12話 初依頼
《里島、糸子ちゃんは大丈夫だったか?》
長谷村から同じようなレインが幾つも届いていた。
長谷村も、糸子の事を大切に思ってくれている。
胸に温かい安堵が広がって行く。
糸子にも一応レインを送って見たが、
《そんなにしつこいとモテないよ?》
軽口で返されたし、もう大丈夫だろう。
《結局兄上は霧山先輩と明日香先輩、どっちが好きなの? 心配だぞ》
……逆に心配されてしまった。
何と返すか迷うが……
《俺は霧山さんが好きかも知れない》
《じゃあ早くアタックしろ》
《考えとく》
《ガンバ》
糸子も応援してくれている。これからはXガールを探すのではなく、霧山さんと真っ直ぐ向き合っていこう。
それにしても……霧山さんは今、何をしているんだろう。
霧山さんの無邪気な笑みを、そっと思い浮かべてみる。
心が温かく揺れていくままに、ウクレレを取り出す。薬指で弦を押さえ、Cコードを掻き鳴らしていく。そのまま三本指をしっかり立てて、覚えたばかりのGコードにつなげてみる。……ぎこちないながらも、上手く行った。
続けてAマイナー。カノン進行を奏でていく。
優しく澄んだ音色が俺の鼻歌と響き合って、推理小説が積まれた部屋に響いていく。
心が……揺れ満たされていく。
……もしかしたら霧山さんも、こうしてウクレレを弾いたりしているんだろうか。
◇
次の日の土曜日の夜、レインを確認していると、新規友達欄に表示があった。
「霧山愛華……霧山さん?」
早速友達登録してメッセージを送ってみる。
《スマホ買ったんだね。友達登録ありがとう》
《はい。ですが、中古で購入しただけで契約はしていません。なので、電話機能は使えません。ワイファイがある所で、インターネットが出来るだけです。明日香さんが、普通師匠になってくれた時、女子高生はスマホを持っているのが普通、と指摘してくださったので、本日購入しました》
返信が来るのに三十分くらい掛かった上に、文が固いし長い。
《スタンプのやり方分かる?》
《こうでしょうか?》
続けてデフォルトのサムズアップのスタンプが流れてくる。
それから適当にスタンプを送り合って遊んでいると、ハートマークのスタンプが送られて来た。……これは……どういうアレなんだろう。
《ごめんなさいまちがいました》
これは「勘違いしないでよねっ」って事なのだろうか。
それとも、普通に勘違いされたら困るんだろうか。
霧山さんは、俺の事をどう思っているんだろうか。
……この謎は、迷宮入りさせる訳にはいかない。
もどかしい気持ちをウクレレで弾き流しながら、俺はデートプランを練って行った。
……霧山さんとのデート。
英国風のオシャレなカフェとかがいいな。
静かな空間で、二人だけの時間をゆっくり共有したい。
瞼の裏に映るそんな場面を夢想する度、俺の心は波打つように満たされていく。
……行ける気がする。
今度、霧山さんをデートに誘おう。
しかし一つ、問題がある。色々と出費が嵩んだせいで財布がスッカラカンだ。あと570円しかない。
流石に570円でデートは心許ないにも程があるよなあ。
……来週の小遣い日まで待つしかないか。
◇
「残念! 明日香さんが狼でした!」
ゲームマスター霧山さんの宣告により、人狼チームの勝利が確定する。
「……明日香先輩! マジっすか騙されましたよ!」
「だから俺が占い師だって言っただろ糸子!」
「兄貴が占い師とかうさんくさいよ!」
「マジで?」
部室にみんなの笑い声が響いていく、そんな金曜日。
糸子も復帰し、いつも通りの活動が再開していた。長谷村と糸子は少しぎこちないが、まあそのうちなんとかなるだろう。
気を取り直して今度こそは勝とうと意気込んでいると、ノックの音が三回響く。
