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3 助けてくれた王子様(奴隷)

ミモレの回想です

 ウルシュとの出会いは私が一歳の時だった・・・らしい。さすがに覚えていない。その時ウルシュは五歳くらい。


 獣人国の人々はこのパリス国のことをよく思っていない。彼らの国の住人達、つまりは獣人たちを虐げ、奴隷として攫っては使い潰してきた歴史がある。


 今は過去を悔い、奴隷制度を改め、奴隷を守るための隷属魔法を作り、獣人などパリス国に元々存在していなかった人々を虐げることを禁じた。さらに攫ってきてしまった人たちを解放し、祖国へと送り返している。


 それでも過去に奴隷としてこの国に攫ってきてしまった人たちの中にはすでに死亡し、その人たちの子どもたち・・・つまり第二世代第三世代が奴隷としてこの国に根付いていた。その中には祖国と言われてもピンと来ず、対応が良くなるのならこの国にこのまま住む、という選択をしたものたちもいる。少数ではあるが移住してきた人たちもいるので、ごくわずかではあるが獣人もこの国で生活している。ただ、奴隷として働く人は本当に少数で、殆どが平民として生活している。


 ウルシュは奴隷市場で売られていたところを父が引き取ってきた。違法な市場ではなかったけれど、毛並みが良く顔立ちも良いウルシュの身の上が気になったので引き取ったのだと言っていた。


 奴隷ではなく養子として迎え入れる予定だった。私の母は出産後に亡くなっていて子どもは私ひとり、遊び相手がいてくれたらいいなと父は思っていたらしい。

 奴隷を子どもとして迎えるためには最低一年は奴隷として家で生活させた後、双方が望まないと受理されない。だから一年間はそのまま奴隷の身分で、家族同様に一緒に生活していた・・・らしい。このあたりは物心ついたときにウルシュや父から聞かされた話なので、具体的なことはあまりわからない。


 一年経ってもウルシュは奴隷をやめることを受け入れなかった。

 理由は詳しく話してはくれないけれど、奴隷のままで私の護衛兼従者になるほうがいいのではないか、と父と相談して決めたということだけは聞いた。


 それがどう”いい”のかは、小さなころはわからなかった。


 七歳の頃に父が事故死して、私は幼いけれど侯爵位を継いだ。でもさすがに実務をこなすことは出来ず、私が十六歳になるまでの間父の弟である叔父が代理となった。

 そしてすぐに隷属魔法をかけられて、身動きが取れなくなった。アザリアノ侯爵家は乗っ取られた。


 レオナールとの婚姻を従妹のフィオナにして王家と繋がりたい、と望んでいた叔父夫妻は私を殺すことはしなかった。一か月に一度アザリアノ侯爵家に来て一緒にお茶をして過ごす日があり、私が死ねばそれはなくなる。フィオナとレオナールが親しくなるためにも、私が一応でも生きていることが大事だった。


 他者との交流が出来なくなっても、父だけでなく私も契約者になっていたウルシュとだけはかろうじて意思の疎通がとれた。ウルシュには念話が使えるような隷属魔法がかけられていて、奴隷の身分のままでいてくれたことが功を奏した。通常なら念話には魔道具が必要だけど、魔道具の代わりを契約印が担ってくれる。

 父とウルシュは万が一私が誘拐されたりしたときのために念話を自由に使える状態がいいのでは、と話してたみたいだけど、違う形で彼が奴隷のままでいてくれたことが活きた。喜んでいいのかはわからないけど、助かったのは事実で・・・本当はすごく嬉しかった。


 私は彼を領地に向かわせ、叔父夫妻がぼろを出すのを待つように命じた。嫌がったけど、無理やり命令した。

 叔父夫妻が家に来てすぐに使用人たちが総入れ替えされてしまったが、唯一残った家令も一緒に領地に行くようにウルシュに命じ、二人でできる範囲でいいから領地を守るように願った。

 代理になったけれど働く気のなかった叔父は家令が領地の管理を申し出るとすぐに許可してくれた。


 この時からウルシュと家令は二人で叔父の行動を監視し始めた。私が命じたわけじゃないけれど、いつか私を救うために動いてくれた。


 十五になり学園に入る直前に、家令が伝手を使ってウルシュを清掃員として学園で働かせた。


 八年ぶりの再会に私は喜んだ。念話も王都と馬車で三日の距離にある領地ほど離れてしまうと使えない。記憶の中のウルシュよりもたくさん背が伸びて、黒い髪は肩まで伸びて一纏めにされて、子どもの頃は出来なかったのに耳も瞳も人の形に変えられるようになっていた。

 金色に光り縦長の光彩を持つ彼の瞳は目立ってしまうので仕方ないけれど、本当に時々二人きりになると変化を解いて元の瞳を見せてくれた。私と彼をつなぐ印が刻まれている美しい瞳を。


