合縁奇縁、腐れ縁
最終校正日 2026/7/2
~old memories~
【淡々とした少年】
とある夏の日――。
学校終わりの帰路を辿っていると、空き地で逆立ちをしている女の子を見かけた。
体はプルプルと震えていたが、足はしっかりと空に向かって真っ直ぐと伸びている。
ただ、シャツをズボンに入れてないせいで、シャツが捲れておへそが丸見えだ。
しかし、当の本人はお構いなしに手を動かして、一歩一歩丁寧に歩き始めた。
すると、僕に気づくと逆立ちのまま目の前まで近づいてきた。
「どうした?」
女の子は一向に態勢を変える気はなさそうだ。
「どうして逆立ちしてるの?」
率直に訊くと、女の子はようやく足に地を付け、パンパンと砂まみれの手のひらを払う。
「どうしてって、面白いから。お前もやるか?」
とてもシンプルな答えだが、理解はできなかった。
「いや、シャツが捲れてお腹とか丸見えだったから、言った方がいいかなって思ってただけ……」
「……あぁ、これか」
女の子は恥じらいも無く、自分のシャツをヒラヒラと翻す。
「まぁ、気にするような歳でもないからいいんだけどな。気を遣わせて悪かったな」
さっぱりとした気立てを物珍しく見ていると、女の子は八重歯を剥き出して笑った。
「やっぱ、女はこういうの気にするよなー。お前もそうなのか?」
「僕……男です」
その事実を聞いた女の子は信じられないような目で僕を見た。
すると、お構いなしに僕の顔や髪の毛、腕をいじって調べると僕の目の前で膝を曲げた。
そして、ズボンとパンツの腰回りに手を引っ掛け、そのまま勢いよく下に下げる。
「……ほんとだ」
動かぬ証拠を見つけると、女の子は深く納得したようだ。
【秋山海斗】
目を開けると真っ白な天井が一面に広がっていた。
体は思ったよりも重くて、無理に起こそうとすると節々が悲鳴を上げる。
右腕には白い包帯が巻かれていて、頭にも同じ包帯の感触がある。
……そして今は、新しく首に頸椎カラーが巻かれていた。
「テメェ、これで兄貴が死んだら一生許さねぇぞ!」
「わざとじゃねぇよ! だいたい、あいつが真下にいたのが悪ぃんだろうが!」
そして、何故か俺が眠っている病室で、陽炎と外で会った彼女が言い合いを始まっていた。
お互い両頬を引っ張りあっている姿は、痴話喧嘩というよりも子供同士の口喧嘩だ。
すると、正面にいた陽炎が目を覚ました俺に気付き、引っ張っていた女の頬から手が落ちた。
「あ、兄貴……」
「それみろ! ミナネーがそう簡単に人を死なすわけねーんだよ!」
彼女も俺の方を一瞥すると、陽炎に向かって鼻を鳴らす。
「兄貴~」
俺の目覚めに目を潤ませていた陽炎が、俺の胸に飛び込み、ワンワン泣いた。
そして、きつく締め付けられた肋骨がミシミシと音を立てる。
「陽炎……お願いだから……もう少しだけ……優しく……胴体が……粉々に……」
「バカッ! 本当に死ぬぞ!」
彼女は俺から陽炎を引き剥がすと、頭のてっぺんに拳骨をお見舞いする。
「よがっだぁ〜、ほんどによがっだ〜」
涼花の時よりも泣きじゃくる陽炎に、生き残りの左手でさっき殴られた頭をさすった。
すると、彼女は俺をじっと見て何か考え込むように顎を摩っていた。
「あの……」
俺が気弱く話しかけると、顎を摩っていた手を止める。
「……ん?」
「さっき呟いてたよね? どこかで見たって」
「ああ、それな」
忘れていたと言わんばかりに頭を掻く。
「とりあえず、名前教えてくれ」
「……秋山海斗」
俺の名前を聞くと、彼女は思い出したように目を見開く。
「お前、海斗か!」
彼女はそう言って俺に指を刺すが、俺は何も分からずにいた。
「何だ? お前、兄貴の知り合いなのか?」
「そうなんだよ! 昔この病院でさ……って、あんた、あたしのこと覚えてるか?」
「……」
彼女の顔を見て記憶の中を探るが、どうしても過去の姿が浮かび上がらない。
「もしかして、お前のでかいケツに当たったせいで、記憶無くしたんじゃないか?」
陽炎が訝しげな目で彼女のお尻を見る。
「あたしのは柔らかいから脳への衝撃はそんなにないはずだ! なっ!」
彼女は対抗して自分の臀部を軽く揉み、俺に共感を求めた。
「一瞬のことだったから……」
「だとよ」
「んな……。そんなに信じられないなら、触って確かめてみるか?」
「人生台無しにしたくないからやめとく」
陽炎は呆れたように額に手を当てる。
「とりあえず、名前訊いてもいい?」
「七生だ」
「七生……」
再び記憶を漁るが、それでも見つからなかった。
「やっぱダメか?」
「ごめん。思い出せない」
「そっかー、どうすりゃいいかなー。陽炎、お前も考えろ」
