2 褒美を頂きたいのですよ?
私の発言に慌てた学校関係者たちも早々に拘束されている。逃げようとしていた保健医は多少暴れたために一時的に言葉を発せなくなるような魔法もかけられていた。
「校内の問題に気づかず、指導が行き渡っていなかった。辛い思いをさせて申し訳ない」
私に向かって頭を下げたのは学園長だった。確か今朝視察先の地方の学校から戻ってきたはず。数年前から国全体の教育水準を上げるために学校が各地に作られ始めている。その為今回以外にも視察が多い学園長は信頼できる人を副学園長に任命しているけれど、その人がフィオナに篭絡されて何も報告しないのに気づけというのは難しい。とはいえ責任がないとは言えないのだけど。それでも陛下じゃなくて私に先に頭を下げたことに驚いた。
「陛下、私は責任を取り学園長の職を辞させていただきます。学園内での人体への魔法使用は治癒魔法のみが認められています。その禁忌を破るような生徒、破らせるような教師を見過ごしてしまったのは私の責任でございます。大変申し訳ございませんでした」
(あら、学園で認められているのは治癒魔法だけだったのね。毎日のように体の一部を破裂させられていたし誰も何も言わないからこういうものかと思っていたわ)
治癒魔法を除いた他人に影響を及ぼす魔法というのは宮廷で働く兵士や魔法使いたち以外では使ってはいけないことになっている、というのは知ってる。ただ、学園は様々なものを学び練習する場なので、許されているのかと勘違いしていた。
「ジーク学園長・・・沙汰は後程。それよりもミモレ嬢、今なぜ驚いた顔をしたのか教えてもらおうか」
素の表情を浮かべてしまったのを陛下に目ざとく見つけられてしまって少し恥ずかしい。私は一瞬俯いたあと、意を決したような表情を浮かべて陛下の質問に答える。
「学園内で水魔法により体の一部を破裂させられるのは日常茶飯事でございました。フィオナだけでなく一部の学生はそれを当たり前のように行い、見ている方々も何もおっしゃいませんでしたので、普通のことかと思っておりました」
青ざめ俯く自分の子どもをその親たちが睨みつけている。
学内のことなので通常の法律を破ったのとは違うかもしれないけど、禁忌とまで言った学園長の言葉を信じるなら・・・あっちこっちで勘当されたり修道院に送られたりする事案が起きそうな予感がする。実際すでに親から見放されたような子たちもちらほら見える。
「う、嘘だ!すべてあの女の狂言だ!」
「そうよ、パパの言う通り!あの女は私たちに逆らえないはずなのに!」
叔父とフィオナが叫んだ。
「・・・隷属魔法の使用を認めたな」
フィオナがはっとした表情を浮かべ、震え始めた。レオナールはおろおろとして私を睨んだりフィオナを見つめたりと忙しそうにしている。
「いえ、陛下。仮に私たちが隷属魔法をあれにかけていたとしたら、このような告発をするはずがありません。すべて虚偽の申告です」
意を決したように叔父が声を上げた。そうね、確かにそう。先月までの私ならそうだった。
「陛下、発言をお許しください」
魔法省の副大臣がそういうと、陛下は頷いた。
「魔法省所属の魔法使い十人でミモレ・アザリアノ侯爵の体を調べ確認しましたところ、間違いなく隷属魔法をかけられておりました。ただ、一時的に解除状態になっているのも確認できております。そのため兵士詰め所に駆け込むことが出来たようです」
「解除なんてした覚えはない・・・あっ」
叔父が怒りに任せて口を滑らせた。フィオナだけだと弱かったのでありがたい。これで乳房に刻まれてしまった隷属印を見せずに済む。
「わたくしにかけられた隷属魔法はアザリアノ侯爵代理家族と第四王子殿下の意に反しないこと、学業に必要となる言葉以外は口にしない、文字にしない、外出もしないというものでした。ですが先月、殿下から『ここから出ていけ、好きにしろ!』と命令されましたので、一時的に制限が解除されましたの」
「隷属魔法など知らないし、そんなこと言った覚えはない」
レオナールは首を振る。
「いえ、殿下。おっしゃいましたよ。魔法授業の中でわたくしが左耳を吹き飛ばされ、その際に一滴の血が殿下の制服を汚してしまったその際に」
「・・・あ」
「思い出していただけて良かったですわ。わたくし感謝しております。約九年もの間かけられていた隷属魔法から一時的とはいえ解放されたのですもの」
一時的に、という通り私の体にはまだ隷属魔法は残っているし印も変わらず残っている。それでも好きに話すことができてどこにでも行けるというのは幸せだった。
