せる。
私はそんな父を見上げて、コクリと頷いた。
「気を付けて帰ってくださいね」
先生は笑顔で手を振って私たちを見送ると、父は小さくお辞儀をして保育園をあとにした。
「ただいま」
家に帰ると、父は誰もいないのに、開口一番に決まってそう言う。
廊下を渡ってリビングに入ると、父は買ってきたお惣菜やパックのご飯をテーブルに並べて晩御飯の支度をする。
そして、支度が済んだら背の低い私を持ち上げて椅子に座らせ、一緒に手を合わせた。
「……いただきます」
朝御飯も昼のお弁当も晩御飯も、全てどこかの店で買ってきたものだ。
男の人は料理ができないので、こればっかりは普通にはできない。
でも、私が大きくなったら、これも普通に戻れるはずだ。
ご飯を食べたら、父と一緒にお風呂に入って、髪と体を洗ってもらう。
父はとても手際が良くて、いつも髪をサラサラに仕上げてくれる。
私にとって、たった一つのお気に入りであり、自慢できるところだ。
就寝までの時間は、父の大きな膝に座って一緒にテレビを見るのが習慣だ。
何の番組なのか訊ねると、恋愛ドラマだそうだ。
女の子はこういった話で盛り上がるからと、私がお友達を作れるように気を遣ってくれているそうだ。
実際に、女の子のグループがドラマの話で盛り上がっているのを聞いたことがあるので、父のいうことは間違っていないのだろう。
でも、私にとってはとても生々しくて、目も当てられなくなるようなことが時々ある。
それでも、私は友達を作ってほしい父の願いを叶えるためにと、頑張って視聴を続けた。
そして、就寝時間になると、父と同じ布団に入って灯りが消える。
父は私が寝付くまで一定のリズムで布団を優しく叩き、子守唄を歌ってくれた。
私たちはどこにでもあるような一般家庭で、愛情に満ち溢れた睦まじい親子だ。