「入ってもいいですか?」
続けて、壁の向こうから澄んだ声。
「どうぞ」
促すと颯爽と入ってくる。
長谷村が霞む程のイケメンだった。切れ長の瞳が美しい、恐ろしく整った顔立ち。口元のホクロからは、妖艶な色気すら感じられる。出で立ちは、白い帽子に大き目の上下紺ジャージ。そんな美少年が、爽やかな微笑を浮かべつつも扉を背にして凛々しく立っていた。
緊張で固くなりながらも、なんとか声を絞り出す。
「なにか御用でしょうか?」
「一年の千賀っていいます。今日は推理部の皆さんにお願いしたい事があって……」
「里島、とりあえず座って貰おうぜ」
「そうだな」
壁に掛けてあったパイプ椅子を部長席の前に開きながらも、俺はテンションが上がっていた。
この感じ……なんかすごく推理部っぽい。
「あ、お茶配っていいですか?」
「頼んどくよ。ありがとう」
霧山さんが、部費で買ったお茶のペットボトルを皆に配っていく。
来客にお茶を出すこの感じも趣深い。
見慣れた推理部の部室が探偵事務所に感じられてくる。
……おっと、浮かれてばかりではいかん。
「どうぞ、お座りください」
「失礼します」
促すと、部長席の前のパイプ椅子にチョコンと座り込む千賀君。
そして彼は微笑と共に艶やかな唇を開く。
「推理部の噂、聞きましたよ」
「噂?」
「はい。すごい推理で犬を捕まえたって、結構評判になってます」
そういや推理部のみんなで犬を捕まえた時、俺のクラスでも噂になっていた。
「まあ推理で解決したというより、普通にチーズで捕まえただけなんですがね」
「そうなんですか? でもすごいですよ」
「それは光栄です」
鼻高々になっていると、千賀君は真剣な表情を作っていた。
「そんな推理部の皆さんに、頼みたいことがあるんです」
皆が固唾を飲んで見守る中、千賀君はソプラノボイスを続ける。
「飼っている猫が逃げてしまったので、見つけてほしいんです」
……思ったより普通の依頼だった。
正直肩透かしを喰らってしまったが、リアルな探偵の仕事といったらペット探しか浮気調査だろう。全く畑違いな依頼、という訳でもないかも知れない。
「俺は協力したいけど。みんなはどうする?」
「やりましょう! 猫だったら大丈夫です!」
「動物の事なら私に任せて!」
霧山さんと明日香は乗り気なようだ。
「俺ももちろん、手伝うぜ!」
「暇だし私もやるよー」
長谷村と糸子も声を張る。
「よし、この依頼お引き受けしましょう」
「ありがとうございます!」
「でも俺達素人なんで、あまり期待はしないでください。できる限りは頑張りますが」
「手伝って頂けるだけで嬉しいです。ありがとうございます!」
そして簡単な打ち合わせの後に、千賀君は部室を去って行った。
暫くすると、六時のチャイムが鳴る。
部員たちは一人、また一人と部室を去っていく。
……俺もそろそろ帰るか。
「長谷村、一緒に帰るか?」
「すまんな。今日は絵美とのデートだから」
「じゃあカギ返しとくから」
「頼むわ」
部室の鍵を職員室に返して下駄箱に向かった時だった。
「悟君。今日は一緒に帰ろっか」
待ち構えていたのは、明日香だった。
◇
何だろう。これは。
明日香と一メートル近く離れて、ゆっくり歩道を歩きながらも、俺は自問する。
俺は何故断らなかったのだろう。
霧山さんはいつも西門の方から帰っているので、見られる事はないだろうが……。
もし霧山さんがこの事を知ったら……
「今日はちょっと、話したいことがあって。池公園に寄っていい?」
「うん……」
緊張で手に汗が滲んでいく。
「話したいことがあって」明日香のその言葉が、頭から離れない。
話したい事って……何だろう。
ダメだ、もうまともに顔を合わせられそうにない。