「そんな・・・私は知らなかったんだ・・・隷属なんてものは聞いていない」
「耳を吹き飛ばされた婚約者にそのような口を利いておいて知らなかったと?」
陛下の低い声がホールに響き渡る。
「授業中と聞く限り、学園に通う生徒たちは殆ど知っていたことであろうな。レオナール、お前も同じように知っていて、心配もせず止めもせず、出て行けと言い捨てた。隷属魔法はさておき治癒魔法以外は禁忌だと王族のお前が知らなかったとは言わせない。結果として良き方向に転がったといえ・・・許せるものではない」
「ち、父上、私は本当に」
「黙れ」
「・・・嘘よ、全部嘘。だっておかしいじゃない。私たちの言いなりになってないのならどうして足を飛ばされたの?おかしいじゃないそんなの」
ぶつぶつとフィオナが独り言のように口を動かす。
「解除されているのがばれてしまうと殺されると思ったものですから・・・甘んじて受けましたの。ただあれほど酷くやられるとは思わず、いくらか中和しても両足が吹き飛んだ時は焦りましたわ」
あの時フィオナは私の下半身全部を壊そうとしていて、なんとか内臓だけは守り抜けた、という本当にギリギリの状態。彼女の魔法は国内トップレベル。暴力的な魔力量で遠慮なく殴り掛かられたら全部を守り切るのは無理だった。
陛下は目を伏せ、一度大きく息を吐いた後、ホール全体を見渡すように声を響かせた。
「アザリアノ侯爵代理夫妻並びにその娘フィオナを牢に入れろ。また此度の件に関与した者も牢へ。学生たちも順次取り調べを行う。そしてレオナール、お前も牢に入れ。追って沙汰を下す」
「ち、父上!」
「お前とミモレ・アザリアノ侯爵との婚約は破棄。望み通りになったな」
「ま、待ってください!私は騙されて」
陛下が兵士に目配せし、レオナールも言葉を奪われる。
「ミモレ・アザリアノ侯爵、代理を立てていた間に起こった出来事について後程改めて聞かせてもらうこともあるだろうが、事前通達した通り本日よりアザリアノ侯爵としての権利全てがそなたの責任下となる。色々と手のかかる後始末もあるだろう。王家も協力を惜しまない」
「お心づかい痛み入ります」
「それと・・・今言うことではないかもしれないが、何か希望はあるか。此度の件に関する褒章はもちろん用意されるが何か望むものがあるのなら言ってみなさい」
私は心の中で歓喜した。
きた。
これを待っていた。
これのためにここまで耐えた。
「それでは、わたくしに次の婚約者をこの場で承認していただきたいと存じます。また、その者の身分を不問とすることをお許し願います」
この言葉で私が選ぶ相手が平民なのだ、と誰しもが思った。
「・・・どんな人物なのだ」
恐らく第三王子あたりに嫁がせようとしていたであろう陛下は少々残念そうだ。
宰相たちから聞いた話だと、父が死んで私が表舞台に一切出てこなくなり、叔父家族に虐げられているのではと思ったこともあるらしい。だけどレオナールが私が元気にしていたと報告していたのでそれを信じてしまっていたそう。それにレオナールと私が婚約関係にあれば叔父たちからそれほど酷いことはされないだろうと思っていたらしい。
義理でも娘と呼べるのを楽しみにしてらっしゃったと聞いたときは何とも言えない気持ちになった。
「わたくしが学園で怪我をするたび、唯一手助けしてくれた清掃員の方です」
唯一、を強調して発言するとほんの少しだけ王妃殿下の表情が緩んだ。父から聞いていた話だと恋物語がお好きな方だから、きっと私が助けてくれた方と身分関係なく結婚したいという話にときめいてるんだろう。
「学園で働いているものか・・・ならばよいだろう。認めよう」
「ありがとうございます。控えの間に来ておりますので呼んでもよろしいでしょうか?」
「ふむ。いいだろう。この場で婚約・・・いや、希望するのなら婚姻を認めよう」
陛下の大盤振る舞いに思わず笑顔になってしまった。
「ありがとうございます。それではこの場で婚姻をお認めいただきたく存じます」
後ろから誰かが歩いてくる気配がする。その人を見てホール中がざわつき始める。
その人は私の少し後ろで跪いて頭を下げた。
「陛下、こちらが私を助け支え続けてくれたウルシュでございます」
陛下は目を見張っている。
「・・・獣人、か」
「はい。彼は黒狼族の人でございます」
「そう、か・・・ウルシュ。面を上げよ」
顔を上げたウルシュの瞳を見て陛下はさらに驚いている。
「そのものは・・・奴隷か」




