6 喫茶店も出会いの場
王立図書館の一階には、おしゃれな喫茶店がある。私とスチュワートはその喫茶店に入って昼食を取ることにした。
「あれ、グレイス?」
喫茶店に入ると、スチュワートが知り合いを見つけたようだ。
「ミーナ、友人がいたけど、一緒でもいいかな」
「ええ、構いませんわ」
「ありがとう」
私がうなずくと、スチュワートは安心したように笑った。前回はたいした接点もなかったスチュワートだが、それでも同じクラスだったのだ。それなりに見かけることはあった。だが、彼がこんな風に柔らかく笑うところは見たことがなかった。いつもどこか張りつめていて、まるで限界まで膨らんだ風船のようだったのだ。やはり、まだ子供だからだろうか?そういえば私も前回は勉強や王妃教育が忙しくて、まったく余裕がなかった気がする。
「おお、スチュワート!」
向こうもスチュワートに気づいたようで、手をあげている。青みがかった銀髪の同じくらいの年の少年だ。スチュワートより少し大きい。彼はグレイス・ルーティンだろう。特徴的なあの髪色は忘れようもない。
前回はよく、苦情を言われたものだ。特に面と向かって太り過ぎだから痩せろと言ってきたのは、彼だけだ。つまり、デリカシーがないのだろう。女の敵だ。女の子は多少ふくよかなほうが、健康的でいいのよ?むしろあの最後に出会った花の巫女が痩せすぎなのだ。
まあ、今は彼も可愛らしい少年だ。昔の恨みは水に流すとしよう。
「一緒してもいいかい?」
「ああ、俺も今来たところだ」
どうでもいいけど、なんでみんなこんなに大人びているのだろう?まだ、5歳だよね?前世で育ててた子供はみんな5歳といえば、まだ赤ちゃんがちょっとしゃべるようになって、ムダに知恵が回るようになったぐらいだった。やめろというとさらにエスカレートし、ひたすらいたずらを繰り返していたのだ。あとは、変な言葉ばかり保育園で覚えてきてたな。
ともあれ、一見話が通じるようで、その実態はただの怪獣というのが、私の知っている5歳児だ。しかし、この世界の5歳児は王子もスチュワートもこのグレイスもしっかり話すし、頭もよい。最近の5歳ってみんなこうなの?おばちゃん、ついていけないわ。
「はじめまして。俺はグレイス・ルーティンという」
「はじめまして。わたくしはミーナ・レンドルフですわ。よろしくお願いいたしますね」
にっこりと微笑めば、スチュワートとグレイスの顔が真っ赤に染まる。ふふふふ、まだまだ女の子に耐性のないお子ちゃまなのね!
ちなみに私は相手がどれだけ可愛いくても、恋愛対象にはならない。見た目はともかく、ココロは40歳ちょっと。犯罪感が半端ない。
グレイスも注文がまだだというので、3人で一緒にお昼ご飯を食べることになった。
白パンとサラダ、シチューを注文。めっちゃ美味しい。とはいえ値段もかなりするようで、店内には裕福そうな人しかいない。
「グレイスさまも本を読みにいらしたのですか?」
あまり読書家というイメージではなかったが、学園にいたときは成績は悪くはなかったはず。
「ああ、その・・・・」
何が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。代わりにスチュワートが教えてくれた。
「グレイスは英雄譚が大好きなんだよ。よく絵本を読みにきてる」
クスクス笑いながら言うスチュワートを睨み付けるグレイス。しかし、真っ赤な顔では全然迫力ない。可愛いだけだわ。でも正直、スチュワートの変な趣味より理解できるし、子供らしくていいと思うけど。そういうお年頃よね。わかるわ。前世でいうと、戦隊ヒーローに憧れるお年頃ね。
「英雄譚!」
「なんだよ。貴女も子供っぽいとでも言うつもりか?」
誰かに言われたのだろうか?いいじゃないか、子供なんだから。私も好きだぞ、英雄譚。中身は40過ぎだけど。
「良いではないですか。わたくしは好きですわ」
にっこりと作りものではない笑顔で言えば、グレイスがちょっとびっくりしたようにこちらをみた。
「そうか」
「ええ。もしかしてどなたかになにか言われましたか?人が何を言おうと、気にすることはありませんわ。自分が好きなものは好き。それで良いではありませんか」
「好きなものは好きか。そうだな、ありがとう」
美少年に爽やかな笑顔で礼を言われて、こちらこそご馳走さまといいたい。
3人で和やかに昼食を食べて、スチュワートと私は再び2階へ、グレイスは家へ帰って行った。
「今日は充実した1日だったわ!」
夕方にはスチュワートとも別れ、にこにことご機嫌で帰路につく。心なしかエナもシリルも機嫌がいいようだ。二人もなにかいいことがあったのだろうか?
ご機嫌で馬車に乗り込んでしばらくすると、ガクンと急停車した。
「何事だ!」
エナが素早く私を抱き込み、シリルが御者に確認する。
「も、申し訳ありません!何者かが急に飛び出してきまして」
御者の言葉に、私は思わず窓から外を覗く。
馬車の前にいたのは、7、8歳の女の子と10歳くらいの男の子だ。全体的に薄汚れていて、服はぼろ布をかろうじて体に巻き付けている程度。こんな高級住宅街にいるような身なりではない。この辺りは伯爵以上の高位貴族の屋敷しかない。彼らのような、いかにも貧民街にいるような子供が立ち入れる場所ではないのだ。
「ねえ、エナ。彼らは偶然?それともわざとかしら?」
彼らには、明らかに何かの狙いがあるのだろう。この世界には前世で過ごした日本とは比べものにならないくらいの格差と、身分差がある。だからここに貧民が紛れ込むなんてことはありえない。残念ながら私は心優しい少女ではないので、単純に彼らに同情して警戒なく屋敷に招き入れることはない。それをする事で、私だけでなく、家族や使用人たちまで危険にさらすことになるかもしれないからだ。
「今の時点ではわかりかねます」
「そうよね」
シリルが退くようにいっているが、二人の子供はまったくきいていないようだ。よく見れば二人の瞳は血のように真っ赤で、虚ろである。あの目には見覚えがある。
「シリル!その二人を連れ帰って!」
今すぐ公爵家の特設部屋に入れなくてはならない。
「お嬢様?!」
「エナ、すぐにお父さまに連絡して、宮廷魔術師長に来ていただいて。あれは魔力暴走よ!しかも二人ともだわ」
私の言葉に、シリルとエナはすぐに動きだす。
あんこ作りをビクトルに丸投げしたおかげで、王子来襲もない、平和な1日だったはずなのに、何かが起こりそうな予感がする。