……もし明日香の話したいことが愛の告白だったりしたら……俺はどうすればいいのだろう。
わからない。
霧山さんの事は好きだけど、もし明日香が俺の事を好きだとしたら……Xガールだとしたら……。
……俺は結局、どうしたらいいんだろう。どうしたいんだろう。
「久々だね、池公園。悟君と初めて会ったのは小1の頃だったよね」
「そうだな」
何とか相槌を返して、思い出の池公園を見渡して行く。
糸子の件で昨日来たばかりだけど、それでも懐かしい。
あの水飲み場……膝をすりむいた時、明日香が心配してくれた。
噴水の向こうの芝生の生えた小さな丘……白い犬を連れた明日香と一緒に散歩したりしたな。たしか糸子もいたっけな。
あの頃は、みんな男女関係なく遊んでいた。
思い出がぼんやり湧き上がっては、俺の心を宥めてくれる気がした。
明日香が俺に何を話すつもりかは、まだ分からない。
俺がどうしたいかも分からない。
それでも、俺は明日香の言葉を真正面から受け止めよう。
今俺がすべき事はそれだけだ。
水の止まった噴水へと石階段を登っていく。
そして噴水のそばのベンチに腰掛けた。
明日香にも座るように促すが、
「悟君、私ちょっとお手洗い行ってくるから」
「……分かった」
一人きりになってしまった。
息を吐いていると、脳裏に霧山さんの面影がぼんやりと浮かんでくる。
霧山さん……。俺と明日香が二人きりで公園に来ていると知ったら、彼女はどう思うのだろう。
Xガール候補に公園に誘われるなんて……以前の俺なら大喜びしていただろうが、どうにも気持ちが晴れない。
妙な話、霧山さんへの罪悪感のような申し訳なさが、俺の胸を刺してくる。
こんな気持ちになるって事は……やはり俺は霧山さんの事が好きなんだろう。
無論、明日香の言葉を真正面から受け止める。その決意は変わらない。
それでも……明日香の話というのが俺への告白だったとしたら……。
明日香には悪いけど、断ろう。
決心して、曇り空に息を吹き上げた時だった。
「――――!」
引き攣ったような、恐怖の叫び声の思念。
……まさか。
「――明日香!」
砂利道を駆けながらも探偵袋から警棒を、防犯スプレーを取り出す。
走りながらも、明日香が傷つけられる最悪の未来が脳裏に浮かび上がる。打ち消すように歯を食いしばった。
……絶対に、俺がさせない。
「明日香、大丈夫か!?」
トイレへと声を張るが、返事は無い。
緊急事態だ……このまま女子トイレに突入するしかない。
覚悟を決めた時、
「――悟君」
女子トイレの入り口に立ち塞がったのは、明日香だった。
つんのめりそうになって、すんでの所で踏みとどまる。
「明日香、大丈夫か!?」
「大丈夫」
「……良かった」
胸を撫でおろして一安心していると、
「悟君ってさ」
どこか、冷たさを含んだ声だった。背筋が凍り着く。
「悟君って、もしかしたら人の心読めるんじゃない?」
「…………」
時が止まったようだった。
言葉が、何も出てこない。
暗く濁った噴水の水に向かって顔を落とす。それしかできなかった。
明日香の茶褐色の瞳が、じっと俺を突き刺してくる。
「私、クモが苦手だから、さっきスマホでクモの画像を見てわざと怖い思いしたの。ごめんね、心配させちゃって」
「…………」
「騙すようなことしてごめん。悟君が言いたくないなら、今日の事は忘れるから」
犯人を言い当てた探偵のように、明日香は寂しげに微笑んでいた。
何も言い返せないまま、ベンチに戻ってへたり込む。
明日香も隣にそっと腰掛ける。
……もう、打ち明けよう。何もかも。
「明日香の言う通りだよ。俺は生まれつき、周囲の強い思念を感じ取る事ができる」
「……やっぱり」
「どうして分かったんだ?」