「何で俺まで!」
「協力しないとまたこの病院から出るぞ?」
「言うこと聞いたところで、お前はいつも勝手に出てるだろうが!」
「……何の話?」
「こいつ、病院の許可無しにいつも脱走してるんすよ」
陽炎はポツポツと七生のつむじを人差し指で刺す。
「脱走……」
しかし、この言葉が俺のとある記憶を蘇らせた。
それは、俺が赤いランドセルの女の子に手を引かれ、どこかに連れ去ろうとしている記憶――。
そして、後ろからは一人の大人が『見つけたぞ!』と仲間を引き連れて俺たちを追いかけていた。
昼間は元気に逃げ回って楽しんでいたが、暗くなって病院に帰ると追いかけていた大人たちから大目玉を喰らわせられていた気がする。
「……まだこんなことやってたんだね、七生」
「おっ! やっと思い出したか」
七生嬉しそうにしながら腕を組み、八重歯をむき出して笑った。
「今ので思い出したんすか? すごいっすね」
「七生は昔からこんな感じだったから。今は誰が目付け役してるの?」
すると、七生はため息をついて「ん」、と横にいる陽炎を親指で指す。
「……陽炎が?」
「美奈さんに頼まれまして」
「美奈が? 面識あったっけ?」
「ついこの前、兄貴が俺の家に来る約束してたじゃないですか? そん時に来なかったから心配で兄貴の家に忍び込んだらバッタリと……」
「俺が陽炎の家に?」
謎が解決する度に、また新しい謎が生まれてくる。
「あー、まぁ、咲が兄貴に会いたいってごねるんで、そんで来てもらおうって話になって……」
陽炎は斜め上に目線を逸らしながら説明する。
「それでも、俺は来ないどころかこんな体に……」
「首以外は、ね」
「嫌味かっ!」
「嫌味以外に何があるってんだよ」
気付けば二人はすぐに喧嘩を起こす。
その有り余ったエネルギーが今の俺にとっては羨ましい。
「ごめん。こんなことになっちゃって」
「兄貴は悪くないっすよ」
「でも、咲ちゃんは会いたがってたんだよね?」
「そりゃ、まぁ……」
咲ちゃんとは半年前に陽炎の家に来た時が初めての出会いだ。
当時は恥ずかしかったのか、物陰に隠れて俺を見ているだけだった。
ただ、回数を重ねている間に打ち解け、今では礼儀正しく接してくれるようになってくれた。
今でも会いたがっていると知って、俺はほんのりと心が和らいだ。
「この怪我が治ったら行くよ」
「いつでも待ってますよ」
――コンコン。
陽炎と話していると、扉の開く音が聞こえてきた。
確かめてみると美奈が入室者の許可無しに扉を開けて入ってくる。
「あっ! ミナネー!」
七生は美奈に気付くと、両手を大きく振って美奈に駆け寄った。
美奈も七生に歩み寄るが、一歩一歩がとても重く聞こえる。
すると、美奈は七生のおでこを鷲掴み、軋む勢いで思いっきり力を入れた。
「ぎゃーっ! 痛い痛い」
「あんたはどうしてこういつもいつもっ!」
「生きてたんだからいいじゃーん」
「当たりどころが悪かったら死んでたかもしれないのよ! それをそんな軽々と……」
「うぎゃー! ごめんなさーい!!」
七生を懲らしめて気分を晴らすと、美奈は小さく一息つく。
「陽炎君。ご苦労様」
「いや、今日は何もしてないっすよ」
「そうなの?」
「はい。それに、こいつも今日は逃げ出したりしませんよ」
「分かった。それじゃあ、今日のバイト代はいらないわね」
「そっすね」
「……バイト代?」
陽炎と美奈の間に意外な単語が出てきて、ついオウム返しが零れる。
「はい、こいつ一回捕まえるたびに兄貴の姉さんからバイト代が貰えるんすよ」
「そうなんだ……」
俺が眠っている間に、そんな契約を結んでいたなんて…。
「……因みにいくら?」
すると、陽炎はこっそりと耳打ちで答える。
「一回一万円です……」
俺の日給よりも圧倒的に高い。
そんなにあるなら、生活費用を回してもらいたいものだと思いながら、俺は美奈の方を見つめた。
「何よ? あんたは自分で頑張りなさい」
美奈は俺の頭を見透かすと眉をしかめる。
「はぁ……一応伝えておくけど、退院が延びたわ。このバカのせいで」
そう言って、美奈は七生の襟を引っ張り上げる。
「待ってミナネー!」
復活した七生が美奈の腕を借りて立ち上がった。
「外には出さないわよ」
「もう外には出ないよ。ただ、海斗と話がしたい! 二人で……」
七生がそう懇願すると少しの間、無言の時間になる。
美奈は圧をかけるように見ると、七生も負けじと美奈を強く見つめる。
「……分かった。その代わり、海斗に何かあったら……」
「うん、分かってる」
二人は固く契りを交わすと、美奈は自分の仕事に戻って行った。