 私は学園にいる殆どの間、ウルシュと話していた。

 体中をボロボロにされても、酷い言葉を言われても、教師たちすら私を見放しても。

 それを見て関係ないはずの生徒たちが大笑いしたとしても。


 壊れずにいられたのはウルシュがいてくれたから。

 彼が私の救いだった。そして常に私を助け続けてくれた。





「お嬢様、さすがにもう逃げてもよろしいのでは?」


 一か月前、レオナールがたまたま吐いた暴言により予期せず隷属魔法が一時的に解除された私はウルシュと一緒に兵士詰め所に行き、そこから魔法省に駆け込んだ。学園内でいつも念話で話していたけれど、久しぶりに彼の言葉を聞いて、自分の口から返事が出来ることに喜びを感じていた。


「でも、今すぐに私が逃げたら解除されたと気づかれてしまうし、証拠を隠されてしまうわ。皆さんが調べてくださる時間を稼がないと、今までのことが水の泡になってしまうもの」


 心配そうに私の手を取るウルシュは王子様のようにかっこよかった。本物の王子であるレオナールよりもずっとずっと、私のことだけを見て、私のことだけを考えてくれる。

 それがたとえ私の奴隷だからだったとしても、彼が私を見つめるその姿に恋をしていた。


「俺はこれ以上お嬢様が傷つくのを見てられません・・・」


 ウルシュの手は震えていた。大きな手で私の手を包み込んだまま、彼は少しだけ瞳を潤ませていた。


「それでも、お嬢様が望むなら俺は耐えます。でも絶対に無理をしないで下さい」

「わかってるわ。死にたくないもの。もっとウルシュと一緒に居たいんだから頑張るわ」



 そうやって約束したのに、私はフィオナに下半身ごと爆発させられそうになった。

 私にかけられた隷属魔法は奴隷にかけるものをベースにしていたから主人の身の安全が確保されている場合には自分の身を守ることが出来た。フィオナも叔父夫妻も何事もなく過ごしていたから私も何とか内臓を守ることは出来たんだけど、まさか致命傷を与えようとしてくるとは思わなかった。


 たぶん、恐らくだけど私に子どもが出来なくなればよりスムーズにレオナールと結婚できるんだと考えていたんだと思う。あまりに稚拙な考えで笑っちゃうけど。

 私と結婚することでレオナールの立場が多少安定することも、自分たち家族がただの代理だということも、全部忘れてしまっているらしい(知らなかったのかも?)彼女はとにかく私をボロボロにしようと躍起になっていた。


 周りも私が反抗しないことに慣れすぎて、こいつはこういう扱いをしていいんだ、と思っていた。便利なサンドバッグ。だから誰も助けないし、止めもしなかった。


 両足が破裂するとさすがにやりすぎたと思ったのか、フィオナを宥めようとしている人は少しだけいたけれど、その場にレオナールがいなかったこともあって彼女はやりたい放題。見た目の可愛さと愛らしさ、制服のボタンをはずして大きく見せた胸元なんかで貴族子息たちを取り込んでいた彼女の信奉者ばかりが集まった魔法の授業では私を助ける人はいなかった。先生ももちろん。血の海を作った私を置いて彼らは教室を出ていった。


 そのまま死んだらどうするつもりだったんだろう?と今でも不思議に思う。

 朦朧とする意識の中なんとか念話で呼んだウルシュによって保健室に運ばれたけれど治療は拒否された。

 気持ちが悪いと吐き捨てた保健医から学校の外へ出るように言われ、止血だけはしたけれどぐちゃぐちゃの両足のままで彼に担がれ、学校の外に出て兵士の詰め所に運ばれその場で自力で治癒魔法をかけた。


 それから二日間兵士宿舎で匿われ、宰相たちが調べてくれた内容を聞いたり今日のことを打ち合わせした。

 足は治癒師を呼ぶと言われたけれど今日のパフォーマンスのために私がかろうじて治したままにしておくことにした。



 --「お嬢様!死なないでお嬢様!!」

 --『お嬢様が好きなんだ・・・生きてくれ』


 --「今すぐ安全な場所に着くから、もう少し耐えて!」

 --『大好きなお嬢様・・・ミモレ、お願いだから好きだと伝える前にいなくならないで』


 匿われた部屋の中でウルシュの声と念話を思い出す。口から出す言葉よりも心からの言葉のほうが情熱的なのは誰でもそうなのかもしれない。

 でも、出来たら言葉にしてほしい。そういう言葉を交わせるようになりたい。


「お嬢様?」


 ぼんやりとする私を見てウルシュが少しだけ不安そうな顔をする。


「ねえウルシュ・・・私の奴隷をやめる気はある?」

『私の旦那様になる気はあるかしら?』


 ウルシュは真っ青になって、その後少しだけ間が開いた後、今度は顔を真っ赤にした。

 彼が私を裏切らないことはわかっている。だからきっと逃げたりはしないだろうけれど、逃がす気なんてない。

 いつか彼の口から愛を囁いてもらえるように、そうなるために私は夜会で最後の仕上げをしなくては。



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