「最初の活動の時、悟君がいきなり部室を出て事件を解決した事あったよね。小学生の時も同じような事あったから、何かあるってずっと思ってたんだ。ずっと疎遠になってた私を推理部に誘ってくれたのも、何か裏があるのかなって……」
「そっか……」
「確信したのは、先週みんなで犬を捕まえた時かな。あの犬の飼い主、高田さんって言うんだけど、私の友達なの。レインでお礼言われた時、気になる事を言っててね。犬が捕まったのを教えてくれた人……悟くんだよね。高田さん、悟君がキナコちゃんの名前を最初から知ってたのをすごく不思議がってて、それでもしかしたらって」
「…………」
観念した俺は、洗いざらい打ち明けていった。
Xガールからの恋慕思念を受信した事。推理部を設立したのも、明日香と霧山さんを誘ったのも、半分はXガールを絞り込むのが目的だったという事。全部話した。
「ごめん。俺、自分の事ばかり考えてた」
「いいよ、怒ってないから。……ちょっとは怒ってるけど」
「本当にごめん」
「もういいよ。推理部の活動は楽しいし。それに、普通過ぎて嫌だった自分も、ちょっと好きになれた。そこは感謝してるよ」
風になびく前髪を、明日香はそっと撫でつけるように抑えていた。
「それに、私だってそんな力があったら同じような事するかも知れない。私だって、自分の事を好きになってくれる人は気になるから」
明日香の方をぼんやり向くと、少しだけ目が合った。
「きっと悟君の力は、いい事ばかりじゃないよね。辛い事も沢山あったよね」
「…………」
「それでもめげずに、見ず知らずの人にも、私達にも良くしてくれて、悟君は本当にすごいと思うよ。でも……これだけは言わせて」
明日香の視線が真っ直ぐ突き刺さって痛い。
やがて放たれる次の言葉に、意識が研ぎ澄まされる。
何とか円らな瞳を見つめ返す。そして……
「私、Xガールじゃないよ」
明日香は呆れたような顔で笑っていた。
項垂れながらも、なんとか苦笑を返す。
「悟君の事、嫌いじゃないけど、恋人としては見られないかな。何て言うか……その……」
「理由は言わなくていいよ」
「ごめん」
緊張がほどけたのか、乾いた笑み声になった。
「でも、ちょっとだけ意識したことはあったよ」
えっと……何と返せばいいんだろう。
ドギマギしていると、また少し目が合った。
明日香は悪戯に微笑んでいる……気がする。
「からかっているのか?」
「……別に。悟君は、私がXガールじゃなくて、安心した?」
「安心?」
「霧山さんの事好きなんでしょ」
何てことだ。どうも俺は、明日香の事を見くびっていたようだ。
「全く。お手上げだよ。明日香はとんだ名探偵だな」
「一応、推理部員だから」
「部長として俺も負けてられないな」
「明日の猫探し、頑張ろうね」
「おう!」
◇
さよならの挨拶を交わして、T字路で明日香と別れる。
結局、明日香はXガールではなかった。
独り立ち尽くしながらも、俺はホームズのセリフを思い出していた。
『不可能な事を全て消し去っていけば、残った物が真実だ』
……つまり、消去法でXガールは霧山さんという事になるのだろうか。
霧山さんが、俺の事を好きという事になるのだろうか。
状況から判断してその可能性が高いだろう。
何だか奇妙な気分だ。
勝手に心を読んでしまった申し訳なさと、嬉しさが胸の中でない交ぜになっていく。
……それに少し寂しくもあった。
結局俺は、普通に恋愛する事もできないのだろうか。
みんなドキドキしながら、一喜一憂しながら恋をしている。なのに……俺はこんな裏技で両想いを勝ち取ってしまうなんて。
もちろん、霧山さんがXガールだと確定した訳ではないのだが。
薄暗い夜道。立ち並ぶ家々の静寂をゆっくり流しながら、複雑な想いが俺の胸の中でざわめいていた。




